六章、求婚

 我々は、君側の奸を除くべく立ち上がった。


 彼奴は講和を唱えつつ、実は売国を試みている。このままでは、帝国は彼奴によって切り売りされ、遂には滅びてしまう。


 我々はこれを座視することが出来ない。


 帝国を守るためには、陛下に弓引き、反逆の汚名を被ろうとも、あえてそれを甘受して立ち上がるべきだと判断した。


 我々の正義は、歴史と帝国が証明してくれるであろう。




 反乱軍、自称「愛国同盟」の檄文は要約するとこんな感じであった。君側の奸。つまり、俺は感心した。


 一言も、軍需産業を守るためとは書いていない。当たり前だが。そして、自分たちが元老院での闘争に敗れたことも、おくびにも出していない。その態度は追い詰められたことなどまるで感じさせず、堂々としている。


 我々の正義は、歴史と帝国が証明する、か。なかなか良い言葉だ。


 俺は、自分が正義であるとはまるで考えてはいなかった。、


 なにしろ、反対派の連中を追い落とすためなら、人にはあまり自慢出来ないような方法も喜んで用いたのが俺であったからだ。そんな俺が正義を名乗れば、正義という言葉の概念を考え直さなければならなくなるだろう。


 しかしながら、俺は自分が間違ったことをしている、という風にも考えてはいなかった。俺が目指すものは、帝国、ひいては人類社会にとって有益だという確信すら持っていた。だが、それが万人に受け入れられる確信でなければ、やはり正義を名乗るわけにはいかないだろう。


 結局、人は誰しも自分が正しいと考える事をするしかなく、それが正義の名に値するかどうかは自分では決められないのだ。


 俺は声高に正義を叫ぶことさえしなかったが、自分たちが正しいということのお墨付きは貰っていた。つまり、俺は「反乱討伐軍司令官」に任命され、自称「愛国同盟」は公式には「反乱集団」と呼称される。連中がどう叫ぼうと、公式には俺の方が帝国の総意を代表していると言えるのである。しかしそれは、俺たちが正義であるかどうかとは、関係が無い。


 反乱討伐軍は第九艦隊の一部と、それに各艦隊から引き抜いた分艦隊を合わせたもので、戦闘艦艇数は三万三千隻に上った。これに補給艦艇が加算されると五万隻に届くかもしれない。俺の軍歴の中でもあまり見た事が無いくらいの大艦隊である。それの長が俺だと言う事実。今更ながら、俺も出世したものだと思う。


 もっとも、出世には責任が伴うのである。この大艦隊を生かすも殺すも俺次第という事実を思えば、緊張で身が引き締まるのは当然で、そうでなければならない。


 だが、かつて近衛艦隊司令官代理に任命された時のように、これは無理だとは考えなかった。当時の俺は確かに指揮官としての経験が不足していたが、今の俺はそれなりに経験も積み、艦隊指揮の、なによりも大組織を運用するための要領が分かってきていたのである。


 大組織を運営するための基本は、何もかもを自分でやろうとしないことである。むしろ、自分は何もやらないくらいのほうが良い。部下の能力を把握し、適材を適所に配置する。その部下を上手いことフォローするのが最高指揮官の仕事なのだ。それが分かっていないと、何もかもを自分で引き受け、溜め込み、終いには破滅する。俺は優秀な部下を得たおかげでその事が早くに理解出来た。


 ただし、責任は取らなければならない。上司が、部下がやったことは全て俺の責任だと言って初めて、部下は自分の能力を十全にふるえる条件が整うのだ。部下の能力のある無しはその後の話になる。


 そんな訳で、俺はこの反乱軍討伐艦隊においてもその伝でゆくことにした。


 この艦隊には第九艦隊のいつもの面々は、コロー・ホリデー中将しか参加していなかった。他の将官は全て別行動中だったのである。参謀連中もいない。彼女たちは軍令部に残って俺の残した宿題と格闘しているはずである。


 そんな訳で、俺の旗艦「アクロポリス」の作戦会議室に集まった面々はいつもとは様変わりしていた。久しぶりに男性ばかりだった。なんだか新鮮だ。ウル・コエセフト少将、キニー・ワンド准将、オルロフ・ワドキンス准将、アーノルド・エルス准将などが主なところである。彼らは他の艦隊から艦船ごと引き抜いたのであった。そのため、彼らは俺とホリデー中将に対して警戒心を露にしていた。なにしろ、我が第九艦隊は成り立ちからして他の艦隊とは異質であり、特に俺は成り上がり者で皇帝の愛人というさらに訳が分からん存在だったのだ。いきなり信頼しろという方が無理だ。


 故に俺はこの作戦会議室ではまったく大人しくしていた。冒頭に挨拶した以外はまったく発言しなかった。


 俺の代わりに会議を仕切ったのはホリデー中将である。


「わたくしが反乱軍討伐艦隊副司令、コロー・ホリデー中将です。まさか、わたくしの名前を知らない者があるとは思えませんが、一応名乗っておきます!」


 と、まぁ高らかに宣言した。確かに彼女は、ブロックン中将と並んで、帝国軍史上数少ない女性中将として非常に有名であったのである。彼女が如何にも高飛車に出たおかげで、居並ぶ男性陣は思わず萎縮したようだった。


 役者が違う。俺は安心してこの会議をホリデー中将に丸投げした。


「貴官たちは皇帝陛下の勅命によって、この反乱軍討伐艦隊に加わる栄誉を被ったのです。それに恥じぬよう、粉骨砕身、働きなさい!」


 皇帝陛下の名を聞き、姿勢を正した者もあった。ホリデー中将は微妙に皇帝の威を借りる事によって居並ぶ男性将官を自分のペースに巻き込んだのだ。ホリデー中将は副官に命じ、テーブル中央に3Dスクリーンを出す。


「我が艦隊が現在目指しているのは、反乱軍が集結しているエルプス星系の手前、ブライアン星系です。ここで補給を受けた後、エルプス星系に進出して反乱軍と決戦する予定です。が・・・」


 ホリデー中将はここで言葉を切り、彼女一流の鋭く艶っぽい瞳で一同を見渡した。


「敵がこのまま大人しくエルプスに篭っているとお思いですか?ワドキンス准将、どう考える?」


 いきなり話を振られたワドキンス准将は思わず立ち上がった。四十代始めの小太りの男である。彼は立ち上がってしまい、立ち上がった後に言うべき言葉を見つけていないことに気がついたらしい。なにやら唸りながらフリーズしてしまった。ホリデー中将は女教師じみた仕草でテーブルを指揮棒ではたいた。


「はいはい、座ってよろしい。わたくしの考えでは、敵はわざわざエルプスに集結したぐらいであるから、ここで我が艦隊を迎え撃つ考えだと思われる。しかし、それは同時に手薬煉引いて待ち構えられる、ということでもあるわね。よって、そこにわざわざ突入するのは頭の良い方法とは思われません」


