三章、ブルネイ突入作戦

 貴族とは何ぞや。


 歴史上の話はともかく、銀河帝国、特にロスアフィスト王朝での貴族の定義はこのようになる。


 帝国政府が特別な功績ありと認め、爵位を与えた人物。そしてその子孫。


 これでは良く分からないだろうから、銀河帝国における貴族の歴史を少し調べてみよう。


 そもそも、元銀河帝国(アーム王朝とロスアフィスト王朝の元になった帝国)の成立以前、宇宙は惑星単位国家が乱立し、互いに争っていた乱世であった。これを統一したのが、元銀河帝国初代皇帝ランスロット・フォッカーだったわけである。


 ランスロット大帝は国家としてワープエリアを整備し、宇宙航路を確定させ、商業交通を活性化させるという手法で多くの惑星間国家を戦わずして銀河帝国に編入させた。この当時、多くの惑星では資源の自給自足が成り立っていなかった。銀河帝国が保護した宇宙航路によって生み出された経済圏に組み込まれることは、多くの惑星国家にとって悪い話ではなかったのである。


 もちろん、全てが平和的に済んだわけではなく、あくまで敵対する惑星単位国家は軍事制圧せねばならなかったし、銀河統一戦役終盤では敵のほうも帝国を真似て宇宙航路保護に努めたから、自主的に編入を申し出る国家は少なくなったというが。


 この、自主的に銀河帝国併合を申し出た惑星間国家の首長、これを帝国の用語で「領主」という。ランスロット大帝はこれに加えて、銀河統一戦役に功あった重臣にも位を与え、帝国の藩屏たれと命じた。彼らが銀河帝国貴族の祖ということになる。


 彼ら貴族を集め、最初は皇帝への助言機関として始まったのが元老院である。


 これが、帝国分裂後の現在に至るまで帝国における貴族を定義することとなる。即ち、辺境星域を開発し、帝国に新たな居住可能惑星を付け足した者は「領主」として貴族に列せられる。これを「有領貴族」と呼ぶ。これに対して、軍事政治などで帝国に多くの貢献をなした者が貴族にくわえられた場合これを「無領貴族」と呼ぶ。無領貴族も更に功績を立てると帝国から領地を下賜されることもあるし、自ら辺境星域開発に乗り出して領地を手に入れることもある。


 俺が今回与えられた「帝国騎士」の位は、貴族の中でももっともランクが低いもので、もちろん無領貴族である。


 しかし、これがそう馬鹿にしたものではない。年間1000万ソルトに上る年金は端的な例であろう。これは一般的な勤め人の年収の2倍に上る。これに加えて、ワープ機能付きの私用宇宙船が下賜され、しかも恒星間航行時に最優先の航路を使用することが出来る。それ以外にも貴族税率の適用、緊急時の物資優先割り当て権などという特権も与えられるのだ。もちろん、選ばれれば元老院議員にもなれる。


 はっきり言って、あまりの特権の数々に俺は呆れ果てた。ロスアフィスト王朝は厳格なアーム王朝に比べて比較的貴族叙任に鷹揚なのであるが、それでも貴族になるというのは相当な事なのである。それこそ今回俺は大将への昇進に代えて爵位を授与されたのであるが、それくらいの大事なのだ。


 帝国暦221年。ロスアフィスト王朝に亡命してから2年目。俺は29歳になっていた。


この年齢で中将である。アーム王朝時代、俺は27歳の少佐で、これでもかなり早い昇進が話題になったものなのだが・・・。


中将。こんな階級に俺がいるというのは、とんでもない事なのである。俺以外の中将で最も若い者でも41歳なのだと言えば、俺の異常性がお分かり頂けよう。


ただし、ロスアフィスト王朝において、皇帝の贔屓によって異常な昇進を果たした軍人は、俺が初めてではない。貴族叙任には最終的に元老院の議決が必要なのに対し、軍の最終的な人事権は皇帝が持つ。このため、皇帝が寵臣に高い地位を与えたいと思う場合、軍事的な功の無い者にも高級将官の位を与えるのが常だったのである。俺が亡命直後から異常な昇進をしても、それほど問題視されなかったのはそのためだ。近衛艦隊司令官代理という一見ものすごい地位も、実は過去に名前だけの名誉職として設置された前例があったのである。


 しかし俺は、そういった過去の名ばかりの連中とはかなり違う(と、うぬぼれても良いだろう)。小なりとはいえ自らの名を冠した艦隊を編成し、実際に少なからぬ功績を立てていたのである。しかも、そのことによって軍官位だけではなく正式に爵位を授けられてもいる。


 遅まきながら、ロスアフィスト王朝軍内部、政界の連中は俺のことに気がついたらしい。それまでの俺は「ちょっと毛色の変わった亡命者」であり「少女皇帝の気まぐれの対象」でしかなかった。しかし、地位に加えて私的な武力を有し、爵位まで有するとなれば政治的に無視できるような存在ではなくなってくるのだ。




「あかんで、陛下。それ違う」


「ええ?・・・ああ、そうか」


 うららかな春の日差しに俺は眠気を誘われている。


 ここは皇帝宮殿の、エトナお気に入りのサンルーム付き談話室。俺はソファーに半ば横になりながら、目の前にいる二人の女性を見るとも無く眺めやっていた。


 エトナと、オルカ大尉である。エトナはノートを開いて一生懸命何かを書き付けて、オルカ大尉はそれを見ながら時折口を挟む。エトナの勉強を、オルカ大尉が見ているのであった。オルカ大尉は、いつもの行動からはとても信じられないのだが恐るべき記憶力の持ち主であり、当然ながら自らが学んできた勉学の内容を完全に記憶していた。


 これも意外な事ながら、オルカ大尉は勉強を教えるのもうまいらしかった。一度たまたまオルカ大尉を連れて参内した際に教えてもらってから、エトナは好んでオルカ大尉を家庭教師代わりに使うようになっていた。曰く。


「アルの三倍は教えるのがうまい」


 そうである。


 こうして仲睦まじく並んで座っているエトナとオルカ大尉は、仲の良い姉妹のようで実に微笑ましい。エキセントリックなところのあるエトナとのんびりし過ぎな所のあるオルカ大尉はウマが合うらしく、最近では俺が一人で参内するとエトナが怒るほどだった。


 仲が良いことは、良いことだ。俺はすっかりリラックスしていた。


 こうしてエトナたちとお茶を飲む時間は、今や俺にとっても貴重な休み時間となっていた。このところ俺は多忙を極めていたのだ。


 俺の艦隊、ランドー艦隊は規模を拡張して、戦闘艦艇数3000隻にまでなっていた。今や近衛艦隊の第24戦闘艦隊である。艦隊司令は俺だが、司令代理としてホリデー少将を当てた(これについては一悶着あったのだが割愛)。


 補給艦艇を合わせれば5000隻に届こうかという艦隊である。俺の多忙のほとんどはこの艦隊の管理や演習に由来していた。幸い、艦隊の維持管理業務のほとんどはカンバー准将、演習についてはブロックン少将が鬼軍曹ぶりを発揮して助けてくれたのだが、彼女たちに丸投げしてそれで良し、という訳にもいかないのだった。


 俺は同時に、近衛艦隊司令官代理の職も手放さなかった。このたいそうな職名には馬鹿に出来ない実利もあったからである。


まず、この職は帝国では名ばかりの名誉職と認識されたものとはいえ、軍令部において参謀本部長に次ぐ序列を与えられていたということがある。皇帝の御前における作戦会議のような、帝国軍中枢しか出席を許されない場所にも大手を振って出入りが出来る訳である。情報も、最高機密に簡単にアクセス出来る。


俺の艦隊への補給の手配も、近衛艦隊指令代理の名前を出せば最優先になった。艦艇も最新鋭のものが手に入る。


これで、近衛艦隊の指揮権まで欲しがれば、近衛艦隊司令部の面々との衝突を余儀無くされたのだろうが、俺は最初からそれを求めなかったから、せいぜい副司令にイヤミを言われる程度ですんだ。


しかし、この役職にも実務が伴う訳である。会議会議、演習、書類仕事、更に会議会議会議・・・。こちらの方はまるで誰も助けてくれなかったので(オルカ大尉はまるで役に立たなかったので)自分で真面目にこなすしかない。


