とても大切で、もっとも人間らしく

京ヒラク

アタラクシアの約束

□街・都心の交差点

   塩が雪のように降る街。

   その静かな都市の中を二人の少女が歩いている。

   二人ともフードのある極寒防寒着を着ていて顔は見えないが、

   後ろを歩く背の高い方の少女は片足を引きずっている。

   交差点の信号機が点滅している。

   少女たちの向かう先には、都会の風景にはなじまない巨大な樹木。

   それは天まで届くほど。

ハル 「ほら。フユ。もう少しだよ」

   背後の少女を振り向き声をかけるハル。

   それに笑顔を作り答えるフユだが、咳き込み膝をついてしまう。

   発作も治まり落ち着いたフユを立ち上がらせようと、

   ハルが手を取るが、つかんだのは手袋だけで、

   手袋の口から白色の塊や粉が溢れてくる。

   そのまま前のめりに倒れるフユ。

   フードが脱げて髪がなびく。

   動揺し慌てるハル。

   もう助からないことを悟るが、

   その事実を振り切るかのようにフユを抱き抱え天を仰ぎ叫ぶ。

   その声は舞う雪やあたりに積もる雪に吸い込まれ、静かに響く。


   ただ静かに雪は降り続ける。



――――


□駅・夜・雪

   階段の陰に身を寄せ合う二人。

   上階から雪が風に乗って迷い込む。

   ハッと眼を覚ますフユ。

   悪い夢でも見ていたのか。

   ハルが心配そうに覗き込む。

ハル 「フユ?」

フユ 「大丈夫。なんでもない」

   フユ、笑みを作りながら咄嗟に答える。

   自分に言い聞かせるようでもある。

   ランタンの火が揺れている。




□街

   改札から出て歩く二人。場所は新宿。地下ロータリー。

   看板の数々、散在するゴミやガラクタの類が、

   かつての様子を僅かながら思い起こさせる。

   フユ、地下ロータリーの吹き抜け部分から空やビルを見上げる。

   それに釣られハルも足を止め、見上げる。

   肩に提げたカバンのストラップを直し、歩き出す。




□電車内・夕方

   電車に乗っているハルとフユ。

   二人とも学校の制服とその上にコートを着ている。

   二人の他に乗客はいない。

   夕焼けの光線が車内に入り込み、赤く飽和している。

   窓の外では夕焼けの中、雪が降っている。


□電車内・夕方

   オリーブグリーンのフード付き防寒着のハル、フードを被っている。

   車両内に人の気配はなく、ガラスも割れ、荒れている。

   一瞬幻をみたような、懐かしいものを思い出したかのように目を細める。

   フードを深く被り直し、顔を歪めるハル。

ハルM「気がつくといつもいなくなってしまった人たちを探してしまう。

    そんなのは無駄なことだってわかっているのに。

    だって皆私の目の前で消えてしまったのだから」

    

ハル 「どうして……フユ……。

    どうして……神様……」

   俯くハルを背後から夕日が照らしている。

   車内ではなぜか雨が降っている。




□廃墟・夜

   二人寄り添い焚き火を囲んでいる。

   フユによりかかり寝ているハル。

   フユの手には拳銃。

   フユ、自分に寄りかかり寝息をたてているハルに目をやる。

   ハルを起こさないように注意しながら体を離し彼女を横にさせ、

   ブランケットをかける。

   座り直すと拳銃から弾倉を抜き取り、スライドを引き、引き金を引く。

   ハンマーを起こし引き金を引く。

   それを繰り返す。

   月光が壊れた上層階やシャッターの隙間から射し込んで周囲を照らす。

   青白く、赤みがかったような色。反射しきらめく、雪や埃。

   フユ、ハルの寝顔を見、そして手の拳銃に視線を移す。

フユM「今、ここで彼女を殺してしまえば、

    どこか遠くへ逃げてしまえば楽になれるのだろうか?