 興が乗ってきたのだろう。ホリデー中将は芝居じみたアクションをつけながら指揮棒で3Dスクリーンを示す。


「よって我が艦隊はブライアン星系において動きを止め、敵を挑発し、敵を巣穴から誘い出すこととします。敵は長期戦を望まないはず。遠からずブライアン星系まで出てくるでしょう」


 コエセフト少将が手を上げた。彼はかなり若く、まだ29歳である。柔らかなブロンドのなかなか美男であった。


「では、敵を兵糧攻めにするということになりましょうか」


「頭の良い子は好きよ、少将」


 ホリデー中将はコエセフト少将を見ながら猫科の生き物のように目を細めた。


「しかし、それでは時間が掛かりすぎませんでしょうか?」


「時間を惜しむあまり、部下を無用に殺すことになっても、良いと?」


 コエセフト少将は顔を赤くした。


「いえ!そんなことは・・・」


「ふふふ、かわいいのね、少将」


 こら、あまり遊ぶなホリデー中将。俺の内心の声が聞こえたのかどうか、ホリデー中将は指揮棒を振ってコエセフト少将との会話を打ち切り、再び説明を始める。


「確かに我が艦隊にとっても時間は貴重よ。しかし、その懸念は無用ね。敵の方は我が艦隊よりも急いで決着を付けたいと考えているだから」


 今度はエルス准将が発言を求めた。やけに大柄な色白の男だ。年齢は41歳。


「その根拠は?」


「反乱軍は、貴族の集まりよ。しかも、大貴族ばかり」


 ホリデー中将は腰に手を当てて小ばかにしたような態度でエルス准将を見下ろした。いい男以外にはとことん冷たいホリデー中将である。


「つまり、我が艦隊と戦っている間、連中の領地は無防備なままということよ。実際、アキナ少将の率いる別働隊が反乱貴族の領地を制圧し始めています。さぞかし心穏やかでは無いことでしょう、連中は」


 そうなのだ。アキナ少将がこの討伐艦隊に加わっていない理由がこれだった。既に反乱軍への挑発は始まっているのだ。


「故に、敵は我が艦隊と決戦しないわけにはいかないのです。不利を承知でエルプスから出てくるという危険を冒してもね」


 エルス准将は納得したように一礼した。


 ホリデー中将は一同をぐるりと睥睨し、視線で更なる意見を促す。しかし、誰も発言しなかった。ホリデー中将は美貌に満面の、凄みのある笑顔を湛えて頷いた。


「我が艦隊はブライアン星系において準備を整えた後、反乱軍を丁重におもてなし致します。よろしいですわね!」


 ホリデー中将が良く通る声で叫ぶと、面々は了承の印に敬礼した。




「本当に、勝ってもよろしいのですか」


 ホリデー中将は俺に言った。何を言い出すのか?勝たないでどうする。


 アクロポリスの俺の執務室。もうすぐブライアン星系に到着するというころに、ホリデー中将が訪れ、開口一番こう言ったのである。


「敵将ルクスを討ち取ってしまってよろしいのですか?」


 ホリデー中将は言いなおした。


「ルクスは提督の恩人でありましょう?」


 ・・・流石はホリデー中将である。物事が良く見えている。


 ルクスが反乱を起こした、その意味を裏面まで把握しているのだろう。


 さらに言えば俺の迷いまで見透かしているのだ。


 俺は、正直に言えば、ルクスを殺したくなかったのだ。彼は俺を公私に渡って引き立ててくれた恩人であった。軍での異常な出世はエトナの気まぐれだったとしても、亡命者である俺が軍で実権を得るには、軍に顔の効く後見が必要だった。ルクスは十分にその役目を果たしてくれた。俺が艦隊を編成する時も、艦隊が正艦隊に拡大する際にも、ルクスの口ぞえが大きくものを言ったのだ。当然、俺が元老院議員になれたのも、数ある候補者の中ならルクスが俺を押してくれたからである。


 私的な面で言えば、エトナと俺との関係もある。如何にエトナが俺を愛したとしても、皇帝たるエトナに恋愛の自由など本来有り得ない。ましてや俺は亡命者だ。その彼女と俺がいわば公認のカップルとなれたのも、太政大臣であるルクスが積極的に俺たちを保護し後見したからである。


 俺は、彼に恩を感じていた。好意を抱いていたと言っても良い。その思いは一年に渡った元老院での熾烈な対立を経ても変わらなかった。ましてや、俺には彼の真意が洞察出来ていた。彼はエトナのために、ひいては俺のために、それまでの名声を投げ打ってまで犠牲になろうとしてくれているのである。


 それにしても、俺は今更ながらに震えた。政治家として一国を背負うと言うことにはそれほどの覚悟がいるのだ。国家の明日のためになら、自らの何もかもを犠牲にする覚悟が。俺に、その覚悟があるだろうか。


「提督?」


「いや、そうだ。ルクスは俺の恩人だ。だが、だからこそ、俺の手で討ち取らねばならん」


 ホリデー中将は微妙な表情をした。


「なんだ」


「似合いませんわよ。提督」


 俺は思わず腰を浮かせかけた。


「なんだと!」


「殺したくないのなら、素直にそうお言いなさい。その方が提督らしいですわ」


 容赦が無いホリデー中将。


「そんな腰が据わらない者が総大将では、部下の士気に影響します。どうなのです?提督!」


 ああ、ホリデー中将が何を言いたいのかが分かった。


 無理をするな、と言いたいのだ。俺は顔を手の平でなでた。


「・・・そうだな。ホリデー中将。悪かった」


 ホリデー中将は腰に手を当てて胸を張った。


「そう、俺は、俺はルクスを討ち取りたくない。彼も、俺にとって大事な人だから・・・」


 俺は言葉を探した。自分の思いを確かめるように。


「だが、もう、仕方が無い」


 ホリデー中将は踵を打ち鳴らして敬礼した。


「了解しました!」


 俺は苦笑した。この、俺にとってはマナーの教師にもあたる女性は、いつもこうして俺に対して厳しい。いつか彼女が言ったことがある。


「提督、あなたはわたくしの上司なのですから、わたくしの上を行ってもらわなければ困るのです!」


 無茶なことを言う。彼女の上を行くなど、並大抵なことではないのである。士官学校首席卒業。数々の戦いにおいて赫々たる戦果を上げて、昇進が遅くなりがちな女性でありながら、俺がスカウトした時には29歳で准将になっていた。ちなみに、ブロックン中将は二つ下で同階級だったが、これは彼女がある戦いで先帝(エトナの父)を助けたことによって二階級を特進したからである。戦果で言えば同程度だろう。


 俺の部下の中でホリデー中将とブロックン中将は双璧だが、今回俺は、討伐艦隊の副将としてホリデー中将を選んだ。今回、他の艦隊から多くの艦と将を引き抜くにあたって、彼らを短期間に纏めるには腹芸が出来るホリデー中将の方が向いていると思ったからである。実際、その目論見は当たった。今のところ、彼らは完全に俺とホリデー中将の手の内にあった。


 まして、今回の反乱討伐は、ただ戦いに勝てば良いというものではないのであった。その意味でもホリデー中将には余計な負担を押し付けなければならない。この面でも俺は彼女に対して弱い立場にあった。


「頼むよ、中将」


 ホリデー中将はツン、と顎を上げた。


 


 エルプス星系は、公爵であるルクスの領地内にある星系で、彼の私兵団の根拠地となっていた。半ば要塞化した小惑星があり、ここに篭って抗戦されることになれば戦役の長期化は避けられないだろう。


 これに対してブライアン星系は、小規模な帝国軍の基地がある以外には他に何もない星系と言っても良かった。討伐艦隊の基本方針としてはここへ敵を誘い出し、決戦するということになる。ごく普通に正面決戦することが出来れば、敵二万七千隻に対し、討伐艦隊三万三千隻であるから、まず負けることはあるまい。ただし、当然それは敵も同じことを考える訳であるから、黙っていてノコノコとブライアン星系に現われてくれるはずは無いわけである。


 敵をブライアン星系に引っ張り出すには、敵に討伐艦隊と戦っても勝てるという誤解を抱いてもらわなければならない。そのために俺は色々と小細工を用いた。


 まず、討伐艦隊に俺の子飼いである第九艦隊をほとんど連れて来なかった。本隊の二千隻以外は他の艦隊から引き抜いた分艦隊で連合艦隊を編成したのである。これは敵に討伐艦隊は急遽編成した寄せ集めであるとの認識を持たせるためであった。


 次に、首都レオンからブライアンまで通常は二十日ほど掛かる行程を、十五日とかなり速いペースで行軍した。これによって、脱落する艦も多くなり、ブライアン到着時点で戦闘艦艇数は三万隻を僅かに下回ることとなった。三千隻もの脱落艦が出たわけである。これはやはり討伐艦隊自体が本当に寄せ集めだったからでもあったのだが、これを見て敵が討伐艦隊を侮ってくれれば好都合だった。


 最後に、ブライアン星系の補給基地の能力では、三万隻以上である討伐艦隊全てに対し、一気に補給を行うことが出来ないという事態をあえて隠さなかった。つまり、エネルギー補給が十分ではないために、エルプスにワープするどころか、戦闘行動も満足にとれないであろうことを反乱軍に見せてやったのである。


 ここまで隙を見せて反乱軍が根拠地を堅守していたら、俺も打つ手が無いところであったのだが、幸い、反乱軍はのってくれた。討伐艦隊が到着して二日後、反乱軍艦隊はブライアン星系にワープアウトしてきたのである。


 さて、討伐艦隊の方だが、前述した様に状況は芳しくなかった。あえて反乱軍に隙を見せたとはいえ、艦数の不足、補給の不足は完全な事実であったからだ。特に補給の遅れは深刻であり、どうにか戦闘行動が可能な艦を合計しても一万隻程度にしかならなかったのである。


 もっとも、これは当然予測された事態であった。というより、予定通りだったと言ってもよい。


 俺は、出撃可能な討伐艦隊を再編し、基地を出発した。




 討伐艦隊一万一千隻。反乱軍艦隊二万五千隻である。ホリデー中将は嘆いてみせた。


「話が違うでは有りませんか。圧倒的に優勢な戦力で劣勢な敵をいびるのではなかったのですか?」


 だが、その言葉に反して顔は不敵に笑っている。


「敵将は?マクガバン中将?聞いた事がありませんわね。相手にとって不足ですわ!」


 聞いた事無いはひどいだろう。近衛艦隊副指令を長く務める、いわば帝国軍のエリート中のエリートだ。俺が近衛艦隊司令官代理だった頃には、彼にもいろいろ世話になったものなのである。それが今や敵味方か。俺は亡命した時に、かつての祖国を敵に回すことにある種の感慨を覚えたものだったが、同じような思いを再び胸に浮かべようとはな。


 ホリデー中将は軍靴で床を蹴ると、張りのある声で命じた。


「全艦隊、前進!」


 ちなみに、俺はホリデー中将の後ろで偉そうに座っている係だった。俺は出番が来るまで待機なのだ。ゆっくりホリデー中将の指揮振りを堪能させてもらうこととしよう。


 敵艦隊の配置はいわゆる鶴翼の陣形である。左右に大きく陣列を広げ、劣勢な我が艦隊を包囲しようという構えである。その厚みといい、隙の無さといい、流石にマクガバン中将といったところであった。当たり前だが、けして侮ってはかかれない相手なのである。


 しかし、ホリデー中将は鼻で笑い飛ばした。


「陳腐!つまらない男は嫌いですわ!」


 そして舞う様な動作で3Dスクリーンの一点を指差す。


「全艦隊、高機動状態。敵左翼に一撃離脱攻撃を掛ける!」


 討伐艦隊は前進速度を上げ、敵艦隊の左翼に突っ込んだ。


 双方が射程内に入った段階で、ホリデー中将が叫ぶ。


「撃て!」


 途端に宇宙空間に殺意の橋が掛かる。無音の世界で閃光だけが炸裂し、その度ごとに千人からの人間が死ぬ。同じ軍服を着た者同士が相打つ戦場。救いは、相手の生身の姿が見えないことだろう。


 討伐艦隊は高速で反乱軍左翼に突入し、集中的に砲撃を加えると、回頭して離脱した。


「次は中央よ!速度を維持!」


 動きを止めることなく、討伐艦隊は今度は敵中央へ突入。次は右翼へ。更に左翼へ。高速で突入しては、軽く撃ち込んですぐに離脱する。ホリデー中将はこれを何度も繰り返した。


 敵艦隊は困惑したはずである。確かに一撃離脱戦法を続けていれば、討伐艦隊が反乱軍艦隊の包囲下に立ち竦むような事態は起こり難いだろう。しかし、一撃してすぐ離脱するような攻撃では、討伐艦隊の方も反乱軍艦隊に対して有効な打撃を与え得ないのである。


 結局、反乱軍艦隊指揮官マクガバン中将は、討伐艦隊の狙いは反乱軍艦隊の陣形を崩すことにある、と結論したようだった。陣形を鶴翼から逆に収斂させて、円に近いものへと変化させた。その方が様々な方位からの攻撃に対応出来るからである。


 合理的で的確な判断であったろう。しかしそれは、だからこそ予測し易い動きであると言い換える事が出来る。マクガバン中将はこの時、戦力差にまかせて強引に討伐艦隊を追いまわし、押し包んで圧殺してしまえばよかったのである。しかし、そういう蛮勇が振るえないのが、彼が有能な軍人である所以でもあるのだった。


 反乱軍艦隊が陣形を変化させると、一転、ホリデー中将は艦隊を突入させなくなった。むしろ今度はこちらが横隊になり、反乱軍艦隊を半包囲する。そして、細かな艦隊機動を行いながら、長距離砲の射程範囲ぎりぎりで、ちまちまと砲撃を行ったのである。これまた、勇猛をもって知られるホリデー中将にしてはずいぶんと消極的な攻撃であるというべきだった。実際、ホリデー中将は指揮を行いながら渋い顔をして欠伸をしてみせた。