そんな訳で俺は超多忙だった。しかし、なかなか上手く立ち回っていると自己評価してもいいだろう。実際、軍内部での俺の評判はそう悪くなかったようである。


もっとも、事が軍内部の問題ではなくなると、途端に俺の手際は悪くなった。


俺は貴族になったのであるから当然、貴族の社交界に引っ張り出される事となった。その一番最初。エトナが開いてくれた騎士叙任を祝うパーティーで、俺は早速ウンザリさせられる事となった。


俺は、生まれてからこの方、徹頭徹尾平民として育ってきたのである。貴族階級の礼儀作法など何にも知らん。しかし、やはりこういう場面では礼儀作法を知らなければ恥をかくようなのであった。人間、理由も分からず嘲笑される事ほど腹が立つ事はそう有るものではない。


俺は実際腹を立て、その後はいくらエトナに誘われようとも、パーティーや舞踏会などには一切出ない事にした。


ところが、今度はその事がエトナの機嫌を損ねてしまった。彼女は、俺に上流階級の礼儀作法を教えてやろうと、手ぐすね引いて待ち構えていたらしいのである。彼女は俺を呼びつけてなじった。


俺にだって恥の概念はあるのだ。年下の女の子に礼儀作法を教えられるなど耐えられん。頑として言うことを聞かない俺に、エトナは本気で腹を立てて、俺は危うく再び地下牢に叩き込まれるところであった。


この時エトナをなだめてくれたのがこの時たまたま同席したオルカ大尉だった。こういう時は彼女の必要以上にのんびりした調子が役に立つ。


「へーか。無理言うたらあかん。おやぶんはデリケートなんやから」


「デリケート?」


「どうせ、なんかみっともない事して、笑われてむくれとるんやろ」


図星である。


「だからあたしが教えてあげるって言ってるのに」


「おやぶんには、上品に振舞うなんて無理やで」


断言しやがったな。大体、おまえに言われたかないわい。


「へーか?おやぶんには他に大事な仕事があるんや。何でもおやぶんに頼ったらあかん」


まるで、姉が妹をたしなめるような口調である。これでエトナが怒り出さないのは、オルカ中尉の人徳というものなのだろうか。


エトナはこれで何とかなったが、何とかならなかった連中もいた。


それは、俺を自分たちの陣営に取り込もうとする連中である。


俺は、望む望まざるに関わらず、帝国政界において只ならぬ注目を集めるようになっていたのだった。何しろ、皇帝と、更に言えば太政大臣ルクスに信頼される軍の最高幹部の一人なのだ。


この俺を味方として取り込もうとする政治勢力があったとしても無理はない。


そういう連中は、俺の住居(最初に貰った官舎のままだ)にやたらと押しかけて来ては、親切の押し売りをしたがったのである。


なんと本物の馬車を仕立てて舞踏会へ迎えをよこした貴族がいたかと思えば、美女が集団でやってきてパーティーに誘われた事もある。


俺がその手のものを好まない事が分かると、次にはプレゼント攻勢だ。宝石、絵画、なぜか鎧甲。挙げ句は寝室のドアを開けたら美女が待っていたこともある。


この時は丁重に叩き出したが、俺は辟易し、それからは門番を雇い入れて、来る連中は全て追い返させる事にした。


つくづく厭になった。ただでさえ軍務でくそ忙しいというのに・・・。


 もっとも、エトナに言わせれば貴族になったからには貴族としての嗜みを身に着け、社交界でうまくやるのも当然の義務だということになるらしいが。


「俺はただの軍人で良いよ」


「何言ってるの!」


 エトナは憤然とする。


「結婚するまでに貴族としての最低限の嗜みを身に着けていてくれないと、あたしが恥をかくんですからね!」


 ・・・


「ま~、それはともかくとしてや」


 オルカ大尉はマイペースに茶をすすった。


「貴族連中とうまくやっておいても損は無いやろなぁ。へーかと太政大臣の力を過信したらあかん。貴族が集まって元老院になっているわけやから」


 一理ある。エトナの父ドルトン帝が暗殺された理由を忘れるわけにはいかない。元老院の貴族たちの不満を無視できずに、ルクス太政大臣はあえてドルトン帝暗殺に踏み切ったのだから。


 あ~頭痛い。まぁ、考えておくよ。


「それにしても、このところ平和よねぇ」


 と、エトナが呑気な事を言う。


「国境では小競り合いすら無いらしいじゃない。つまんないわ」


 物騒な女王様だ。良いじゃないか、平和が一番だ。


「そうとも言えへんよ」


 オルカ大尉はあくまでのんびりと、しかし不吉なことを言った。


「あんまり静か過ぎるのも考え物やねぇ。なんか企んでるんじゃないやろか」


 俺は笑い飛ばそうとして失敗した。俺はアーム王朝軍のことをよく知っている。


 アーム王朝はロスアフィスト王朝に比べて、軍事国家的な色彩が強い。特に現皇帝ルクシオンが即位した5年前から、アーム王朝はロスアフィスト王朝と雌雄を決すべく着々と準備を整えてきていたのだった。新兵器の開発、艦艇の整備、厳しい演習。


 ・・・いかん、厭な予感がしてきた。


 その時、部屋の扉がノックされ、若い侍従が入ってきた。


「参謀本部から陛下に機密電です」


 エトナが頷くと、その侍従は一枚の紙を恭しくエトナに差し出した。


 エトナは片手で受け取り、読んだ。


 顔色が蒼白になったのが分かった。


 彼女は読み終えると天を静かに見上げた。ガラス天井から降り注ぐ日差しが彼女の白い頬に吸い込まれるようだ。


「・・・エル。あなた占い師になると良いわ」


 オルカ大尉は良く分かっていないように首を傾げた。エトナは俺に紙片を渡した。


 俺は、読んだ。


 沈黙が、硝子のような沈黙が部屋の中を満たす。


 エトナは静かに立ち上がった。


「アル、あたしも本当は同感。平和が一番よ」


 彼女はそのまま決然とした足取りで、振り向きもせずに部屋を出て行った。


 オルカ大尉が俺の手からひょいと紙を奪い取った。読み、ふんふんと頷いている。


「は~、大変なことになったなぁ」


 感想はそれだけか?




 アーム王朝軍大挙して国境を侵しつつあり。


 ロスアフィスト王朝軍は震撼した。アーム王朝、実に10年ぶりの大侵攻である。


 皇帝エトナは直ちに大動員令を発し、帝国軍は宇宙軍、地上軍共に臨戦態勢に入った。国境地帯に近い惑星には戒厳令と避難勧告が出される。


「敵の侵攻を許してはならん」


 召集された御前作戦会議でエトナは凛々しく叫んだ。軍服を着て冠を被っている。その姿は以前に同じ格好を見たときよりも、はるかに威厳を纏って見えた。


「偽帝が我と雌雄を決せんと欲するなら面白い、その望みをかなえてやろうではないか!諸将の奮闘努力に期待する!」


 参謀本部の情報分析士官がテーブル中央に大きく映し出されたホログラフィ星系図を示しながら説明を始めた。


「敵は三路から国境を越えました。アリスト、ブルネイ、オルージュ星系からです」


 俺は唸った。俺はアーム王朝時代、もちろん最高機密に触れられるような立場には無かったのであるが、何度かこの三路からの小規模な侵攻作戦に参加したものだったのだ。そうか、この時の偵察のためだったのだな。


「規模は」


「アリスト・ルートが戦闘艦艇数5万。ブルネイ・ルートとオルージュ・ルートが各々3万と推測されます」


 どよめきが起こった。総艦戦闘艇数10万以上の大艦隊である。


 帝国軍の総戦闘艦艇数はざっと30万。しかしながら、この全てを侵攻艦隊迎撃に動員出来る訳ではなかった。


「国境守備、各惑星系守備をぎりぎりまで切り詰めても、迎撃にまわせる戦力は12万というところでしょう」


 つまりほとんど互角である。これは即ち、状況が楽観出来ない物であることを示していた。なにしろ、敵の全戦力が知れないのである。


 俺の記憶では、アーム王朝の総戦力はロスアフィスト王朝と大差無い筈だった。しかし、これもあてにはならない。アーム王朝は俺がいたころからものすごい勢いで軍備を拡張中だったからだ。


