第12話 反撃

「ここって、違法デリヘル業者の事務所であってる?」

一人の少女が突然入ってきて言った。


「なんだいきなり? 希望者か? 誰からの紹介だ?」

男は一瞬驚いたが、舐められないようにと、ドスをきかせた声で答えた。


「美希の紹介で来た」

「美希ちゃん?」

男が何か都合の悪いことを隠すかのような表情をした。


「直接ここに来られると困るな。連絡は携帯だけにしてもらわないとな」

「携帯だと伝わらないことがあるから」

「何だ?」


 少女が近づいて来た。そして、何の前触れもなく、男の鳩尾を蹴り上げた。


「うっ」

 男がうめき声をあげて、跪く。少女は、息ができなくなった男が、腹を抑えてうずくまる様を眺めていた。


 しばし、苦しんだ後、痛みが若干和らいだ男が、顔を上げた。

「何だお前?」


 再度、少女が男の鳩尾を蹴り上げる。そして、うずくまった男の、右耳を引きちぎった。


「ぎゃー!」

男の悲鳴があがり、床をのたうち回る。

「お、お、お、お前……」

少女が、背を向けてあとずさりした逃げようとした男の右足をつかみ、仰向けに転がした。そして、男にのしかかり、男が動けないよう、胸を膝で抑えつけた。


「げっ」

男のあげたうめき声を無視し、少女が感情のこもらない冷たい声を出す。

「聞きたいことがある。黙って答えれば、これ以上は傷つけない。答えないなら、左耳もちぎる。わかった?」


「知らねえよ! お前、一体誰だ!」

男が言った直後、少女が男の左耳を引っ張り、激痛が走った。


「やめろ!、やめてくれ!」

男の目に涙がたまる。少女はいっとき手を止め、そして、また、力を入れた。


「やめてくれ」

男が泣きじゃくる。

「何を聞きたいんだ」

男は諦めたように言った。


 沙羅は男から、美希との出会いから、仕事の斡旋、美希を襲った男たちの情報を聞き出した。レイプビデオの撮影組織のリーダーが、徳永昭彦という男であること、美希の他にも犠牲者がいること、違法ビデオは、闇サイトで売買されていること。


「撮影した映像データは消せるよね」

「俺には無理だ」

沙羅の目が酷薄に光る。


「消せる奴がいる!」

男が慌てて言う。


「誰?」

「知らない奴が勝手に消してるんだ!」

男が喚いた。


「どういうこと、詳しく話して」

 問い詰める沙羅に男が答える。

「正義の味方を気取って、違法の動画を闇サイトで消してるやつがいんだ」

「そいつと連絡はとれるの?」

「わからない」


 沙羅はわずかに考え決断した。


「あんた、違法の携帯持ってるよね。その闇サイトに、新しい動画が入ったから、欲しい奴は連絡しろって書いて、その携帯の連絡先載せて」

「わかった」

「今すぐやって」


男は沙羅のいいなりに行動した。


「もう全部聞きたいことには答えたろ。携帯もやったんだから、早く帰ってくれ」

男が半泣きの顔で懇願する。


「そうね。最後に、もう一仕事やって帰る」

言い抜きざま、沙羅は男の左耳を引きちぎり、悲鳴が満ちる部屋を後にした。



 さて、携帯に連絡をしてくるのはどんな奴か。違法ビデオを買おうとするとクズか。それとも、正義の味方気取りの謎の奴か。どちらから連絡が来ても、その時は、その時だ。


 沙羅がそんなことを考えていると、携帯に着信が入った。さて、どっちだ。


「コリナイ連中ダナ。オ前タチノ正体モ証拠モ、手ニ入レタ。覚悟シロ」

 声紋も抑揚もない合成音。ボイスチェンジャーと違い、元の音声の復元や、口調から話者の特徴を探ることも不可能だ。


 正義の味方気取りの奴だ。すぐ連絡が来たということは、違法サイトをリアルタイムでチェックしているのだろう。どんな動機でこんなことをしているのか知らないが、何かこいつなりの正義感があるのだろう。


「正義の味方にしては陳腐なセリフね。証拠も正体も入手済みなら、通報できるでしょ。通報できないから、動画を消すぐらいしか出来ないんじゃない」

「オ前、誰ダ?」

「私が誰かは関係ない。ただ言えることは、私とあなたと目的は同じって事」

「ドウイウコトダ?」


 そう簡単には信用してもらえないだろう。しかし、信用してもらわなければならない。相手がどんな奴かわからないが、こちらが信用しなければ、向こうも信用しないだろう。そのためには、本当のことを話すのが一番いい。


「私は神野沙羅。高校生。それで、私の同級生がレイプされて動画をとられて自殺しようとした。だから、動画を消してほしい。それと、レイプした連中を捕まえたい。信じられないかもしれないけど、信じてほしい。私に言えるのは、それだけ」

一気に言って、相手の反応を待つ。


「最近ノヤツカ? 長イ髪ノ女ノ子ノ?」

「そう、その子よ。それと、連中の一味のリーダー格は、徳永ってやつ。デリヘルの男に聞いて、そこまではわかっている」

「動画ハ消セル。君ノ友達ハ、証言デキルカ?」

 性犯罪で必ず問題になる事柄だ。証拠のビデオも削除してしまえば、物証は無くなる。悪賢い連中なら、口裏を合わせて逃げるだろう。そして、美希だけが傷つく。


「それは、無理」

「消シテモ消シテモ、同ジ事ガ続クゾ」


 沙羅はある考えを口にした。


「動画を消せば、あの連中はまた、すぐに新しい動画を撮影しようとすると思う」

「ソレデ?」

「業者のフリして、あいつらが、私を呼ぶように手配することはできる?」

「囮ニナルノカ?」

「現行犯で逮捕させれば、逃げ道はない」

「警察ガクルマデノ間、君モタダデハスマナイ」


 沙羅は、意を決するように言った。

「覚悟はしてるわ。大切な友達が傷つけられた。どんなことをしても償わせる」

「ソウカ。正義ニ犠牲ハツキモノダ」


 そう、正義に犠牲はつきものだ。でも、こいつは少し勘違いしているようだ。

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