光の乙女
谷兼天慈
第1話「世界最強の女剣士シモラーシャ・デイビス」
「全能なる我らが神、今こそ目覚めよ。我らとともにこの世界を掌握せん」
「ヤー、イーヴル! ヤー、イーヴル!」
暗い森の奥深く、何ともいかがわしい儀式が開かれていた。
鬱蒼と生い茂る樹木の隙をぬって広がる、ちょっとした広場に彼らは集まっていた。
二十人ほどだろうか、男か女かよく判らない人間たちが黒いマントを身体に纏い、フードを目深に被っている。
彼らは円形に跪いており中央には祭壇のような台座が設えてあった。
その前に両手を暗い闇の空に向け、呪文を唱える人物がいた。
男だった。彼は他の者たちと同じく黒っぽいマントを纏っている。ただフードは取っていた。
男は背が低く、醜かった。彼のその厚ぼったい唇から毒々しい声が、まるで地獄の底から聞こえてくる亡者の声のように漏れている。
「今宵この若々しい命を捧げ、その血と肉と滾(たぎ)る命の源を糧とし、我らが神と共にきたる新時代を迎えようぞ」
彼は仲間たちを振り返り、再び両手で空を仰いだ。
「ヤー、イーヴル。ヤー、イーヴル」
彼らは顔を上げず、そう唱和した。
壇上の男の向こう側に手足をばたつかせた元気な男の赤ん坊が見えた。
男はその赤ん坊に向き直ると腰にぶら下げた中剣を取り出した。
そして振り翳す。狂気にギラギラとした瞳が憐れな赤ん坊を捉えた。控える信者たちに期待と恐れが瞬間走る。そして振り降ろされた。
───ダンッ!
むしろ快いくらいの音がして剣は台座に食い込んだ。
迸(ほとばし)る血飛沫。
転がる赤ん坊の頭。
同時に沸き起こる唱和の声。
「ヤー、イーヴル! ヤー、イーヴル!」
咏唱は地獄へ届けよと言わんばかりに響き渡る。
祭壇の両側に控えていた二人の従者が、フードを取り払って素早く近づいた。
女だった。それも飛びきりの美人だ。
彼女らはそれぞれ赤ん坊の頭と身体を掴むと、下に用意してあった杯に迸る血潮を流し込んだ。
それはドクドクと生々しく注がれる。まるで後から後から湧き出る温泉のように限りがないかのようだ。そしてとうとう涸れた。血は止まった。
頭を手にした女はそれを無造作に投げ捨てた。一方、身体を掴んでいた女は壇上にそれを乗せ、懐から短刀を取り出しゆっくりと刃を胸に近づけた。
そして今まさに心臓をえぐり出すべく振り下ろされようとしたその刹那───
「待て待て待て待てぇぇぇぇ─────!!」
突然、大声と共に何者かが侵入してきた。一同ざわめきとともに辺りを見回した。
「何奴!」
暗黒の祭司である例の醜い小男は、信者たちの後方の暗闇に向かって吠えた。彼には侵入者が見えているらしい。
すると両脇に控えていたあの美しい女二人が、祭司を庇うように後ろに下がらせ自分たちは、ずずいと前に出てきた。手にはいつの間にか細長い剣が握られている。
ザザザザザァァァァ────
土を蹴って走る物凄い足音。だんだんと近づいてくる。
そして────
それは唐突に彼らの目の前に現れた。
「な、何?」
彼らは驚愕の声を上げた。
何故なら彼らの目には、どう見てもその人物が先ほどの大声の主には見えなかったのだ。