 宇宙軍参謀本部長ルドルフ・ハイネス大将が唸った。


「三路全てが我が首都レオンを目指しておる」


 アーム王朝軍が国境を越えた箇所は、特にアリスト・ルートは首都星レオンにもっとも近い箇所であった。ワープを続ければだが、僅か十日程でレオンに到達してしまう。


「一直線にレオンを陥れる構えか」


「首都を敵に囲まれるような事態になれば、我が帝国始まって以来の恥辱ぞ!アリスト・ルートはオロロフに、ブルネイ・ルートはクラカラン、オルージュ・ルートはエルミーネに阻止点を設定し、そこに艦隊を集めよう」


 妥当な提案だった。しかし・・・。


「ランドー中将はどう思うか」


 突然、エトナが言った。会議場中の注目が俺に集まる。おいおい。俺はもう一度ホログラムスクリーンを見た。


「・・・特にありません」


 エトナが失望の吐息を吐き、将軍たちが軽く冷笑した。


 太政大臣ケントス・ルクスが総括する。ちなみに彼は軍では元帥の位も持っており、実戦経験もある。


「では、阻止点に艦隊を集中するということでよろしいな?」


「では配置を決定する。クラカランには第二から第四。エルミーネには第五から第七。オロロフには近衛と第八の各艦隊を配備。オロロフに重点を置き迎撃するとしよう」


 ということは、俺はオロロフに配備されるということだ。俺はますます考え込んだ。それをエトナが眉をしかめつつ見詰めている。




「なんで発言しなかったのよ」


 会議が終わった後、エトナは俺を居残らせて詰問した。なかなか鋭い娘だ。


「あなたが何か言いたげだったからわざわざ振ってあげたのに」


 出来れば目立った発言をしたくなかったんだよ。御前会議などという、いわゆるロスアフィスト王朝の最高機密会議で、誇り高い帝国軍最高幹部たちの前で「でしゃばった」ことを言えば、それが正しかろうが間違っていようが妬まれる事間違い無しだからな。


「ふん!」


 エトナは不満げだ。


「で?何を考えていたの?」


「ああ・・・」


 俺はテーブルのホログラムスクリーンのスイッチを入れた。さっき出ていたのと同じ3Dグラフィックが浮かび上がる。


「敵が、アーム王朝軍がレオンを目指している、というのが、そもそも間違いじゃ無いかと思うんだ」


「え?」


 エトナは鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。


「アーム王朝軍は今回、大艦隊をそろえて侵攻してきたわけだが、本当にレオンが目標ならわざわざ三路に戦力を分散しなくても、アリスト・ルート一本に全戦力を叩きつければいいわけだ」


 俺はホログラムを指差しつつ言う。


「俺の考えはね、アリスト・ルートとオルージュ・ルートは陽動で、ここで我が主戦力を抑え、ブルネイ・ルートはクラカランじゃなくてベイブに行くと思う」


 あの、地下資源が豊富な惑星があるベイブ星系だ。


「ベイブからトリウリ、エマニムあたりを確保し、我が帝国から完全に切り離す。そうすれば敵は帝国内に橋頭堡を確保し出来て、レオンはアーム王朝の領域に半ば包囲される形となる」


 要するに、アーム王朝は今回の一戦で雌雄を決しようとは思っていないということである。そう見せかけて手薄にした領域を占領することが侵攻の目的と考えられるのだ。


「根拠は?」


「レオンを一気に陥せるほど、アーム王朝には国力が無い」


 アーム王朝の支配している領域は、地下資源豊富な惑星こそ多いが、反面、水分不足で農業に向かない惑星が多く、人口もロスアフィスト王朝よりもはるかに少ない。


 その軍事力は強大だが、常に補給に難点を抱えており、長期戦は不得手なのである。


 国境からレオンまでの道は遠く、それを大軍勢で一気に押し渡るには無尽蔵に等しい補給が必要であり、アーム王朝がそれに耐えられるはずが無い。


「つまり、今度の侵攻で橋頭堡を確保して補給基地を造り、そこからレオンを目指すという段階を踏むしかないのさ」


「じゃぁ、敵の主目標がブルネイ・ルートであることの根拠は?」


 まず、アリスト・ルートはレオンに近すぎる。このルートをアーム王朝が占領した場合、ロスアフィスト王朝としてはなんとしても奪還しなければならないと考えるだろう。それは、更なる侵攻のための基地を造りたいアーム王朝としても都合が悪い。故にアリスト・ルートは除外できる。


 オルージュ・ルートは人口の多い惑星が多い。そんな場所を占領すれば、内政に手間と時間を割かねばならなくなる。


 ブルネイ・ルートは帝国の中でもまだあまり開発が進んでいないエリアである。両帝国が古くから争奪を繰り返してきた宙域であり、ロスアフィスト王朝領でありながらアーム王朝にも十分地の利がある。侵攻するのは比較的容易い。


「む~」


 エトナは考え込んだ。


「じゃぁ、他の二つのルートは放っておいて、ブルネイ・ルートの敵に全戦力を集中したら?」


 馬鹿な。アリスト・ルートの敵もオルージュ・ルートの敵も幻じゃないんだぜ。陽動作戦というのは、本気でやるから陽動になるわけだ。手なんか抜いたらこの方面を破られて、冗談ではなくレオンを陥されてしまいかねない。


「じゃぁ、どうするの?」


「どうしようかね」


 エトナはマジ切れ寸前というような表情を見せた。ああ、この娘、大分プレッシャーにやられているな。無理も無い。一つ対応を誤れば国家が滅亡してしまうという局面に立たされれば、どこの国王もそうなるだろう。俺は彼女の傍に近付いて、頭をなでた。


「大丈夫。何とかするよ」


 それはまったく根拠も無い気休めだったのだが。




 俺は本来、近衛艦隊司令官代理なので、帝国総旗艦「ナイチンゲール」が俺の乗艦ということになるはずだ。


 しかし、ナイチンゲールは同時に皇帝御座艦でもあるわけで、そんなもん勝手に使うわけにはいかない。


 なので、近衛艦隊第24戦闘艦隊である通称「ランドー艦隊」の旗艦には「アクロポリス」という戦艦を選んで、それに乗艦していた。アクロポリスはアクロポリス級という新たなクラスの一番艦で、濃いブルーの装甲で包まれた先鋭的な外観をした戦艦だ。


 俺はそのアクロポリス艦橋に設えられた司令官席に座っていた。


 司令官席の前にはテーブルがあり、今はそれを囲んで4名の女性が座っている。


 コロー・ホリデー少将。


 エラン・ブロックン少将。


 マイツ・アキナ准将。


 ナルレイン・カンバー准将


 である。


 たった今、俺はこのランドー艦隊最高幹部の面々に、これまで極秘だった我が艦隊の行動予定を聞かせ終わったところだった。


 コロー・ホリデー少将は貴族出身である。長い髪を後頭部で結い上げるという優雅な髪型をしており、この髪のセットに付き合わされる従卒から俺が直接苦情を聞いたことがあるくらい整えるのが大変らしい。彼女は眉をひそめ、考え込んでいる。


 エラン・ブロックン少将は活発な少年のような容姿である。見た目どおりの猛将だが、実は士官学校首席卒業の英才でもあり、ただの猪突猛進の馬鹿将軍ではない。彼女はしきりと赤毛をかき回しつつ、何事かを呟いている。


 マイツ・アキナ准将はサイド・ポニーテールというような独特な髪型をしている。まったくの童顔で、制服を着ていなければ学生にしか見えないが、実は27歳である。彼女は手元にあるディスプレーに作戦図を映して俺の説明を理解しようと必死だ。


 ナルレイン・カンバー准将は顔を隠してしまうほど長い銀髪が印象的だ。彼女は(酒さえ飲まなければ)実に物静かで、感情をあまり表情に出さないことではオフト大佐と双璧だ。この時もごく淡々と何事かを手元の紙にメモっていた。