 こうして、戦線が膠着したまま25時間が経過した。


 ここにきて、反乱軍艦隊の動きが慌しくなった。ようやくこちらの意図に気がついたのである。


 そう。俺とホリデー中将が意図したのは、単純に戦闘を長引かせることだったのである。


 討伐艦隊には、すぐ至近にある基地で補給待ちをしている無傷の艦隊が二万隻近くもいたのだ。戦闘が長引いている内に補給が終了すれば、すぐさまこれを増援として投入できるわけである。25時間もあれば、一万隻の艦隊の補給が終わっていた。俺は予定通りこれをコエセフト少将に率いさせて、戦線に投入した。


 これで討伐艦隊は二万一千隻。反乱軍艦隊は二万五千隻で数では未だに優勢だが、丸一日以上戦いっぱなしである。しかも、陣形を収斂させていた事が災いして討伐艦隊に包囲される形となった。マクガバン中将は青くなったことだろう。


 しかし、ホリデー中将は総攻撃命令を下さなかった。


 コエセフト少将に預けた部隊ともども、反乱軍艦隊を遠巻きに包囲したまま、反乱軍艦隊が休息を取れない程度に攻撃を加える。反乱軍艦隊が包囲の突破を図れば、攻撃を受けた部隊を後退させてまで決戦を避ける。この上なく消極的な戦いであり、ホリデー中将の性にあわないらしく、彼女は司令官席に深々と腰掛け、足を指揮卓に投げ出すというはしたない格好で投げやりに指令を飛ばしていた。そうこうしているうちに、討伐艦隊の残りの艦の補給も終わり、脱落艦も続々ブライアン星系に到着。戦闘開始から51時間後には、反乱軍艦隊は討伐艦隊三万三千隻に、十重二十重に包囲されることとなったのである。


 ようやく、俺の出番である。俺は、反乱軍艦隊マクガバン中将に通信を繋がせた。


「卿は、よく戦った。もう十分だろう」


 モニターの向こうで、マクガバン中将は固い表情で沈黙していた。精悍な顔立ちには憔悴の色が濃い。


「卿は、皇帝陛下の兵だろう。太政大臣への義理は十分果たしたのではないか?寛大な措置を陛下にお願いすること、このランドーが必ず約束する」


 マクガバン中将はまだ沈黙していた。俺はつい、言った。


「俺は、卿を殺したくないのだ。マクガバン中将」


 そこで、マクガバン中将は初めて表情を変えた。笑ったのである。


「よく言ってくれた。ランドー大将」


 凄絶な笑みだった。


「それでこそ、死ぬ価値があるというものだ。私が死ぬことであなたが祝杯を挙げると思うと死に切れぬ思いだったが、これで死ねる」


「中将」


「部下には寛大な処置を頼む。皇帝陛下に栄光あれとお伝え願いたい」


 それで、通信は切れてしまった。俺は司令官席に背中を深く沈めた。


「なかなか、いい男でしたわね」


 ホリデー中将が言った。


 この戦いで、俺があえて艦隊を直接指揮しなかった訳は、これが内戦で、敵が同じ帝国軍であったからである。この先、俺が帝国軍最高指揮官となり軍を率いてゆく上で、内戦で同じ帝国軍を殺したという経歴はマイナスに作用する。故に俺は戦闘を指揮しなかったのである。


 同時に、この戦いの目的は、最初から反乱軍艦隊、特に主力である近衛艦隊を無傷に近い状態で降伏させることであったのだ。近衛艦隊は帝国軍の精鋭であり、これを内戦などで無駄に失うことは帝国軍にとっては大きな損失である。ホリデー中将の作戦と忍耐のおかげで、これも想像以上に上手くいった。


 あとは、上手く反乱軍を降伏させればいいのであるが、この降伏勧告はどうしても俺がやらなければならない。「俺が」反乱軍を説得して降伏させる、という手順がこの先大きな意味を持ってくるからである。


 一時間後、反乱軍艦隊から正式に降伏の意が伝えられ、同時にマクガバン中将の自決も伝えられた。マクガバン中将の御霊よ安らかなれ。俺は反乱軍艦隊の降伏受け入れと武装解除をコエセフト少将に命じた。




 戦争というのは、政治の一形態なのである。


 戦場でドンパチやって、勝つか負けるかを決めるだけなら、それはただの喧嘩だ。子供の殴り合いと大差無い。


 戦争とは、戦闘を行って何か政治的な利権を争奪することなのである。戦闘は手段であって目的では無い。故に、戦闘は目的達成のために効率良く行われなければならず、更に言えば戦力の消耗も目的に応じて効率良く配分されねばならないのである。


 マクガバン中将は有能な軍人ではあったが、政治的視点で戦闘を把握する事が出来なかったのである。まさか俺が始めから反乱軍艦隊を生け捕りにしようと考えているなど想像も出来なかったのであろう。なぜなら、軍人にとって戦闘の勝利とは、戦闘が終わった時にどちらの方が損耗が多いのかという算術だからである。彼は討伐艦隊がいつか必殺の攻撃を反乱軍艦隊に加えてくると思い込んでいた。そのため、その指揮は討伐艦隊に隙を見せないように、ということを第一とした艦隊運用をした。そこを俺とホリデー中将に付け込まれたのである。


 政治的な視点で見れば、俺がここで反乱軍艦隊を完膚なきまでに撃破してしまう事が、長期的には俺の利益にならない事が分かったはずである。俺がこの戦いで得ようとしているものは、帝国軍、そしてロスアフィスト王朝を掌握することである。つまり、ルクスに取って代わることだ。それを考えれば、内戦で同じ帝国軍を多数殺して将来に遺恨を生み出すことはけして俺の利益にならない。導き出される結論は、俺は反乱軍を可能な限り殺さずに勝たなければならないということである。マクガバン中将がそれを洞察し得たなら、また違った戦い方があったであろう。しかしそれは軍人的な発想ではないのだ。俺ももともと軍人だったからそれが良く分かる。


 しかし、ルクスには当然分かっていたであろう。ルクスは政治家だからだ。彼はそれをマクガバン中将に忠告しなかったということである。


 反乱軍の武装解除には時間を取られた。降伏自体はスムーズだったのだが、ブライアン星系には居住惑星が一つしかなく、軍事基地も小さなものであったので、捕虜や鹵獲艦を後送するのに手間取ったのだ。仕方が無く討伐艦隊は三日ほどブライアン星系に停滞した。


 その間に何もやらないというのも芸が無い。俺はキニー・ワンド准将に偵察艦隊を率いての強行偵察を命じた。


 ワンド准将は五十代の体格の良い、見るからに軍人じみた男であった。彼は勇躍、麾下の艦隊の一部を率いて出発し、そして帰って来なかった。半日待った挙句、何の音沙汰も無いので、俺は何かあったことを悟り、今度はコエセフト少将に偵察とワンド准将の救出を命じた。