そこには、どう見ても女性としかいえない人物が立っていた。しかも、その女は類稀なる美貌の持ち主だった。そこだけ月も星も出ていないのにパァーッとスポットライトが当たったかのように光り輝いている。
流れる黄金の輝きを持つ髪は一つに束ねられ、頭のてっぺんから四方に棚引いていた。
目は凡そ可愛いとは言いがたい切れ長で、その一睨みで相手を殺してしまいそうなほどの鋭さと妖しさを持ち、油断無くギラギラと輝いている。
淡い紫色のマントを翻(ひるがえ)しており、なんとその下は彼女のボディを強調するかのように肌も露な水着のような出で立ちだった。
ナイスボディだった。男を狼に変身させずにはいられないようなそそられる肢体だ。
だが、よく見ればそんな恰好には全く不釣り合いな物がその背中に背負われていた。
彼女の背丈ほどもあるかと思われる、それは立派な大剣だった。
ゆうに数十キロはありそうなそれを軽々と背負い、そしてここまであの勢いで走ってきたのだ。この豊満だが華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。
「紫のマント……」
が、しかし祭司の目にはそんなグラマラスな身体も雌豹のような相貌にも全く関心が無いようだった。
「魔法剣士……ま、まさか……」
男は女たちの身体の陰でブルブル震えだした。
「えぇぇぇぇ────!!」
その時、美貌の女が投げ捨てられた赤ん坊の頭を発見し、叫んだ。彼女は慌ててそれに駆けより、両の手で無造作に拾い上げる。
「うっそぉぉぉぉぉ────! まじぃぃぃぃ────?」
彼女は顔を青くさせている。
「あっちゃー、間に合わんかったんかー、まじーなあ、こりゃ」
彼女はそろりと頭を地面に降ろすと、またしても壇上に目を向けた。
「まあったく、この偉大な大大魔法剣士シモラーシャ・デイビスともあろう人物が、こっおーんなドジやらかすとは」
さざ波のように彼らに動揺が走る。
「シモラーシャ・デイビス……」
「あの冷酷非道の大魔法剣士……」
彼女はニマーッと笑った。しかし目は全く笑っていない。まるで氷のような冷たさだ。
「さあてと」
彼女は背中に手を伸ばした。
「きょおのあたしは機嫌わりぃよお」
ニイっと物凄い顔で更に笑う。
「覚悟しなよ」
彼女は大剣の柄に手をかけた。ゆっくりと鞘からその姿が現れる。立派な剣だった。
よく磨き込まれたその刃は妖しいまでに光り揺らめき、その鏡のような面に吸い込まれてしまいそうなほどだ。
「ゴ、ゴールデン・ソード……」
誰かがそう呟いた。
しかし彼女の剣は柄の意匠にもどこにも黄金など使われていなかった。
「あわ、あわわ、こ、殺される……」
彼女の近くにいた信者の一人が腰が抜けたようにガクガクしだした。
「に、逃げろお! 一人残らず殺される」
その言葉がきっかけとなってその場の信者たちは一斉に逃げだそうとした。
「ギャッ!」
途端に一人の首が飛んだ。
「ウギッ!」
「ゴフッ!」
「ゲヘッ!」
「ガハッ!」
矢継ぎ早に面白いほど飛んでいく首、首、首! 弾ける蚤のように空を飛ぶ。
見よ! その振り降ろされる大剣の刃の輝きを!