 こういう時、最初に口火を切るのは大概ホリデー少将である。彼女は自分では常識型の人間だと思い込んでいるふしがある。


「閣下。勝算はあるんでしょうね」


「あるといえばあるし、無いといえば無い」


 ホリデー准将は形の良い眉をキリキリと跳ね上げた。


「納得の行く説明をお願い致します。小官も軍人でありますから、行けといわれれば死地にでも飛び込みましょう。しかし、無駄死にはごめんです」


「コロちゃんは理屈っぽいな」


 ブロックン少将が揶揄する。ちなみにこの二人は大尉時代にコンビを組んでからの腐れ縁だそうである。


「あたしたちはただ全力を尽くして戦えばいいんじゃない?難しいことは親分に任しておけばいいのさ」


 こんなことをいいつつ、彼女の鋭い目は俺の方を見据えて離れない。愚かな事を口走れば即座に射殺されかねない、剣呑な目つきである。


 俺は降参するように両手を上げた。


「分かった。もう一度詳しく説明しよう」


 俺はテーブル中央にホログラムスクリーンを投影した。ちなみに、こんな操作は副官の仕事なのであるが、副官たるエルグレコ・オルカ大尉は機械に触るとそれを壊してしまうという特技を持っているので任せられない。彼女は俺の横でうすらぼんやり立っていやがる。


「敵のブルネイ・ルート方面の艦隊は、最新の情報で戦闘艦艇31000隻と推定される。我が艦隊の10倍以上だな。これに対し我が軍のブルネイ方面艦隊は40000隻がクラカランに集結中だ」


 ちなみにリンド・オフト大佐は将官ではないから席には着いていなかったが、俺の横に座って表情の無い瞳にホログラムスクリーンの光を映している。


「レオンに行くルートであるクラカランを固めるのは帝国軍としては当然の考え方だ。しかし、クラカランを固めた場合、ベイブ、トリウリ、エマニムあたりの守備が手薄になる。我が艦隊は陛下の御意を受け、ベイブ守備部隊への増援としてベイブ星系に向かっている・・・。というのが表向きの事情だ」


 俺はそこで全員を見渡した。ホリデー少将の眉の角度が更にきつくなっている。


「それはもう分かっています」


「そりゃよかった」


 俺はスクリーンを操作して別の画面を出す。


「しかし、これは味方に対する擬態だ。実際の目標は」


 星系図の一部分が光る。


「ここ、ブルネイだ。ここを我が艦隊だけで奇襲する」


 更なる沈黙。俺は頭を掻いた。


「そんなに意外か?」


「だって司令」


 アキナ准将が悲鳴を上げた。


「敵は我が艦隊の10倍以上だって言ったじゃないですか!その敵の集結地をど~やってあたしたちだけで攻略しなきゃならないんです?」


「そうです。どう考えても自殺行為ではありませんか!いったいどのようなお考えでそんな作戦を立てられたのですか」


 ホリデー少将も身を乗り出して叫ぶ。


「いや~、10倍の敵との戦いか!燃えるねぇ!なぁ、ナル!」


「いえ、小官には自滅の趣味はありません。ブロックン少将お一人でどうぞ」


 カンバー准将はそう言うとすまして湯飲みをすすった。


 まぁ、当然の反応か。俺は更なる説明をするためにブルネイ星系の星系図をスクリーンに呼び出す。


「まぁ、聞け。まず、もちろん、敵がブルネイに集結している段階で襲撃を掛ける訳じゃない。敵がブルネイからクラカラン、もしくはベイブ星系へ進撃するまで待ってからだ」


 敵の主目標はおそらくベイブ星系である。全軍のほとんどを挙げてそちらへと攻め込むはずだ。そうなればブルネイは手薄になると考えられる。


 そこへ我が艦隊が襲撃する。敵は当然ブルネイを経由した補給ルートを作り上げているはずであるから、ブルネイを押さえれば敵の補給を絶つことが出来るだろう。補給が無くなれば、敵は根を切られた花も同然。撤退するしかなくなる。


「という感じだ」


「な、なるほど。さっすが司令!」


 早くも納得するアキナ准将。しかし、


「机上の空論ですわ!」


 ホリデー少将はテーブルを叩いた。


「敵だって馬鹿ではありません。おそらくブルネイには十分な数の防衛艦隊を置くでしょう。それに、侵攻艦隊とも十分な連携を確保するはずです。我が艦隊の手に負える敵とは思えません!」


 まったくその通りなのである。


「敵がクラカランを目指すにせよ、司令の予想通りベイブを目指すにせよ、ブルネイは敵にとっての要となります。がら空きにすることはありえません」


「小官も同様に思います」


 カンバー准将が言う。かしこい部下たちだ。俺は密かに満足した。


「確かにその通りだが、心配は無用だ」


 俺はなるべく大言壮語に聞こえないように気をつけながら言った。


「なぜなら我が艦隊は戦わないからだ」


 思わずブロックン少将がずっこけた。


「なんだそりゃ」




 ブルネイ星系はアーム王朝との国境にある星系で、長く両銀河帝国の争奪の地となっていた。ここ自体は居住可能惑星が一つしかないというような無価値同然の星系であるのだが、国境を成す航行不能宙域の中に数少なく通る航路の一端という戦略的価値がブルネイを数々の戦いの舞台としていた。


 この星系最大の特徴はその埃っぽさである。


 一つの恒星に七つの惑星があるのだが、惑星に数千倍する小惑星や彗星が恒星の周囲をとり囲んでいるのだ。このため、この星域にはワープエリアが数箇所しかなく、しかもそのどれもが狭い。一度にせいぜい千隻くらいしかワープできないのだ。


 そのおかげで、大艦隊を一度に進入させることが出来ないという戦略的特徴を持っているのである。これは当然ながら防衛側にとって有利な特徴だと言えた。ほんの数箇所のワープエリアをマークすればよいのだし、しかも一度にワープしてくる艦隊は千隻程度なのである。ちなみに、アーム王朝もこの星系を陥落させるのには相当な損害を出している。


 我が艦隊はそのブルネイ星系に強行侵入した。


 全艦隊を三つに分け、別々のワープエリアに同時にワープアウトしたのである。


 当然だが、熱烈な歓迎を受けた。


 あらかじめワープアウト地点が予測できる場合、その場所に十字砲火を設定しておくのが常道だ。敵も当然そう考え、実行した。


 一瞬モニターが真っ白に焼き付くほどの閃光だった。そして艦が激しく鳴動する。当然予測出来た事態とはいえ、流石に肝が冷えた。


「艦列が乱れてもかまわん!逃げろ!」


 俺は絶叫した。我が艦隊は艦隊の態を成さないような散り散りバラバラとなって四方八方に逃げ出した。俺の旗艦アクロポリスも損傷を受けながら単艦で逃げる。どうせ集合地点は決めてあるのだ。




 この時、ブルネイに残っていたアーム王朝のブルネイ守備艦隊は5千隻である。これに対し、ブルネイへの強行侵入に成功した我が艦隊は計3千隻。撃沈された艦こそ少なかったが、旗艦を含め多くが損傷してさえいた。


 しかも、補給ルートを確保するなど夢のまた夢というような侵攻方法であるから、武器弾薬兵糧もまったく豊富ではない。


 つまり、我が艦隊はブルネイ守備艦隊に対してさえ非常に劣勢なのである。


 一体何しに来たのか?と思われることであろう。アーム王朝の守備艦隊もそう思って頭の中を?マークで一杯にしたに違いない。


 もっともな話である。


 しかし、もちろん俺にだって考えがあってこんなことをした訳である。その理由が分かった時、アーム王朝艦隊守備艦隊の連中の顔色は変わることになるだろう。




 それから半月。我が艦隊は一度も戦闘を行わなかった。ひたすらに星系の小惑星帯に隠れ潜んでいたのである。


 なんだそりゃという感じであるがこれは予定通りの行動であった。敵が占拠するワープエリアに偵察艇を出すこと以外は一切せず、敵の偵察艇でも来れば全艦隊をあげて逃げた。幸い、この星系は小惑星で一杯である。隠れ場所には不自由しなかった。


「退屈だぁ~。退屈だぁ~」


 ブロックン少将の嘆きの歌である。彼女は見た目を裏切らない活発な女性である。退屈を耐え忍べという命令は拷問に近く感じるらしい。なにしろ、燃料弾薬の節約のために、演習さえも禁止していたのだ。