 ところが、彼もまた行ったきり帰って来ないのである。俺は、これはいくらなんでも妙だと思った。確かに敵の本陣を偵察に行くのだから危険なことは危険な任務である。しかし、反乱軍艦隊のほとんどはここブライアン星系で生け捕りにしたのだから、エルプス星系にはそれほど敵艦隊はいないはずだ。それに、例えば想いもよらない大艦隊がワープアウトを待ち構えていたのだとしても、連絡艇一隻戻って来られないほど瞬時に全偵察艦隊がやられてしまうなど有り得ない筈だ。しかも二度も。


 このままで済ます訳にもいかない。仕方なく俺は第三次偵察艦隊を今度はホリデー中将に率いさせることにした。流石にホリデー中将である。彼女はあっさり言った。


「艦隊を送り込む必要はありませんでしょう?偵察艦を一隻。それで十分です」


 というと、戦艦一隻を用意させ、自ら乗り込んでエルプス星系にワープしていった。


 ようやく事情が判明したのは数時間後に彼女が帰ってきてからのことになる。彼女は先行していた偵察艦隊を一艦も欠けることなく連れ帰ったのだった。


「ばかばかしくて報告する気にもなれませんわ」


 と言いながらもホリデー中将が報告したところによると、つまりは偵察艦隊はエルプス星系で落とし穴に落ちていたのである。


 初歩的な罠だった。範囲内に入った艦隊の通信を完全に阻止するために、電波妨害とレーザー通信妨害粒子を大量にばら撒き、ホログラムで星座も描き換えてしまう。そういう罠が通過しようとした小惑星帯に仕掛けてあったのだ。ワンド准将とコエセフト少将はまんまとそれに引っ掛かったのである。


 二人はワープアウト後に敵の姿が見えないことに拍子抜けし、油断したのである。罠にはまった後は、今度は敵の襲撃が恐ろしくて集結し、動けなくなっていたのだった。


「まったく、無能、臆病、惰弱、軟弱ですわ!」


 小さくなる二人。


「まぁ、それはそれとして」


 ホリデー中将は前髪を払った。


「やはり予想通り、敵には戦力が残っていないようですわね」


 立ち往生していたワンド准将とコエセフト少将がまるで攻撃を受けなかったことでそれが分かる。俺は頷いて命じた。


「よし、では全艦隊抜錨してエルプス星系へ向かう。




 さてここで、考えなければならないことがある。


 ルクスはなぜ二つの偵察艦隊が引っ掛かったような罠を仕掛けたのか、ということである。


 あの罠自体は珍しいものではない。引っ掛かった敵は混乱するので、そこを攻撃して撃滅してしまう、というのが本来の設置目的だ。ではなぜ、ルクスは捕らえた偵察艦隊を攻撃しなかったのか?ホリデー中将が助けに行かなくても、ワンド准将もコエセフト少将も程なく敵の攻撃が無いことに気が付き、自力で事態を打開出来たであろう。そう、あの罠は、あれ単体では嫌がらせ以上の役をなさないのである。


 嫌がらせ?反乱軍艦隊主力が投降し、事実上戦争の決着がついた段階でそのような事をするほど、ルクスは小者ではないはずだ。何か他に理由があるのである。


 その理由は、反乱軍が本拠地にしていた小惑星要塞に接近して判明した。


「もぬけの殻ではないか!」


 コエセフト少将が唖然として叫んだ。


 要塞主砲の射程付近に接近しても反応が無いため、討伐艦隊は無人探査艇を送り込むことにした。その映像が届けられたのである。彼の叫びは旗艦アクロポリスの作戦会議室に集まった面々のほとんどに共通する感想だったであろう。


 人っ子一人いやしないのである。無人探査艇は要塞内を隅々まで周り、遂に兵士一名発見することは出来なかった。


「どういうことなのか・・・」


 ワンド准将が首を傾げる。しかし、ホリデー中将は首を上げて言い放った。


「事態は明白ね。敵はこの要塞を捨てたのよ!」


「捨てた?」


 コエセフト少将には良く分からないようだったが、ホリデー中将は彼にだけは微笑みを絶やさない。


「そうよ少将。この要塞は我々を引き付ける囮。敵の残存艦隊はまったく違うところにいる」


「というと?」


 口を挟むワドキンス准将に逆立った視線を浴びせて、ホリデー中将は唸った。


「そんなことも分からないの!考えなさいちょっとは!」


 思わず仰け反るワドキンス准将。俺は苦笑して言った。


「敵の残存艦隊は推定三千隻程度だ。この戦力で行えるもっとも効果的な作戦を考えれば、おのずと結論は見えてくるんじゃないか?」


 エルス准将がああ、と手を打った。


「まさか!我々をこの要塞にひきつけておいて、その間に長躯して別の場所を狙うということですか」


「そうだ」


 ワンド准将が太い腕を組んで考え込む。


「といっても、どこを狙うのでありましょうか」


「分からないの!?」


 ホリデー中将が本気で驚いたような声を上げた。ワンド准将が流石に顔をしかめる。彼は中将より十は年上なのだ。しかし、そんなことに頓着するホリデー中将ではない。


「よ~く考えなさい?敵はわざわざ虎の子のはずの近衛艦隊を囮に使ってまで、我々を足止めしたのよ?」


「近衛艦隊を囮に?」


 ワドキンス准将が聞きとがめた。


「それはどういうことですか、中将!」


 コエセフト少将も顔色を変える。ああ、そういえばその辺りも説明しておかないといけないのか。俺は視線でホリデー中将を促した。彼女は嫌そうに眉を潜めたが、拒否はしなかった。


「分かりました。最初から説明いたしましょう」


 彼女はあごを上げて男どもを見下ろした。


「今回、反乱軍はそもそも勝算が薄いのを承知で反乱を起こしたのは分かるわね」


 反乱軍は総戦闘艦数せいぜい三万隻程度であった。これに対して、首都レオンにいる艦隊だけでも七万隻を超えるのが帝国艦隊である。これでは勝敗は始めから見えていると言っても過言ではないだろう。


 しかしながら、あのルクスが勝算も無いまま反乱を起こすはずが無い。その勝算はどこにあったのか。


 俺とランドー艦隊司令部の面々は検討を重ね、一つの結論にたどり着いた。


「敵は討伐艦隊を全力でもって足止めし、その隙に長躯して首都レオンを陥れようと考えたのですわ」


 まず、反乱軍主力艦隊がブライアン星系において討伐艦隊と決戦する。そこで勝てればよし。勝てなくても討伐艦隊に打撃を与え、それが叶わないならせめて足止めする。討伐艦隊がエルプス星系に入ったら入ったで罠を仕掛けておき、これも時間稼ぎに使う。