彼女の輝ける金髪にも負けると劣らない金じきの眩しさが、大剣の刃を覆っていた。
先程までの普通の剣ではなかった。それは黄金に光り輝いていた。
まさしく、ゴールデン・ソード────
彼女は喜々として殺しまくっていた。まるでこれから彼らを食らってしまおうとでもいうような雰囲気である。
彼女は鬼神の如くその身に血を浴び、剣を繰り出していた。
身体は鮮血に染まってはいるが、なんと大剣は全く血糊がついていないようだった。相変わらず光り輝いている。
さて例の祭司だが、彼はその隙を突いてコソコソ逃げ出していた。二人の女信者は健気にも剣を構え、ここから一歩も先には行かせないっとばかりに、腰を低くしてこの殺戮者を待っていた。
気がつくと信者たちは、一人残らず血まみれになって辺りに散らばっていた。
冷酷な殺戮者であるシモラーシャ・デイビスは髪をサアッと左右に振って血を飛ばし、女たちに近づく。
すると女たちの剣がポオッと赤く光りだした。
「ほお、あんたらも魔法を使うんかい」
彼女が凄い形相で笑った。
顔にもついている血糊のため非常に怖い。
だが、何故か微妙な美しさがあるのはどうしてだろう。
「そいじゃま…」
ダダダッとばかりに走り込む。
「遠慮なくいかしてもらいましょっ!」
ザザザッと身構える女たち。
大剣が左側の女の剣に振り降ろされ、ガッキーンと音をたてた。
そこへ右側の女が、ヤーッとばかりに切りかかる。
カッシャーンという音とともにその剣は宙を舞った。いつの間にかシモラーシャの大剣が女の剣をはらっていたのだ。
それを防ぎきれなかったために、女の黒マントは真っ二つにされ、中身までもマントと同じ運命を辿った。女は叫び声も上げる間もなく絶命した。
「おのれ…」
もう一人の女はすっかり頭に血が上り、盲滅法に切りつけてきだした。シモラーシャは難なくその攻撃をかわしている。まるで子供が遊びでチャンバラをしているようだ。
そう、まさに遊んでいたのだ。それが相手の女を更に逆上させた。
そしていい加減飽きてきたらしく、彼女はフンッとばかりに大剣を振り降ろした。
───バシュッ!
女の身体が脳天から真っ二つに別れた。
二つになったそれぞれの顔についた目は、信じられないといったように見開かれたままだった。ドサッという地面に落ちた音がしても、彼女の双眸は空をにらみ据えたまま閉じられることはなかった。
後には累々と横たわる死骸の山、山、山。
「ちっ、一人逃がしたか」
既に黄金の輝きを失った大剣は、やはり最初と同様鏡のようだった。
彼女は剣を収めると取って返し、赤ん坊の頭と胴体を手近な死体のマントを剥ぎ取ってそれに包んだ。
「しゃあない。亡骸だけでも届けるか」
彼女はそれを担ぐと来た道を戻り始めた。
後にはただ人間だった残骸が残されるのみであった。それは血と肉とがグシャグシャになり、かろうじて人であった頃の証拠であるかのように、プーンとすえたような血の匂いがしていた。むせ返るくらいに───
「全く、どーしてくれるんだ」
「面目無い……」
女魔法剣士シモラーシャ・デイビスはシュンと項垂れて村長の前に立っていた。
ここは先程の森からさほど離れていない村だった。
彼女の前に立ちはだかる村長は、頭の禿げたでっぷりと恰幅のよい中年男だった。いつもなら皆に慕われ、にこやかにしている彼もこの時ばかりは凄い形相で怒鳴っていた。
「腕の確かな魔法剣士だと聞いたんだぞ。あれは嘘だったのかっ」
彼の後ろでは亡骸に覆いかぶさってオイオイ泣いている家族たちが見えた。
彼女はそちらにチロリと目をやった。
(しょーがないじゃん)
心でペロリと舌を出す。
(間に合わんかったのはあたしのせいじゃないもーん)
「まあまあまあまあ、そんちょおさん」
二人の間に割って入る者がいた。
「そこまでにしてくださいな」
(また出た。このノーテンキ男)
シモラーシャは顔をしかめる。
歳の頃、二十歳前後で女のようにほっそりとした体格の男。その身体を、よく旅人が装うゆったりとしたベージュ色の服装に包んでいる。そこまではよくある身なりなのだが、纏ったマントがまずい。シモラーシャはげんなりとした。
(まったくもう……)
豹柄の見るからにハデハデしいマント。それを恥ずかしげもなく堂々と肩から掛けている。
(センスのかけらもない……)
彼女は頭を抱えた。
(そんな恰好して出てこないで!)