「それにしても、なんで敵も攻めてこないのかしらねぇ」


 士官食堂のテーブルに突っ伏しながら、だらけ切ったアキナ准将が言う。彼女も参謀畑出身とはいえ、平民出身の根っからの軍人だ。軍人というのは軍に所属している限りは常に忙しい。退屈の紛らわし方が下手なのである。


「そうね。探りを入れることぐらいはやってくると思ったのに」


 ホリデー少将もコーヒーカップに口を付けながら考え込む。彼女はあまり退屈しているようには見えない。これは彼女が貴族出身であることに関係があるのだろう。


「考えても見ろ」


 そういう俺もテーブルに足を投げ出すという姿勢だ。娯楽も何も無い軍艦の中で、やることも無い半月はきつい。


「ホリデー少将、もし君が守備している星系に、弱小な敵が無理やり侵入してきたらどうする?」


「叩き潰しますね」


「逃げたら追うか?」


 彼女は少し考える仕草を見せた。


「・・・いえ、そのような弱小な敵、おとりだと考えるのが自然です。小官なら追撃を控えます」


 そうなのだ。敵も当然そう考えたのである。もしも敵の守備艦隊が我が艦隊と本気で事を構えたいと考えるのであれば、当然ワープエリアを守備している艦隊から何がしかの艦を裂かなければならない。しかし、ブルネイに繋がるクラカランにはロスアフィスト王朝のこの方面の主力艦隊が控えているのだ。我が艦隊の狙いはワープエリアを手薄にさせるためのおとりだ、と考えるのがむしろ当たり前なのである。


 となれば、その思惑に乗らないように我が艦隊をあえて無視する。敵はそう考え実行したわけだ。なにしろこの星系は小惑星帯があまりに多く、我が艦隊が隠れている場所を探し出すだけでも敵としては相当な努力が必要となってくる。無視するなら徹底的に、という考えだろう。


 そんなわけで、敵中にあるとは思えないほどの平穏というか退屈極まりない日々が訪れたというわけだった。


「でもよう、こんなことして何になるんだ?親分」


 ブロックン少将がやおら起き上がって、真面目な顔つきで言った。


 そらきた。彼女はこのところ麾下の艦隊を率いて、敵の補給部隊や守備隊への攻撃を主張して止まないのだった。気持は分かるが。


「出撃は許可できない」


「でもよう!こっちの食糧備蓄ももう残り少ないんだぜ!どうにかしねぇとあたしたちはここで日干しになっちまう!」


 ・・・そろそろいいか。俺も座りなおした。


「分かっている。もうすぐ、この退屈も終わりになる。はずだ」


「本当かよおい!」


「どういうことですの?」


 ホリデー少将も身を乗り出す。


 俺はオルカ大尉に命じて星系図をもってこさせた。


「最初に説明したとおり、我が艦隊の目的は敵の主力艦隊をけん制することだ」


 敵主力艦隊は半月前にベイブ星系へ侵攻していった。その直後、我が艦隊がブルネイ星系へ突入したわけである。


 敵の作戦の要諦は、ブルネイから帝都レオンを陥れる姿勢を常に見せ、我がクラカラン方面艦隊を動けなくしておいて、その隙にベイブ方面を占領するというところにある訳だ。更に言えば、他のアリスト、オルージュ二方面への大侵攻もこのための陽動に過ぎないわけである。


 しかし、我が艦隊はその前提条件を崩した。


 ブルネイに我が艦隊が侵入し、居座ったことによって、ブルネイから突然新たな敵が湧いて出て、クラカランからレオンに向けて侵攻するという可能性はありえなくなったのである。


 敵がまずクラカランに侵攻するには敵の本領から新たな艦隊が増派されてきて、我が艦隊が居座るブルネイを通過し無ければならないわけである。しかし、我が艦隊がブルネイにいる以上、ブルネイを素通りするわけにはいかないだろう。ブルネイを通過する段階で我が艦隊から奇襲を掛けられるかもしれないし、ブルネイを通過した後にがら空きのアーム王朝領に進入されてしまうかもしれない。つまり敵がクラカランに侵攻するためには、我が艦隊の排除が前提条件となってくるということなのだ。


 そもそも、敵にはおそらく増派するべき艦隊も無いだろう。クラカラン侵攻はあくまでポーズ、ブラフであって、敵本来の目標はあくまでベイブ方面なのだから。しかし、我が艦隊がブルネイに侵攻し居座ったことでそのブラフは成り立たなくなった。


 つまり我が艦隊がいるおかげで、我がクラカラン方面艦隊は安心してベイブ方面に動くことが出来るわけである。


 ということは、この半月ばかりベイブ方面において我がクラカラン方面艦隊と敵ブルネイ方面艦隊が対決しているはずだということになる。俺はこの戦いが我が軍の勝利で終わることをまったく疑っていなかった。


「なぜですかぁ?」


 アキナ准将が頭の脇で結わえた髪を揺らした。


「敵の目的は、ベイブ辺りの星系を占領することだ。我が軍に勝利することじゃない。それには我が軍に対する圧勝が必要だが、我が軍の方が数が多い。圧勝は無理だろう。それに、占領状態を安定するには長い時間が必要だが、敵は補給の問題でその時間が取れない」


 ようするに、敵の作戦は我が主力艦隊をクラカランに釘付けに出来なかった時点で崩壊しているのである。つまりは我が艦隊がブルネイに無謀な突入を敢行した時点で。


「なるほど」


 ブロックン少将はしきりに頷いた。彼女たちはこの時ようやく、ブルネイ突入作戦の大戦略的な意味を理解したのである。そして、はっと気が付いた。


「・・・て、事はだ。退屈な時間が終わるっていうのは・・・」


 ホリデー少将も気が付いた。真っ青な顔で立ち上がる。


「まさか!」


 俺は唇を曲げて苦笑した。


「そうだ。敵の主力艦隊が、撤退してくるんだよ」


 ベイブに侵攻していった2万6千隻。守備艦隊を含めた、3万1千隻である。


「作戦を台無しにしてくれた我が艦隊への怨みも明らかな大艦隊だ。退屈しのぎというには、ちと派手過ぎるなぁ」




「敵艦隊を断固、ブルネイから出してはならん。我が艦隊のみで敵の本国への撤退を阻止する」


 俺が言うと、ホリデー少将が作戦会議室のテーブルを叩いた。


「不可能です!敵は10倍ですよ!これを正面から押しとどめるなど!」


「不可能ではない!」


 俺も大きな声を出した。


「敵艦隊の数は10倍といえど、それが一気にワープアウトしてくる訳じゃない。数箇所に千隻ずつに分けてワープアウトしてくる。戦闘艦艇数はほぼ互角。十分に戦える!」


「そいつは難しいぜ」


 ブロックン少将も珍しく慎重派に属した。


「ワープエリアには敵の守備艦隊がいるじゃねぇか。あれをどうするんだ」


「もちろん、敵守備艦隊を壊滅させるのは前提条件になる」


 一同は沈黙した。


 敵の守備艦隊は合計5千隻。すでにして我が艦隊よりも数が多いのである。これを排除し、ワープエリアを占拠した上で、撤退してくる敵の主力艦隊を迎撃せよ。俺の命令はつまり、そういう無茶な要求だった。彼女たちが反発するのは当たり前だ。


「いずれにせよ」


 俺は嘯いた。


「俺たちがレオンに帰るには敵艦隊の撃滅が前提になってくるわけだが」


 ホリデー少将が色をなした。


「提督!提督は突入作戦前に、帰還の方法は考えてあるから心配要らない、とおっしゃったではありませんか!」


「だから、今言ったのがそうだよ」


「よくもいけしゃあしゃあと・・・」


 ホリデー少将は美しい唇をゆがめて歯軋りした。彼女は俺よりも年上で、俺のことを多少、見下している面が無くも無い。故に俺に対する反論も容赦が無く、苛烈になりがちなのだった。ホリデー中将はさらに言い募ろうとして口を開きかけた。