    ――でもそれは無理だ。

    私はきっとそんな自分を認められない」

   

   拳銃をカバンへ仕舞い、へたったタバコのパックを取り出し、

   中から一本取り出して口に咥える。

   火を着ける。

   何口か吸った後、大きくゆっくり吸う。

   煙を吐き出し、目頭を抑える。


    嗚呼――

    ――神様――


フユM「もしも願いが叶うのならば、

    この狂った世界のままでもいい、

    ほんの一瞬でも構わない――。

    ――だからお願い、

    時間を止めて――

    大切なものを留めておいて」




□街・交差点・雪

   二人、道のど真ん中で倒れている。

   彼女たちの体には雪も積もり始めている。

   ハルは両足が、フユは右腕がなくなっているのか、

   それぞれ、その部分だけ服が潰れている。

   フユは顔の右側にひびが走り、目も白濁している。

   二人ともそう長くはないと内心思っている。

ハル 「……ねぇ、やっぱり神様はいないのかな」

   顔だけフユに向けて口を開くハル。

フユ 「そう思うってことは、きっといるってことだと私は思うな――」

   いないとも言えずに。そんなフユのことを知りながらハル。

ハル 「でも、こんなにも綺麗で寂しいのだから、

    神様はとっても冷たくて、

    優しいんだろうね」

   小さく笑うフユ。

   フユ、ハルの方を向く。

   目が合い、二人、咳き込みながらも笑う。

   雪が二人に降り続ける。

ハル 「……ねぇ。ボクたちも死んだらこうなるのかな――。

    そうしたら、フユとも、皆とも同じになれるのかな」

フユ 「……そうね。

    でも、雪はこんなにも多いのだから、迷子になってしまうかもね」

   フユ、空を向き、遠くを見る。

   それに――。

   目を細める。

フユ 「ハルはすぐ道に迷ってしまうから――」

ハル 「(笑って)フユに言われたくないなぁ」

    ハルも顔を空に向ける。

フユ 「(消えそうな笑い)そう――。

    そのときはよろしくね」

   フユ、一息つき。

   「ねぇ……。

    ハル――」

   言葉は途中で終わってしまう。

ハル 「フユ?」

   気になったのか、名前を呼び、横目でフユを見る。

   そして、視線を再び空へ。

ハル 「――」

   すでに口を開くことさえもできない。

ハルM「――そうだね。

    いつか生まれ変われたら、

    また一緒に――」

   静かに雪が降り続ける。

   やがてふたりの姿も雪へ溶けていく。



□学校・教室

   窓際の席に座るフユ。数学の授業中。

   制服姿で右目に眼帯をしている。

   ふと視線を窓の向こうに移すと雪がちらつき始めている。

   もうそんな季節か、と思いを馳せるかのように、遠くを眺める。

   つい感傷的になってしまう。

フユ 「微熱を帯び、火照ったように、全身の感覚が肥大して、

    空っぽの世界を、

    自分一人が埋めている――。

    そんな不気味で心地よい、

    まるで夢のなかを漂っているような感じがする。

    ――そう私だけが――」

□街・雪

ハル 「――私だけがこの広い世界に一人きりで――

    取り残されている――、

    そんな感覚に囚われてしまうのだ」

   交差点に立ち、遠くに見える巨木を睨みつけるように視線を送るハル。




□街・雪

   レインコートを着たフユが一人歩いている。

   遠くに霞みながらも見える木。

フユ 「あの子はあんな子供の夢のような願いを語ったけれど、

    私にはそこまで望むものはない。

    ……けれど私はあの場所へ行かなければならない。

    なぜかそう思ってしまう」

   誰か(ハル)と行動を共にしていたが、その誰かもすでにいない。

   すでにいない誰かのために、

   遠くに見える巨木の元へ行かなければならないという使命感。

   そこへ行けば自分自身の”願い”も見つかると信じて。




□廃墟・夜

   焚き火を囲むハルとフユ。

   フユ、本を読んでいる。

   タイトルは『The Tempest』

   ハルは缶詰を開けようと缶切りを使って格闘している。

   ガンガンと音を立てて叩き始めたハルを見かねてフユが代わる。

   フユが置いた本を手に取りパラパラと捲るハルだが、

   英文だったためいくつかの単語くらいしかまともにわからない。

   缶詰を開けるフユと本とを見比べ一人頷くハル。

   それを見て首をかしげるフユ。




□街・雪・昼~夕

   雪が降る都心を歩く二人の少女。

   二人ともフードのある極寒防寒着を着ていて顔は見えないが、

   比べて背の高い少女が前を歩き、