「そんちょおさん。ここはまあ収めてくださいな。あちらの幼子さんには申し訳ないことをしましたが……」
その男は十字を切った。
「取り敢えずは、悪の宗教集団イーヴル教の奴らは根こそぎ叩きつぶしましたから。だからもーお大丈夫!」
ドンと拳で胸を叩く。そしてゴホゴホと噎(む)せる。
「命の代価ということで今回の依頼料は無しということで……」
これには慌てた、慌てたシモラーシャ。
「ちょおっと待ってよお。あんだけ働かせといてそれはないんじゃないのお」
「だまらっしゃい!」
その男はメッと彼女に眼を飛ばすとピシャリと言った。
「当たり前だ。わしらはこの子を助けてくれと言ったのであって、助からないのなら金など払うつもりはない」
村長も言い切った。
「そんなあ……」
彼女は情けない声を上げた。
「とにかく」
彼はギロリとシモラーシャを睨み付けた。
「もうこの村から出ていってくれ」
シモラーシャともうひとりの男をグイグイと押して建物から追い出してしまった。
「何よ、何よ、何なのよー!」
バタンと閉まってしまった扉に向かって、シモラーシャはガウガウ吠えた。
「ま、しょーおがありません」
男は彼女の後ろで涼しく、そしてサラリとのたまう。
シモラーシャはバッと振り向いて歩きだした。ズンズンと男を無視して行ってしまう。
「あっ、待ってくださいよお」
彼は慌てて追いかけた。
暫くの後、彼ら二人は向かい合って火を囲んでいた。村を少し出た森の入口である。
「まあったくう」
ぶうぶうとシモラーシャはぶうたれた。
「あんたのせいできょおも野宿だかんね」
「それは言いがかりってもんです」
心外だといわんばかりに男は言った。
「間に合わなかったのはあなたのせいじゃありませんか」
「あんだってえ!」
シモラーシャは物凄い形相で男を睨み付けた。
「こら! 出掛けにあたしに言い寄ってきたのはどこのどいつだったあ?」
鼻息を荒くする。
「あんのせいで到着が遅れたんでいっ!」
「そうでしたっけ?」
男は空惚けている。
ますます、ぎろぎろと睨むシモラーシャ。彼女はそうしながら思い出したように彼をマジマジと見つめた。
いつの頃からかくっついて離れなくなったこの男。自称吟遊詩人マリーという。
まるで女のようなその情けない名前は、全く彼にお似合いだと彼女は思っていた。
風貌も何となく女っぽい。濃い琥珀色の髪を少し長めに肩まで手櫛でラフに流し、七三に分けた長めの前髪が無造作に顔に掛かって妙に艶めかしい。
焚き火を見つめる髪と同じ深い琥珀の瞳は時々ハッとするほどの艶を見せるのだ。鼻も口も女性のように繊細だ。そしてフィドルを奏でるその指先は彼女のそれよりよっぽど女らしく細かった。そのフィドルはいつもは彼の背中にあったが、今は傍らに立てかけてあった。
それはこの地方では有名な楽器であった。細長い三本の弦が弓によって様々な美しい音色を奏でる。彼女はこの楽器の音色が大好きだった。彼女の視線を感じたのか、彼はそれを手に取り奏で始めた。
物悲しい音が響く。しかし彼女は知っていた。このフィドルには仕掛けがあることを。
(こいつ吟遊詩人っていってるけど……)
シモラーシャはマリーを眇めて見た。
(メッチャクッチャ強いんだよね。人なんか殺したことありませえーんといった優男のくせにさ)
フィドルにはレイピアが仕込まれていた。それは光りこそしなかったが、彼女は今までに何度も救われてきたのだ。
遠い、遠い異世界の
神々がやって来て
古の神々を封印した
世界は平和を取り戻した
しかし古の神々は
自分たちの分身を残したのさ
醜い、醜い魔族ども