 めったに口を開かないオフト大佐が口をきいたのはこの時だった。


「少将。提督は御身を試しておられる」


 ・・・俺もホリデー少将も虚を突かれた。彼女の声をあまり聞いたことが無かったこともあるが、その発言の的確さに対しても。


 ホリデー少将は呆然とし、勢いを失って腰を降ろした。


 俺もあらためて口を開くまでにやや時間が必要だった。


「もちろん、みんなを無駄死にさせるつもりは無い。俺の作戦を忠実に実行してくれれば、何とかなる」


 一同は静まり返った。


 やがて、ホリデー少将が立ち上がった。


「提督に命をお預けします」


 続いてブロックン少将。


「あたしはとっくに覚悟は出来ているぜ」


 あわててアキナ准将も敬礼する。


「わ、私も!」


 オフト大佐が無言で敬礼する。


 俺は答礼した。


「よし、作戦を伝える。言うまでも無いことだが、ワンミスが命取りになる。覚悟してくれ」


「了解!」




 俺はオフト大佐を呼び止めた。


「余計なことを言わないでくれないか」


 彼女は無言で首を傾げた。彼女はそもそも無駄口というか、しゃべることすらほとんど無いという人間である。その彼女に言う言葉ではないのかもしれなかった。


「君にああ言われて引き下がったのでは、ホリデー少将は内心で納得しきれなくなってしまうだろう?あの場合は思い切っていいたい事を言わせて・・・」


「うそ」


 オフト大佐の言葉は短く鋭かった。灰色の瞳がやや下から真っ直ぐに、恐れる色も無く俺を見据えている。


「提督は少将を試していた」


「一体俺が何を今さら彼女を試すというんだ」


「死ねるかどうかを」


 俺は絶句した。


「それは、失礼なこと。だから、止めた。少将も分かっている」


 俺は無意識に後ろへ二歩下がった。


「私たちは、提督が命ずれば死ぬ。だから、安心していい」


 オフト大佐はそういい残すと、未練無く踵を返して歩き去った。


「ああ~、これは一本とられたなぁ、おやぶん」


 オルカ大尉がひょいと現われて言った。


「あの娘にいい加減な言葉は通じんようやなぁ。でも、いい娘やないか」


 うるさいな、分かったようなことを言うな。


「おやぶんが不安なのは分かる。でも、みんなおやぶんを信じているんやで?おやぶんもあたしたちを信じたらええねん」


 不安・・・?そうかもしれない。


 俺は亡命者だった。そのため、俺は軍の内部から「再び寝返るのではないか」という疑念を常に持たれる立場にある。


 幸いにも俺は皇帝エトナ信任を受け、太政大臣ケントス・ルクスからの信頼も厚いため、これまでその意見はほとんど表面化してこなかった。しかし、無かったわけではない。この戦い前の御前会議で俺が自説を控えたのは、ブルネイ突入作戦が俺の再亡命のための作戦に見えなくも無かったからである。


 なにしろ、敵が占領している星系へ劣勢な戦力で突入するのである。自殺行為か、それとも裏があるのではないかと勘ぐるのが当たり前だ。突入後、アーム王朝軍に降伏する。俺はロスアフィスト王朝軍の戦力を戦わずして大きく削減することに成功するわけだ。再亡命後、アーム王朝で新たな地位を獲得することも容易だろう。


 俺がこの作戦をエトナに告げたとき、彼女はその可能性をつゆとも疑わなかったが、他の重臣たちには秘密で作戦に認可を与えた。我が艦隊がベイブ防衛艦隊への増援と偽って出撃したのはこのためである。これはエトナも、自分以外の人間ならそう疑るのは当たり前だ、と考えたことを意味している。


 エトナは俺を信じてくれた。しかし、部下たちは、本当はどうなのだろう。俺に疑念が無かったといえば嘘になる。


 俺には確証が欲しかった。これから実行する作戦にはミスは許されない。彼女たちが俺に対して少しでも疑念を抱いていたとすれば、命取りになる。


 そうか、それで俺はホリデー少将を試したのだな。そう、疑っていたのは俺の方だったのだ。


 恥じるべきことだった。彼女たちは俺を信頼して既に死地に踏み込んでくれているのだ。この期に及んで何を疑うことがあるというのか。


「・・・俺は、馬鹿だったな」


「そうやね」


 俺は思わずオルカ大尉の首を絞めた。




 ここで少しワープの定義について説明する。


 ワープとは、要するに空間の歪曲を利用して光速を出し抜く方法である。これによって人類はようやく恒星間航行が可能になったわけだ。


 空間を歪曲させ、今いる空間とワープ先の空間を「入れ替える」ことで自らを瞬時に移動する。簡単に言ってしまえばこれがワープの原理である。


 単純に聞こえるが、実行するとなるとそうそう簡単な話ではなくなる。


 まず、空間を「入れ替える」という荒業には、それなりにエネルギーが必要とされるということである。一回ワープを行えば、かならず燃料補給が必要になってくる。つまり、エネルギー補給所がワープ先になければならないわけで、ワープエリアが居住可能惑星がある星系付近に造られることが多いのはそのせいである。


 このエネルギー消費は、ワープ先の条件によっても変わる。ワープ先に大質量の物体がある場合、空間の「入れ替え」には天文学的エネルギーが必要になってしまう。このため、ワープエリアは「何も無い」状態に保たれておかなければならない。ワープの距離も、理論的にはどんな距離のワープも可能だが、エネルギー保有量の限界により現在では数十光年くらいが限界である。


 このように、ワープは万能ではない。様々な理由でワープエリアが造れない宙域を「航行不可能宙域」といい、帝国国境をはじめとして各所に存在する。


 俺が考えた作戦は、このワープの特性を利用したものだった。


 ワープエリアには大きな質量があってはならない。


 俺たちはワープエリアに石を投げ込んだのである。しかし、その「石」の直径は数百キロメートルもあったのだが。


 要するに、我が艦隊はこの星系にごろごろしている小惑星の中から手ごろなものを数百個ほど選んで、それに加速用のブースターを設置。ワープエリアに向けて撃ち出したのである。


 やったことは単純だし、手間も掛からなかったが、これを見てワープエリアを守備していたアーム王朝の守備艦隊が慌てたことは想像に難くない。もうすぐ味方の主力艦隊が撤退してくるのである。ワープエリアを使い物にならなくされてはたまらない。彼らは泡を食って小惑星を破壊、排除に掛かった。


 そこが我が艦隊の付け目である。


「撃てぇ!」


 我が艦隊は小惑星にまぎれてワープエリアに接近。小惑星に気を取られる敵の守備艦隊に襲い掛かったのである。


「あんな楽な戦は無かった」


 とブロックン少将が後に述懐するほど、作戦は成功した。これは、敵艦隊の意識が撤退してくる味方艦隊を迎え入れることに向いていたことを示している。これは偶然ではなく、偵察艇からワープエリアでの動きが慌しくなったとの報告を受けてから作戦行動を開始したのである。


 小惑星迎撃のために分散している敵艦隊を各個撃破する。敵としては、我が艦隊に気をとられているうちに小惑星がワープエリアを埋めてしまうのも困るのである。小惑星迎撃と我が艦隊の撃滅とのどちらに重点を置くか迷っている内に、攻勢状態では無類の力を発揮するブロックン少将とホリデー少将の速攻を受けて次々と撃破されてゆく。敵艦隊の数が減るごとに、ワープエリアに居座る小惑星の数も増える。


 この作戦の目的は、どちらかといえばワープエリアを使い物にならなくすることのほうが重要だった。ワープエリアがすぐには使用再開できないほど小惑星に埋め尽くされたと判断した俺は転進を命じた。ワープエリアは一つではない。ベイブ星系からブルネイ星系にワープするのに向いたワープエリアは5つあった。


 我が艦隊はこれを一つ一つ潰していったのである。オフト大佐に預けた隠密部隊に命じて、各ワープエリアの近くで撃ち込む小惑星の準備をさせておき、戦闘艦艇の戦力は集中する。


 敵の防衛構想は、一つのワープエリアが敵に襲われても、他のワープエリアを守備している艦隊がすぐに駆けつけて来てそれを挟撃するというものであったろう。しかし、我が艦隊の作戦は敵の思惑を超えていた。そもそも、敵の防衛構想はワープエリアからワープアウトしてくる艦隊に対して有効な作戦であったのだ。