 その隙に残存艦隊を率いて主将ルクスがレオンに向かうのである。


 ワドキンス准将が鼻で笑って見せた。


「なんだ、それならば慌てる必要も無い」


「というと」


 ホリデー中将は猫のような微笑を浮かべた。意地の悪い表情。ワドキンス准将の、次の言葉を十分予期しているのだろう。


「首都には四万隻の艦隊がおる。たかが三千隻で何が出来る」


「御馬鹿!」


 ホリデー中将が嬉しそうに罵倒した。


「ルクスの頭の中身をあなたなんかと一緒にしてはいけませんわ!」


 ワドキンス准将が顔を赤くして思わず立ち上がる。


「ではどうやって三千隻で四万隻を打ち破るのか!」


 ホリデー中将は形の良い胸を突き出すようにして言った。


「その四万隻がルクスに味方したらどうします?」


 ワドキンス准将は虚を突かれた。


「ルクスは元帥として軍内部にも多大な人脈を持っています。彼が首都に赴き、自らへの支持を強く訴えれば、反乱軍側に寝返る者が出ても不思議はありません。そこまで行かなくとも、首都への降下を黙認され、皇帝陛下が反乱軍に捕らえでもしたら?」


 エトナを押さえたルクスが「ランドーこそ反逆者」と叫べば、状況はひっくり返る。もともと、俺に対して潜在的な反感を持っている帝国艦隊である。むしろ喜んでルクスに従い、我々に向かってくることであろう。


 それを理解したのか面々の顔が蒼白になった。ホリデー中将が満足そうに頷く。


「状況が分かってきたようね。それではこれから対策を説明します」




 俺は今回、ルクスの反乱を鎮圧するにあたって、水も漏らさずに勝つ気でいた。一分の隙も無く。完璧に。とにかく、誰が見ても俺が勝ったのだと分かるように勝つ。ルクスに取って代わるという目的のためには、そういう勝ち方こそが求められていると思ったからだ。


 そのために、実際に反乱が起こる前から俺とランドー艦隊司令部は、様々な状況に対応出来るように多種多様な作戦を検討し、シミュレーションを重ねていた。ルクスが反乱軍集結地点にエルプス星系を選んだ段階で、彼が分艦隊による迂回作戦を選択する事はほとんど分かっていたのだ。であれば、とるべき作戦もまた分かっていたということである。


 討伐艦隊は特に急ぐことも無く、ルクス艦隊を追撃して首都レオンに向かった。


 そして、途中のガビー星系でルクス艦隊を捕捉した。


 討伐艦隊はガビー星系で五千隻の味方艦隊と合流した。


 通信スクリーンの向こうで敬礼するのは、赤毛の女性であった。


『遅かったじゃねぇか、提督!』


 エラン・ブロックン中将である。


「すまないな。中将。首尾は?」


『問題無い。提督を待っていただけだ』


「あら?本当?てこずって、わたくし達の助けを待ちわびていたのと違いますの?」


 ホリデー中将の皮肉にブロックン中将は意地の悪い笑顔を浮かべる。


『そっちこそ予定通り提督とねんごろになれたのかよ?』


「ば・・・!」


 顔を赤くして絶句するホリデー中将を無視してブロックン中将は俺に報告した。


『ルクス艦隊はガビー星系の軍基地に追い込んだ。大した対艦武装も無い基地だから、攻略には問題無い。・・・あとは、提督の胸先三寸だ』


 俺は無言で頷いた。


 ブロックン中将が率いているのは、我がランドー艦隊の精鋭たちであった。ルクスがエルプス星系から迂回してレオンへ向かうルートに、あらかじめ伏せておいたのである。


 敵の作戦が予測できたのであるから、対策を行うのは当然であった。万が一にでも、ここを突破され、ルクスがレオンに到達するような事があってはならない。故に俺は俺の手の内にある最高のカードをここに切ったわけである。


 期待に違わず、ブロックン中将はルクス艦隊の進撃を阻止し、敵をこの星系に足止めすることに成功したのだった。


 さて、どうするか。俺はとりあえず艦隊をガビー星系基地付近まで前進させ、通信回線を繋がせた。


 意外なことに、通信画面に出たのはルクスではなかった。初老の軍人である。顔に見覚えも無い。


「お初にお目に掛かる。ランドー大将。小官はマロン・モムゼン准将だ」


「アルマージュ・ランドーだ」


 俺が名乗ると、モムゼン准将はククク、と笑った。


「お若いな。私とは大違いだ」


 俺は彼との会話で時間を無駄にするつもりは無かった。


「ルクス殿はどこにいる。直接お話がしたい」


 俺が言うと、今度はモムゼン准将は大きく唇を曲げた。笑いをこらえているような表情だ。


「何をお話なさる?」


「卿に言う必要はない。ルクス殿はどこか」


 准将は、重々しいような口調で言った。


「閣下はここにはおられない」


「なに!」


 ホリデー中将が思わず叫んだ。


「どういうことか」


「閣下は、既にレオンに向かわれておる。今更追いつくことは出来ぬ」


 モムゼン准将は愉快そうだった。


「卿らは、ここに誘き寄せられたのだよ。その隙に閣下は単身レオンに向かわれた。閣下がレオンで恩顧の将軍たちに直接決起を呼びかければどうなると思うね?」


 つまりだ。反乱軍の内、レオンにたどり着く必要があるのはルクス唯一人ということである。別に艦隊を率いてゆく必要は無いのだ。艦隊は討伐艦隊の目を引き付け足止めする用を成せば良い。その隙にルクスは単艦でレオンに向かったわけである。


 ルクスがただ独りになってもレオンにたどり着きさえすれば、彼の政治力によって状況は逆転する。と、ルクスと彼の部下は信じたのであろう。


「なるほど、分かった。ならば、もうここには用が無いわけだ。我々はルクス殿を追いかけるが、卿はどうする?モムゼン准将」


「つれない事をおっしゃるな、大将。今や名高いランドー大将と最期に戦うチャンス。無駄には出来んな。付き合ってもらおう!」


 つまり、最後の時間稼ぎというわけである。


「・・・分かった。卿の挑戦を受けよう」




 反乱軍艦隊三千隻はガビー星系基地から勢い良く出撃して来た。なかなか士気は高いようである。


「なぜ、基地から出るところを待ち構えて、殲滅してしまわないのですか?」


 ホリデー中将が言う。彼女はあまりこの戦いに乗り気では無いのだった。


「あの最後の反乱軍艦隊は、ルクス子飼いの私兵です。降伏は考えられませんでしょう?」


「そうだ。あれは、全滅させるしかない」


 俺は提督席のスクリーンに戦況図を映し出した。反乱軍艦隊は基地を出ると突撃陣形を組みつつある。


「ならば、なんなら基地ごとふっ飛ばしてしまえばよかったのです。死兵と戦って損害を出すなど、無駄の極みですわ」


『分かってないなコロは!』


 通信スクリーンの向こうのブロックン中将である。


『相手はあたしたちに挑戦してんだぜ!なら、堂々と受けて立つのが武人ってもんじゃねぇか!』


「その通りだ。ホリデー中将」


 俺は彼女の顔を見ながら言った。


「この敵は、正々堂々、粉砕しなければならん」


 ここからは軍人特有の心理となる。


あのモムゼン准将という男は、長くルクスに使えてきた忠臣中の忠臣であろう。おそらく彼は、主君を逃がすために、ここで捨石となることをあえて選んだのである。正に忠臣の所業というべきだ。軍人ならば誰でもグッとくるシチュエーションであろう。おそらく後にこの戦いのことが帝国軍内部に広まった時、このモムゼン准将に判官贔屓的な同情が多く寄せられることになるはずである。