妖しい妖術をまき散らし悪さする
いつの日か
邪神共が甦るその時まで
人間たちを苦しめる
彼は朗々と歌っている。震えるようにたゆたうように紡ぎだされる彼の唄は、彼女の耳に感動を伴って投げつけられる。
「『邪神戦争』の唄ね」
彼女は遠い目をしてそう言った。
「本当に邪神は復活するのかしら」
彼女は誰に言うともなしに呟いた。
邪神戦争────
世界を闇と恐怖で牛耳る邪神イーヴルとその配下八人の邪神たちが遙か五千年の昔、この世界に君臨していた。
彼らは地上から光を遠ざけ頽廃と淫靡(いんび)が交差する歪んだ美をもたらした。
その邪神族と異世界からやって来た神オムニポウテンスとその配下八人の神たちとの間に戦いが起きるべくして起こった。
永い戦いの末、オムニポウテンス側の勝利を収めた。そしてイーヴルを世界の最果てに封印し、八人の邪神たちもそれぞれ封印されたのである。
世界に平和が訪れた。だが彼ら邪神族は地上に末端の魔族たちを密かに残していた。そのため未だ地上は闇と魔法と精霊が跋扈(ばっこ)していた。
世界には三つの大きな大陸があった。グレーラシアとアフラシア大陸、そしてサレックとドレック大陸である。これらはそれぞれ細い地続きで繋がっており、双方とも世界の端に位置していた。シモラーシャたちがいる土地はアフラシア大陸でももっとも暑い地方であった。そこよりずっと北方には広大な砂漠地帯が広がっており、それを越えてさらに北へと進めば、細い地続きでグレーラシア大陸に辿り着く。サレック、ドレック大陸は彼女らのいる大陸より海を越えたずっと西の方に位置し、存在が知られているだけで、いったいどんな人々が住んでいるのか、何もかもがいっさい謎に包まれている。
そして三つ目の大陸は南極に位置するコーランドである。この南の果てに広がる氷の大陸コーランドは、未だかつて誰の侵入も許さぬ禁断の大陸だった。大陸を覆ったバリアーのような磁場が邪魔をして何者も近寄れなくなっていたのだ。
噂によればそこには魔族によって結界が張られ、おぞましい奴らがひしめき合っているとかいないとか。
人間の中にもより魔族に近しい者たちが大勢いて、彼らはいつの日かイーヴル神が復活する事を願って日夜いかがわしい儀式を重ねていた。そんな彼らを人々はイーヴル教徒と呼び、忌み嫌ったのである。
そして赤道直下に位置するアフレシアには特にイーヴル教徒が多かった。彼らは儀式と称して赤子やら女を浚(さら)ってきては生贄に捧げ、魔族を召喚しては人間界を闇の支配する世界に保とうとしていたのだ。
そこでこのイーヴル教徒たちに敵対する魔法剣士と言われる人間たちが現れた。彼らは霊力のある人間が訓練によってなる戦士であった。霊力で手に持つ剣を光り輝かせ、それを繰り出すことによってあらゆる魔性のものを絶つ。
そして今も彼らは古の者たちと剣を交え、戦っているのだった。
パチパチと爆ぜる焚き火の光を顔に浴びながら、マリーの奏でるフィドルに聞き入る美女シモラーシャ・デイビスは最強にして最悪の名を馳せる大魔法剣士であった。
彼女は子供の頃から強大な霊力を持っていた。彼女の父も魔法剣士だったのだ。
しかし彼女が小さい頃、母親共々魔族に殺されてしまった。
そして彼女も魔法剣士になるべく、アフラシア最大の都市アクアに設立されている魔法剣士育成所で学ぶこととなった。その育成所を『魔法の塔』といった。
だが彼女は性格にいまいち問題があり、多くの仲間たちと仲良くするということが出来なかった。そしてとうとう魔法の塔を追い出されてしまったのだ。
そのため彼女は塔に認められた魔法剣士としての正式な称号は与えられていなかった。