 連携が取れなかった場合、兵力の分散は各個撃破の餌食に過ぎない。敵の守備艦隊は戦略の教本通りの憂き目を見たのであった。敵は我が艦隊よりも二千隻も多いという、自軍の優位を過信し過ぎたのだ。


 4つのワープエリアを潰し、そして最後のワープエリアにたどり着いた段階で我が艦隊の損害艦艇数は10に満たない。ここまでは完勝である。しかし、ここからが本当の戦となる。


 このワープエリアを守備していた敵艦隊はその数、1千隻。我が艦隊はこの守備艦隊に真っ向勝負を挑んだ。このワープエリアを使用不能にすることは出来なかったのである。


 激戦となったが、3千隻対1千隻の勝負である。敵を反包囲して左右交互に叩くというやや地味な戦法で、時間は掛かったが敵艦隊撃滅に成功する。問題はここからだった。


 敵主力艦隊2万6千隻が、このワープエリアから続々湧いて出てくる筈なのである。


 なぜ、このワープエリアも潰してしまわないのか。ここを潰してしまえば敵は我が領土に取り残され宇宙の孤児になるのではないか?ホリデー少将などは声に出してそう言ったものだ。


 しかし、このワープエリアを潰してしまえば、敵は撤退の望みを完全に絶たれてしまうことになる。すると逆に敵主力艦隊は「死兵」となるであろう。その死兵が味方主力艦隊と死に物狂いで決戦し、勝ってしまう可能性があった。そうなれば孤立するのは我が艦隊の方である。また、敵主力艦隊が完全に孤立すれば、流石に敵もこれを救出しないわけには行かず、アリスト、オルージュ方面に陽動に出した艦隊をブルネイに回してくる危険性もあった。


 そもそも、最後に残したこのワープエリアは我が艦隊の退路でもあるのだ。


 敵艦隊をすべて排除した後、我が艦隊はこのワープエリア付属の施設を使って艦の修理や弾薬の補給を行った。そもそもこの施設は我が帝国が建設したものだからこれは容易に出来た。もちろんゆっくりやっている余裕は無かったが。


 そして、ワープエリアからベイブ方面に出していた偵察艇が運命の報告を持ち帰る。


「敵主力艦隊はベイブ方面から当ワープエリアに向けてワープしつつあり」




「敵!ワープアウトしてきます!」


「撃て!」


 宇宙空間に光の橋が掛かり、激戦の始まりを告げた。


 我が艦隊はワープリアを包囲。ワープしてくる敵艦隊に対して必殺の陣形で臨んだ。


 これに対して、敵は装甲の厚い大型戦艦を連ねて強襲部隊を組織。一気に我が艦隊の包囲を食い破ろうと試みる。


 包囲部隊の指揮を執るのはアキナ准将である。幼顔の彼女は艦隊運用能力に非常に優れている。包囲の陣形を柔軟に保ちつつ、敵の攻撃を跳ね返し陣列に穴を開けないという難しい艦隊運用を平然とやってのけるのである。


 これに対しブロックン少将とホリデー少将は包囲を破ろうと突入してくる敵を横撃し包囲の中に押し戻す役目だ。これも容易な任務ではない。


 ワープアウトしてきた敵は千隻。しかし、敵はじわじわと我が包囲網を圧迫し、中央にスペースを作り、そこに新たな艦隊をワープアウトさせてくる。敵の損害はすぐさま補充された。


 ぞっとする。無限の体力を持つ相手と殴りあうようなものだ。我が艦隊は善戦しているが、それでも損害が皆無というわけにはいかなかった。


 アクロポリスの隣にいた巡洋艦が突然火球に変わった。敵が突如こちらの方向に突出してきたのである。


「下がるな!撃ちかえせ!」


 我が艦隊には安易な後退は許されないのだ。途端、アクロポリスの周囲に閃光が連鎖する。防御磁場とビーム砲のエネルギーが拮抗する輝きだ。


 こちらもビーム、ミサイルを大量に放出して反撃する。無音の空間に、大量の死を生み出す輝きだけが連鎖する。


「艦隊損耗率5%を突破。弾薬消耗率割15%を突破。敵艦艇数1100隻に増加・・・」


 旗艦に戻っていたオフト大佐が淡々と報告する。


 当たり前だが、旗色は次第に悪くなる。何しろ、こちらには補給がほとんど無い。補充は当然皆無。それに対して敵は無尽蔵。長引けば長引くだけ不利となるのは当たり前だ。半日もたつと、我が艦隊の包囲網には綻びが現われ始めた。予想よりも早い。俺は焦った。包囲網が維持出来なくなれば、我が艦隊は圧倒的な敵に飲み込まれて崩壊するだろう。


「オフト大佐。我が艦隊が現戦線を維持できるのは後どれくらいだ!」


 彼女はよどみなく答えた。


「3時間」


「6時間持たせたい。どうしたら可能になる」


 オフト大佐はまたも即答した。


「不可能」


「なんとかしろ!」


 ここで初めて彼女は首を傾げた。


「不可能を可能に?」


「そうだ!」


 彼女は黙ってコンソールに向き直ると、通信回線にブロックン少将を呼び出した。


『なんだ!』


 混戦の中、勇戦している彼女の赤い髪は乱れ、目は血走っている。頬の傷が血の色に光っていた。


 オフト大佐は正反対にまるで無表情なまま言った。


「死んで」


『はぁ?』


 おいおい。


『死ねだぁ?おい大佐!そりゃ、どういう意味だ!』


「麾下の突撃艦隊を率いて、敵中央に突入して」


 流石のブロックン少将が唖然とした。


「戦線維持時間を延ばすには、敵戦列を乱すしかないと判断。だから少将。死んで」


 確かにそれは自殺行為的な作戦といえた。


 しかし、同時に有効でもあろう。なんとしても最低あと6時間、戦線を維持し、敵を押し留めなければならない。我が艦隊の命運はそうしなければ開けないのだ。


 ブロックン少将の瞳に、俺が見る初めての感情が浮かんでいた。勇将として知られる彼女が迷っている。彼女はモニター越しに俺の方を見た。


『親分・・・』


 俺は、言った。


「少将。頼む」


 その瞬間、ブロックン少将の瞳に火が灯った。


『うぉおおっしゃぁ!』


 彼女は右腕を横なぎに払った。


『艦隊!突撃陣形!5分でやれ!機関、最大出力!敵の中央に突撃するぞ!』


 そして彼女はオフト大佐を睨みつけた。


『残念だが、あたしは死にはしないぞ!帰ったら覚えてやがれ!』


「あなたが死ななくても、私は別に残念ではない」


 オフト大佐の返答に唇を微妙にゆがめると、俺に向かって敬礼してブロックン少将はモニターから消えた。


『提督!』


 すぐにホリデー少将から通信が入った。


『私も行きます!エランばかりに目立たせませんわ!』


「だめ」


 オフト大佐はにべも無い。


「あなたまで行ったら戦線は維持できない」


『小娘は黙ってなさい!』


 しかし、俺も首を振った。


「許可できん。少将はアキナ准将と協力して、ブロックン少将が突入して乱れた敵を一気に押し返せ」


 ホリデー少将は麗貌を蒼白にした。


 ホリデー少将とブロックン少将の二人は喧嘩ばかりしているが、親友同士なのだ。だから気持ちは分かる。


 分かるが、どうしようもない。これは戦争なのだ。人が死なない戦争など、無い。


「復唱しろ少将」


『・・・了解・・・、しました!』


 ブロックン少将麾下の艦隊、その内500隻が紡錘状の陣形を組み、敵中に突入する。いつもはそれなりに攻防を考えた艦隊運用をするブロックン少将であるが、この時の彼女は本気で攻撃に特化していた。ようするに、怒っていたのである。