 その忠臣を、あろう事か正面決戦するのではなく、基地ごと吹き飛ばして殺しなどすれば、名誉というものを解さない男として、俺の帝国軍内部での評判は著しく下がることとなるだろう。逆に言えば、彼を正々堂々撃ち破って、彼に名誉ある死を与えさえすれば、倒した方もあっぱれという感じで俺への評価も高まることになる。


 ホリデー中将そっぽを向いた。


「わたくしには、そういう軍的ロマンチズムは良く分かりません」


 敵艦隊は陣形を整えると、戦意に任せて突入してきた。残念だが、非常に平凡で芸が無い。俺はスクリーンの向こう、ブロックン中将に言った。


「任すよ。中将」


『おし!』


 ブロックン中将は麾下の艦隊のうち千隻を率い、反乱軍艦隊の前方へ前進した。


 反乱軍艦隊は射程に入るなり猛然と射撃を始める。しかし、ブロックン中将は撃たない。じっと機会を伺っていた。そして、敵が目前に迫ったタイミングで、突然艦隊を横に動かしたのである。


 そのまま、敵艦隊の側背に回り込む。錬度の違いを見せ付けるような見事な艦隊機動である。そして、あっという間に敵艦隊の懐に入り込み、一斉射撃を加えた。


 文字通り、一撃必殺。敵艦隊の統制はその瞬間崩壊した。俺は膝を打った。


「よし!」


 討伐艦隊本隊が猛然と襲い掛かる。艦隊の態を成していない反乱軍艦隊は炎に巻かれる枯れ草のようなものだった。


 一艦として降伏勧告に応ずる者はいなかったので、モムゼン准将を含め三千隻は全て宇宙のプラズマとなった。討伐艦隊の損害は撃沈無し。中小破34隻であった。


 無駄な戦い、とは思わなかった。モムゼン准将以下、ルクスの忠臣たちには彼らなりの価値観と美学があったのであろう。それを否定するつもりは無い。彼らを嘲笑する権利は、俺には無い。例え、彼らの死が無駄であると分かっていても。


「艦隊を整え、レオンに帰還する」


 俺は命じた。




 ここから先は伝聞になる。俺はまだレオンに帰り着いていなかったからだ。




 元太政大臣ケントス・ルクスは、俺とモムゼン准将が戦闘を行っている頃、レオン星系外縁部にたどり着いていた。僅かに一艦。彼の旗艦である戦艦トロイ一隻である。


 ルクスは、そのままレオン星系第9惑星軌道上にある、帝国軍レオン第一鎮守府に向かった。ここは、帝国艦隊本港というべき場所で、この時も第2~4艦隊が駐留中だった。当然、ルクス恩顧の将も多い。ルクスは彼らに、密かに使者を出した。


 しかし、結果は果々しくない。何人かは好意的な返事を寄越したものの、すぐさま艦隊を率いてルクスの元へはせ参じた者はいなかったのである。あまり何度も使者を往来させるわけにもいかない。ルクスは仕方なく、首都星レオンへと向かった。


 レオン星系内部は言うまでも無くロスアフィスト王朝の中心部であり、常に様々な船で大変混雑している。帝国艦隊の艦船も頻繁に往来するため、戦艦トロイはその中に上手くまぎれて進むことが出来た。と思われた。


 第三惑星レオン。青く輝く帝国の首都である。ルクスはレオンに降下し、王宮に侵入、皇帝エトナを確保し、その勅命をもって逆にアルマージュ・ランドーを反逆者に認定し、追討するつもりだったのである。


 しかし、トロイがレオンの衛星軌道に入る直前、突然状況が激変した。


 どこからとも無く艦隊が現われ、トロイを包囲したのだ。その艦数、五千隻。蟻の這い出る隙間も無いほどの重囲に押し包まれたトロイの正面に、一隻の戦艦が進み出た。


 純白の、優美極まるシルエット。舳先に輝く、ロスアフィスト皇家の紋章。


皇帝御座艦ナイチンゲールである。


 トロイの通信スクリーンに一人の人物が映し出される。


 軍服を身に纏い、頭上に丈高い冠を頂くその姿。麗貌に沈痛な面持ちを浮かべている。


 皇帝エトナは、スクリーン越しにルクスの姿を見下ろしていた。


「ケントス・ルクス・・・」


 そう呟いたきり、言葉が継げない。視線の先にルクスがいる。


 頭は半ば禿げ上がり、頬はだらしなく緩んでいる。背も低く、外観から威厳はあまり感じられない。しかし、その眼光には力があり、一度声を発すれば、誰もが耳を傾けずにはいられなかった。ロスアフィスト王朝を隙無くまとめ、30年以上に渡ってアーム王朝と互角に渡り合わせた功績は誰もが認めるところだ。


 かつて帝国の主柱と称えられたケントス・ルクスは、無言でエトナを見上げていた。


 彼とエトナとの関わりは深い。ルクスは、エトナの二代前の皇帝フォルケの頃より太政大臣を務めていた。そもそも彼は皇帝家とは親戚関係にあり、特に皇帝フォルケとは友人関係にもあったのだ。皇帝に即位する前のエトナの父ドルトンの下に生まれたエトナは、子供に恵まれなかったルクスにとっては本当の孫のようなものだったのである。エトナも、ルクスには良く懐いた。


 ルクスが、自分の息子のように思っていたドルトン帝を暗殺したのは、あくまでも帝国の未来のためであった。この一事が示すとおり、彼は徹底して政治家であり、帝国のためであれば私情を完全に殺すことが出来た。この時も、ルクスは私情をまったく表すことは無かった。


「なるほど。私の負けのようですな。陛下」


 エトナは、必死に感情が表れてしまうのを押さえている様だった。エトナは辛うじて声を絞り出した。


「・・・降伏なさい。ルクス」


 エトナの横には、リンド・オフト准将が立っていた。


 この艦隊は、第九艦隊の半ばであった。俺はこの艦隊を用いて、レオンとエトナの警備を准将に命じておいたのだった。


 ちなみにこの時、ナルレイン・カンバー中将はレオン第一鎮守府で憲兵隊を用い、ルクス恩顧の将軍たちに睨みを効かせていた。彼らがルクスの呼びかけに応じられなかったのはそのためである。カンバー中将は同時に諜報部を掌握し、帝国領内の通信基地を用いて反乱軍艦隊及び戦艦トロイの動きを監視していたのだった。


 俺は、完璧を期した。外堀から内堀を埋め、塀を崩して天守を丸裸にしてしまうくらい、に慎重の上に慎重を期した。


 全ては、ルクスに認めてもらうためであった。俺は、彼に安心してもらいたかったのである。彼亡き後、この俺が立派にあなたの後を継いで見せると、言いたかったのである。彼に分かってもらえただろうか。出来れば彼の口から聞きたかったが、それは言ってもせん無きことだ。