だが彼女は誰よりも霊力が強かったのだ。
魔法剣士は自分の霊力を剣に移してそれを光り輝かせ魔性のものを断ち切るのだが、霊力の強さによってその聖なる光の色合いが違うのである。
標準タイプでは赤や青や黄色、そして緑と様々だが、強くなるとそれは鮮やかな銀色に光り輝く。
そしてシモラーシャ・デイビスは神々しいまでの黄金色に輝かせることのできる、世界でただ一人の人間だったのだ。
遙か昔、魔法の塔の創設者が見事なまでの金色に大剣を輝かせることが出来たという言い伝えがある。その創設者の再来ではと密かに思う人も少なくはなかった。
人は彼女の大剣をこう呼ぶ。畏怖の念をもって。『ゴールデン・ソード』と───
彼女は魔族に殺されてしまった両親の仇を打つべく旅に出ることとなる。父親の形見であるあの大剣を背負い、町から町へ村から村へと渡り歩くこととなったのだ。
彼女は魔族は勿論のこと、イーヴル教徒にも全くの手加減をしなかった。信者であれば女だろうが子供だろうが情け容赦なく一刀のもとに切り捨てる。
それが、冷酷非道の悪魔のような魔法剣士とイーヴル教徒に恐れられる所以である。
彼女はジーッと焚き火の火を見つめていたが、ふとフィドルの音が消えているのに気づいた。とその時、いきなり彼女の耳元にフーッと生暖かい息が吹きつけられた。
「あにすんのぉぉぉ────!!」
見るとマリーが彼女の直ぐ脇にやって来てニッコリ笑っている。
「この間は仕事があったんで遠慮しましたが、今夜は野暮な邪教徒どももいないことですしぃぃ───ゆう───っくりお楽しみってぇことでぇぇ……」
「ストォォォ────ップ!!」
彼女は近づこうとするマリーの顔を慌てて手で押しやった。
「あん」
「あんってねえ、あんた」
シモラーシャは呆れた顔でマリーを見つめる。
「いっつも言いますけど、あたしはあんたの恋人でも何でもないんだよ。頼むから変に言い寄ってこないでちょおだいな」
「そんなつれない…こおーんなにシモラーシャちゃんのことが好きなのに」
「あんたはあたしの趣味じゃないの」
「えーっ!」
マリーは大げさに驚いてみせた。
「僕みたいないい男捕まえて趣味じゃないなんて。いったい君の理想ってどんななの」
「そおねえ……あたしは…」
シモラーシャのきつい瞳が潤んだ。
「なんせこおーんなに強いでしょ」
心なしか声まで普段と違っているようである。
「だからあ、優しくてきれーで思わず守ってあげたくなっちゃう線の細いだんせーがいいなあ」
彼女は胸の前で両手を組んだ。まるで神様にお願いする健気な少女のようである。
「そう。人間みたいな感じじゃなくぅ夢の中の王子様みたくぅ理知的で剣なんか持ったことなーいといったあ……」
シモラーシャはマリーにパチンとウィンクしてみせた。
「そんな人が好みだわねえ」
「フ、フン!」
マリーは頬をふくらませた。
「どーせ僕は理知的じゃあーりませんよ」
不貞腐れてとっとと毛布をひっかぶる。
「おやすみっ!」
シモラーシャは、背中を向けてしまったマリーにアッカンベーをした。それから自分も毛布を被る。
彼女は仰向けになり夜空を見つめた。星々が彼女を見下ろしている。彼女にはあの空の星のどれかに、自分の理想とする王子様がいるような気がしてならなかった。
女魔法剣士シモラーシャ・デイビス、只今ピッチピッチの十八歳。
世に冷酷非道と噂されてはいるけれど、その実、王子様を信じるまだまだ夢多き少女には違いなかったのだ。
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