 敵の想像をはるかに上回る速度と火力の集中で、敵の陣列を食い破る。そして西洋槍で深々と抉る様に敵の陣列に浸透する。


 同時にホリデー少将、アキナ准将が包囲網を縮めつつ猛撃した。敵は流石に後退し、陣形を整えることにつとめる。




 ワープエリア包囲戦開始からすでに18時間が経過していた。


 敵の数は数時間前から1200隻で変わらなかった。大善戦だと言えた。我が艦隊が撃破した敵艦隊は推定五千隻に上ったのだ。


 その代わり、我が艦隊の損害も大きかった。


 撃沈もしくは大破した艦艇が一千隻である。実に艦隊の三分の一だ。特に敵中に突入したブロックン少将率いる突入艦隊は壊滅した。


 もっとも、本人が豪語したように、彼女は中破した自艦一隻で生還して見せた。その様子を見て、


「まぁ、なんてしぶといんでしょう」


 とホリデー少将が喜んだのは言うまでも無い。


 流石に限界である。一時間前から我が艦隊の損耗率は急角度で上昇し始めていた。疲労の蓄積、損耗による負担の増大。そして、無尽蔵に湧いて見える敵に対する士気の低下・・・。


「まだか!」


 俺は焦り始めていた。もう何度オフト大佐に同じ言葉をぶつけたか知れない。その度に「まだ」という彼女の言葉に跳ね返されたわけだが。


 しかし、今回は違った。彼女は首を傾げると、艦橋中央のホログラムスクリーンを指差した。


 あ、


 その時、戦闘中は悲鳴を上げる以外のことは何一つしなかったオルカ大尉が、俺の頭を押さえつけて叫んだ。


「来た!来たで!」


 ホログラムが敵の状況の変化を表していた。敵艦隊の中央に空洞が出来つつあるのである。


 敵は、自軍の中央にワープアウト可能な空間を作っては、味方の艦隊を呼び込んできたのである。その敵がワープ可能な空間を確保しながら味方をワープさせてこないというのは・・・。


 そう。それこそ、俺の待っていた勝機だった。俺は通信機のマイクを握った。


「総員!気合を入れなおせ!敵はもうこれ以上増えない!いいか!増えないんだぞ!」


 俺はこの時ばかりは猛将を演じることにした。


「つまり!目の前のこいつらをやっつければ戦いは俺たちの完全勝利だ!」


 ホリデー少将が頷き、アキナ准将が頬を叩き、オフト大佐が瞬きをした。


 艦隊を失いアクロポリス艦橋に入っていたブロックン少将が叫んだ。


「よ~し!撃って撃って撃ちまくれ!」




 種を明かせばこういうことである。


 敵を全滅させた後、俺たちはワープエリアからベイブ星系方面へワープした。


 ベイブ方面のワープエリアは宇宙が黒く見えないほどの光点に包まれていた。大艦隊に包囲されていたのである。


『ご無事で?提督』


 通信スクリーンに現われたのは、お久しぶりのカンバー准将だった。


「なんとかな」


「間に合って何よりでした」


 彼女は柔らかく微笑んだ。彼女はオフト大佐ほどではないが表情を露にしないタイプだ。その彼女が笑うのだから、よほど安堵したのだろう。


 ワープエリアを包囲しているのは、味方のクラカラン方面艦隊なのである。


「敵艦隊は全滅しました。全て、提督の作戦通りに」


 俺は、ブルネイ星系突入前、カンバー准将をクラカラン方面艦隊へ派遣しておいたのである。


 俺は預言者のように味方の艦隊の動きを解説して見せたが、それには彼女と言う裏付けがあったわけである。彼女には最初から俺の考えた作戦の全てを伝え、それに基づいてクラカラン方面艦隊を動かすように命じていたのだ。


 これは容易な仕事ではなかったはずだ。なにしろ、彼女は准将に過ぎない。彼女がクラカラン方面艦隊を無理やり動かすことは出来ないのだ。なにかしら手練手管を用いてうまいこと艦隊を動かす。俺が彼女に頼んだのはそういう無理難題であった。


 だからこそ俺はカンバー准将に頼んだのである。俺は彼女に交渉人としての才能を見出していたのだった。


 まず、我が艦隊がブルネイに突入した意図を伝え、クラカラン方面艦隊をベイブ方面に進撃させる。クラカラン方面艦隊は敵のブルネイ方面主力艦隊を圧迫し、遂にはブルネイへ撤退するという選択肢を選ばせる。


 ここで、撤退行動中のブルネイ方面艦隊をクラカラン方面艦隊が急襲する。敵は唯一残った退路から撤退を試みるが、我が艦隊に妨害されてそれもままならない。つまり、大局的に見れば、敵は我が艦隊とクラカラン方面艦隊とで挟撃されていたのである。敵は撤退するか決戦するかの判断がつかないまま、我が艦隊とクラカラン方面艦隊に撃滅されたのだった


 問題となるのは、敵の撤退のタイミングとクラカラン方面艦隊急襲のタイミングだが、これは我が艦隊がワープエリアを占拠した後にこちらから連絡艇を派遣しておいた。


 というわけで、作戦は成功した。成功してしまえばなんとでも言えるな。




 我が艦隊ははっきり言ってボロボロになった。生き残った艦の中に無傷のものはほとんど無かった。千隻以上の艦艇も失い、再建にはかなりの時間がかかるだろう。


 しかし、大戦略的に見れば俺の作戦は大勝利だったと言えるであろう。


 この度のアーム王朝による帝国侵攻によって帝国艦隊全体が受けた損害は艦艇数3200隻。それに対し、アーム王朝が失った艦艇は壊滅したブルネイ方面艦隊31000隻を含めて33000隻に上ったのである。そのほとんどが、俺の考えた作戦の与えたものだと言っても大言では無いだろう。


 この損害は、アーム王朝にとっては大きな痛手になった。アーム王朝は侵攻で確保した占領地域を放棄し、国境の向こうへと去っていった。


 帝国の危機は当面去ったのである。




「おい、のめぇ、リンド!」


「飲んでいます」


 オフト大佐は顔色一つ変えずにグラスを干した。彼女はブロックン少将に無理やり飲まされている筈なのだが、べろべろになっているのはブロックン少将の方だった。


 王宮で行われた祝勝会である。我が艦隊からは特に艦隊司令部の全員が招待されていた。


「ごうせいやなぁ。やっぱり勝つってのはええもんやなぁ」


 と、戦闘では何も役に立たなかったオルカ大尉が言う。ちなみに彼女は艦隊司令部としての招待ではなく、エトナの個人的招待客としてここにいるらしい。


「あら、なにをおっしゃっているの大尉。私は未だかつて負けたことなどありませんわ」


 酒が入って頬を染めたホリデー少将が妖艶に微笑む。ちなみに俺を含め他の4人は軍服なのに彼女は紫色のイブニングドレス姿である。入室の時は俺がエスコートの任を賜った。その時からそのまま彼女の腕は俺の肘に絡みついたままだ。


「あはははは」


 酒が入るといつもの理知的な姿は消し飛んでしまうカンバー准将。彼女は既に昇進してカンバー少将になることが確定している。


「ちょっと、あなたアルから離れなさい!」


 と、ホリデー少将の手を引っ張ったのは他ならぬ皇帝陛下だった。先程から腕を絡めて歩く俺とホリデー少将を見て目を三角にしていたのだが、乾杯が終わりようやく身の自由を得て飛んできたらしい。


「あら、陛下。ごめんあそばせ。でも、放してくれないのは提督の方ですのよ」


「アル~!」


 こら、まて、首を絞めるな首を。


「なにしてんだ~親分。のもうぜ~」


 ブロックン少将がもたれかかる。おいおい、こんなパーティで飲みすぎだぞ。


「いいじゃねぇか。軍人、いつ死ぬか分からないんだ。飲めるときに飲んどくのさ」


 確かにそれはそうだ。特にブロックン少将は今回死に損なった。彼女には飲む権利があるだろう。死んでいった彼女の部下の分も。


 「あー、ずるーい!あたしも仲間に入れて!」


 何を勘違いしたのかアキナ准将が俺の首にすがり付いて、その意外に豊満な胸を俺の顔に押し付ける。


「もう!あたしも飲む!」


 エトナがブロックン少将の持っていた杯を奪い、それを一気に飲み干した。


 わぁ、馬鹿!それウォッカだぞ!


 エトナは一瞬硬直し、次の瞬間顔を真っ赤にして仰向けにひっくり返った。







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