 ルクスは、一度俯き、やがて決然と顔を上げた。


「お撃ち下さい。陛下」


「ルクス・・・!」


「謀反人は、誅されねばなりませぬ」


「でも、ルクス!」


「陛下に討たれるなら、本望でございます」


 エトナは下唇を噛んで立ち尽くした。


 ルクスは、このためにレオンまでやってきたのだろう。彼であれば、レオン第一鎮守府で恩顧の将が裏切りを拒否した段階で、俺の手がレオンにまで回っていることを察してもおかしくない。それをあえて、レオン星までやってきたのは、ここにエトナが待ち構えていることを予期したからではないだろうか。


 沈黙するエトナ。ルクスは恭しく頭を下げた。


「どうか、陛下。ご壮健で長く御世をお続け下さいますよう。勝利を、お祈りいたします」


 口調は穏やかであった。彼は最後まで私情を言葉に乗せることは無かった。


「帝国に栄光あれ」


 エトナは涙を切って顔を上げた。右手を高々と振り上げ、振り下ろす。


「撃て!」


 数艦から放たれたビームが戦艦トロイに吸い込まれる。次の瞬間、火球が生じ、同時に何かが切れるような音の後、通信スクリーンが砂嵐に変化する。


 「ルクスの反乱」のこれが終幕であった。




 俺がレオンに帰還したのは、ルクスが討たれてから十日後のことである。ずいぶん時間が掛かっているが、これはこの際だからと帝国領内の軍事基地の視察をついでに行ったからであった。これもこの先、アーム王朝と事を構えるにあたり必要なことだった。


 凱旋、という雰囲気にならぬように気を使った。これまで帝国を大過なく統治してきたルクスに、同情的な世論は少なくなかった。そういう人々を刺激したくなかったのである。討伐艦隊はレオン星系に帰還した時点で解散し、各艦は原隊に復帰させる。俺はアクロポリス一艦でひっそりとレオン星に帰還した。


 直ちに、帰還の報告のため王宮へ参内した。王宮で、俺を見る人々の目つきが違う。そう、ルクスを討った今、俺はロスアフィスト王朝政界における第一人者となったのだ。俺は複雑な思いを表に出さぬよう、胸を張って歩いた。


 謁見の間で跪いて待っていると、玉座にエトナが現れた。重々しい正装を身に纏い、王冠を被っている。透き通るような無表情だった。


「ごくろうでした。ランドー大将」


 俺の報告に、エトナはそれだけ答えた。


 そして、侍従から一枚の紙を受け取ると、抑揚の無い口調で読み上げる。


「アルマージュ・ランドーを帝国軍元帥に任じます」


 俺は驚いた。内戦では基本的に昇進が行われないのが通例だったからだ。しかも、彼女は更に続けた。


「同時に、卿を公爵とします」


 俺は絶句した。公爵といえば貴族の中でも数家しかない、超、大貴族である。複数の星系に跨る領地を有し、しかも帝国皇家と繋がりがある家にしか与えられない称号だった。帝国騎士と違って安易に増やせるような爵位ではないのだ。しかし、エトナは俺の想像を絶するようなことを言った。


「ルクス家を継ぎなさい。ケントスには子供がありませぬ。彼がいなくなればルクス家は断絶します。伝統あるルクス家を失くす訳にはまいりません」


「お待ちください!それは・・・」


「遺言状が、あったのです」


 エトナは呟くように言った。


「卿に、家を譲ると」


 俺は硬直した。


「本来であれば、反乱を起こした者の遺言など無効なのですが・・・。ケントス・ルクスは国家の大功臣。その功に免じて、最後の希望を聞き届けることとします」


 エトナはそこで、目じりを吊り上げた。


「これより、あなたはアルマージュ・ルクス公爵です。いいですね」


 ああ、俺は思わず目に涙が浮き上がるのを止めることが出来なかった。


 全ては、ルクスの、今や我が義父となった男の手の内だったということか。彼は、俺に家名を譲り、俺に対する恨みを否定することによって、今回の反乱が私怨ではないことを明白にしたのである。それは、自分の家の名誉のみならず、恩人を討ち取ったという俺の不名誉をも救うことにもなるのであった。


 同時に、これには反乱に参加した貴族や軍人たちの名誉を守るという効果もある。主将であるルクスの家を残すことは、彼に味方した者たちの責任をこれ以上問わないということを宣言するのと同じことであるからだ。将来に禍根を残さないための、見事な措置というべきだった。


 そして最後に、俺は公爵となることによって、堂々とエトナの夫になることが出来る身分を手に入れる事が出来るのだった。


 敵わない。俺は生涯、彼には敵わないだろう。俺は泣いた。エトナに答える声は涙で歪んだ。


「・・・謹んでお受けいたします・・・」


 この瞬間、俺はアルマージュ・ルクス公爵となり、帝国軍元帥となった。ロスアフィスト王朝に、俺の時代が到来したのである。




 出撃の時と同じく、サンルームの中は夕焼けで茜色に染まっていた。静かな音楽がかすかに聞こえる。エトナはソファーに埋もれるように、横になっていた。陰になって、どんな表情をしているのかは分からなかった。


「ケントス・ルクスは私が殺したわ」


 エトナが言った。


「・・・父の敵をとったのよ・・・。念願通り。・・・でも・・・」


 俺は彼女の傍に歩み寄り、彼女が横たわっているソファーの肘掛に腰掛ける。彼女は俺に視線を向けなかった。だが、彼女が涙を流していることは、分かっていた。


「どうしてだろう・・・。涙が・・・止まらないの。アル。なぜ・・・」


「憎しみだけが、戦争の理由であるならば、戦争はもう少し少なくてもいいはずだ」


 俺は一見関係の無いことを言った。


「憎しみだけが原因じゃないから、いい人とも、好きな人とも戦わなければならなくなる。でも、それが戦争というもので、それが嫌なら、戦争なんかしなきゃいい」


「でも、戦争はしなければならないから、するのでしょう?」


「そうだ。だから戦争をしなければならない、と思ったなら、相手がどこの誰であろうが、全力で戦って、勝たなければならない」


 俺は、エトナの顔に手を伸ばし、涙を拭ってやった。彼女は俺の手をそっと掴んだ。


「私たちは、正しかったんだよね?」


「そんなことは、問題じゃない。俺たちは勝たなければ次に進めなかった。だから勝った。それだけだ」


「よく、分からないよ。アル」


「いいんだ。分からなくても」


 俺はゆっくりエトナに顔を近づけた。エトナが静かに目を閉じる。彼女の髪に指を絡めつつ、俺は彼女の唇を吸う。


「戦争なんてろくなものじゃない。そんなことで、君が思い悩む必要がない世界を、俺は創ってみせる・・・」


 窓から最後の夕日が鋭く差し込んできていた。俺はエトナの首筋を撫でながら誓った。


「君を・・・、幸せにしてみせる」






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