   そのすぐ後ろを背の低い少女が従いていく。

   二人の他に生き物の気配はなく、

   二人分の足跡だけが何か動くものの証を残すのみ。

   その足跡もすでに風雪で消えつつもある。

   夕日で降り続ける雪が赤く染まっている。




□街

   巨木の真近に着いたハル。

   見上げる。

   巨大な一本の木に見えていたそれは、

   ビルに巻きついた幾つもの植物の集まりであることが見て取れる。

   辺りを見回し、小さく息を吸う。

   巨木のスケールに圧倒されそうになるが、

   覚悟を決めたのか前を向いて足を踏み出す。

   そのまま巨木のコアになっているビルへ入っていく。


□巨木内部

   内部は暗く見通しが悪い、

   ハル、ポケットからオイルライターを取り出し火を点ける。

   灯としては心許ないがないよりはマシだろう。

   火が消えないようにゆっくりと進む。

   階段を見つけ登る。

   しかしすぐにライターは燃料が切れ火は消えてしまう。

   手探りで進み続けるハル。

   しばらくすると一室に明かりが付いているのを見つける。

   その部屋を覗くとエレベーターホールのよう。

   少し警戒しながらも扉の前まで進み、呼び出しボタンを押してみる。

   すぐにエレベーターの扉が開く。

   迷いなくケージへ入る。

   ケージ内には階数を示す表示は何一つないが、

   振動と加速度は確かに上昇していることを伝える。

   永遠とも思えるほどの時間が経ち、扉が開く。

   到着した場所は何もない、窓があるだけの殺風景な部屋。

   ※スケルトンのビルのイメージ。


□部屋

   窓際まで進むハル。

   窓から見える光景に驚く。

   自分の立つ場所の200mは超すであろう高さ。

   眼下では道を人や車両が行き交っているのが見える。

   空は青く、澄み渡っている。


   声が聞こえたような気がして、ハッと振り返る。

   そしてもう一回声が聞こえる、今度ははっきりと。

声  「あなたの願いはなんですか」




□喫茶店

   喫茶店にいるハルとフユ。二人とも学校の制服。

   窓から離れ奥まった場所にある席に向かい合って座っている。

   店内にはジャズが流れている。

   曲は『My Reverie』

   ハル、カップの中身をスプーンでかき混ぜながら、鼻歌を歌っている。

   フユ、片肘を付きながら観葉植物を眺めている。

フユ 「…ハルはさぁ、どんな願い事をしたい?」

   ふと思いついたかのように尋ねる。

   まるで好きな子の名前を聞くような感じに。

   いたずらっぽい顔、口調で。

ハル 「ええー。どんなって言われても―。

    だって、どんな願い事でも叶うって言われたら逆に困っちゃうよお」

   少し大げさに反応してみせるハル。

   一息置いて、真面目な声音で続ける。

   「……でもさ」

フユ 「うん?」

   ハルの態度に一瞬戸惑うフユ。

ハル 「でもさ、皆が笑って暮らせたら素敵だな~とは思うよ。

    誰も泣かない世界さ。

    だっていまこんな世の中だし」

   他の客の読んでいる新聞。塩化や地球環境悪化、地球外移住などの記事。

   ハルの言葉を興味がないような素振を作り聞くフユ。

ハル 「じゃあさ。フユは?」

フユ 「えっ? 何が?」

ハル 「とぼけちゃって~。

    ボクにだけ聞いて自分はナシとかなしですよー」

   二人、しばらくかわいい押し問答をし笑い合う。



□街・雪

   雪の降る市街地を二人歩くハルとフユ。

   バックパックと肩掛けのカバン。

   二人の手は握られている。

   雪と風は強めで、荷物も重そうだが二人は辛いようには見えず、

   むしろピクニックにでもいくような様子でもある。



□部屋

   一人立つフユ。レインコート。

   何か思い出したのか口を緩め、また表情をかためる。

フユ 「そうね。

    私は――」

   ポケットから拳銃を取り出しスライドを引き初弾を装填しながら呟く。

   静かに噛みしめるように、言い聞かせるように。


□部屋

   一人立つハル。窓に背を向け軽く下を向いている。

   何かを考えているようにも見える。

   振り向き様、拳銃を向ける。

   決意の表情。

ハル 「私の願いは――」

   


□街

   巨木は白く変色し、崩れていく。

   雲の切れ間からは一筋の光が差し込む。



――――




   季節は春か夏だろうか。

   木の下で寄り添い眠っている二人の少女。

   陽の光の下でたくさんの草花が栄えている。

   穏やかな光がそれらを包む。

   一匹のテントウムシが花を登っている。

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