小話色々
ゆずねこ。
恋心
「あなたが好きです」
と。
何度言おうと思っただろう。
喉元まで出掛かったこれは、結局青い瞳のあの子にはいえなかった。
これでいいのだと、自分の心を励ます。
そう、これでいい。
……僕は明日、美しいあの子のために国を出る。
「ヒュプノスさん」
僕を呼ぶその声に、恋心なんてものはない。
友愛だけ、ただそれだけ。
小さな頃から、僕は彼女の存在に救われてきた。
だから、僕は彼女を誰よりも愛していると思っていたし、この想いがいつか伝えられるようになると思っていた。
だけど、彼女が、そう。
「ナギさん」と、そう呼ぶときに。
それはとんだ世迷言だと気づかされていた。
僕のこの想いは叶わない。
ずっと前から知っている。
だから僕は、言わない。
「お前ってさ、いいやつだよな」
あの子の姉がそうぽつりと言った。
何も答えず、言えずに酒を煽る。
からんとグラスの中の氷が僅かに音を立てた。
「シオンのこと好きだったんだろ」
彼女は嫌に鋭い。
何も言わずにいれば、彼女は口を閉ざさずに続けた。
「あの子、鈍いからね。
誰も言わないだろうし、お前も言わないだろうから。
折角だしこのあたしが言ってやる。
お前は偉いよ。自分よりシオンの幸せを優先したんだから。」
彼女の口ぶりは生意気だ。
昔からそうだった。
だけど、彼女は嘘をつくこともない。
「……せめて、きみが幸せになれるように、私が祈っておくからさ。
……向こうで、まだマシなものを探しておいでよ」
レフカは、温かい人だった。
僕の母が大嫌いな、いわゆる本家の娘だったけど、だけど。
「さ、明日早いんだろ。
さっさと帰りなよ」
そういいつつ僕を追い出さないその優しさも、生意気だけど優しい声も。
きっと、今軽口を叩けば、彼女はすぐいつものように返してくれる。
僕はこの場所が大好きだった。
海の匂いが、漣の音が、消えていく。
僕の大事な懐かしい世界から、離れていく。
少しだけ笑いをこぼした。
僕を包む優しい夢のような世界は、今日でおしまい。
でも、この記憶を、小さな小さな海の国を、僕は生涯忘れないだろう。
頬をなで草の種を運ぶ風の匂いに、僕はゆっくり目を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます