第2話 特徴

 僕が生まれて二週間が過ぎた。


 この二週間で分かったことはいくつかあった。


 まず言葉を覚えた、霞が閉ざしていた視界が晴れる様に僕の知識は増えていった。


 人の発する言葉、紙に書かれた言葉、それらの意味を十全に理解できるようになった。


 その副産物として、人の発する言葉の機微や声の違いなどからある程度の判別ができるようになった。


 しかし顔の違いは正確な判断が効かない。四角い胴体に細長い四肢と丸い頭部、そこにつけられた毛や部品の配置に違いがある事は理解できた。



 だが、それらが明確な判断材料にはならないことも同時に理解した。


 僕の様な肉体は『女』や『女性』と表現するらしく、『女』は髪の長さや結び方を変えるだけでも印象が変わる。更に化粧を施せば別人のような顔立ちになることもあった。男が化粧をした姿を見たことはないが、おそらく同じように別人に化けることができるのだろう。


 人は容易に顔立ちや印象を変えることができる生き物であることを学んだ以上、外観だけを判断材料にするのは不適切だ。


 そう考えた、しかし声もまた変化するようだ。



 自身で発した声をある程度の範囲でなら変化させられることに気が付いた、声も外観も正確な判断材料にはならない。では人間はどのように互いを把握しているのだろうか。


 疑問を抱いた、これが僕の人生で初めての疑問だったのだろう。その疑問を言葉にして、誰とも判別できない人間に尋ねると、首を傾げ口の端を持ち上げて去っていった。


 僕の記憶の始まりにあるのと同じ表情、けれどその時とは表情の動きが違っていたように思えた。


 少し時間をおいて人間が僕の前に現れた。外観だけの判断ではあるが、先ほど僕が疑問を投げかけた人間の様だ。


 しかしもう一人いる、この人間も始まりの記憶にいた。あぁ、神はいないと言った人間だろうか。



「R17518、君は疑問を持ったようだ。その疑問に答えを出していこう、何でも聞きたまえ」



「人の判断方法」



 人間の言葉に僕は魔を空けずに答えた。



「顔の部品の配置、髪の毛の長短、髪の毛の結び方、体格、声色、人間はこれらを変えることができる。どのように人間は相手を判断しているのか」



 先ほどと同じ疑問をぶつけた、二人に増えた人間は先ほどと同じように口の端を持ち上げていた。



「なるほど難題だ、人間をどのように判断しているのかか……君はどうやっている? 」



「俺はそんな方法考えたこともありませんね、どうやって歩いて呼吸をしているのか聞かれた気分です」





 知らない、ということだろうか。この人間たちは知らないことを知らないままにやっているというのだろうか。



「ふむ、R17518の納得のいく答えではないようだ。そうだね……人間はその姿かたちをある程度であれば変化させることができる。だが突然別の姿になることはできない」


 そう言って人間は二枚の紙を出した。そこには髪の長い……おそらく女が書かれていた。


「この写真は同じ人間の写真だ、私の妻でね」



「妻とは何だ」



「うーん……動物がどのようにして子をなすかは前に教えたね? 」



「教わった、男と女が寝床を共にすれば子ができると」



 誰かがそう答えたのを覚えている、その人間が顔を赤らめさせていたのも覚えている。



「……誰がそんな適当なことを教えたのか詰問するのは後にして、ともかく子を残すには男と女が必要だというのは分かっているようだね」



 それは理解している、男と女の見分け方は依然不明のままだが。



「私は男だ、そして妻は女だ。妻とは男にとって子を作る相手と言ってもよい。わかるかね? 」



「妻は複数いるのか」



「いや、妻は一人だ。国によっては何人もの妻を得ることが許されているようだがね」



「なぜ」



 子をなす相手が一人というのは効率が悪いはずだ、複数の女が男と寝床を共にすれば一度に子を作ることができるのではないだろうか。



「なぜと言われれば……君にはまだ難しいかもしれないが人間には感情というものがあるのだよ」



「感情……」



「そう、感情だ。っと話がだいぶそれてしまったね、この二枚を見比べてみてごらん」



 いわれるがまま写真を見比べる、右には髪を結んだ女と目の前の人間によく似た男が写っている。髪の量や肉の付き方がだいぶ違うが。



「これは若い頃の写真だからね」



 男の言葉に疑問は深まる、年月を重ねることで変化するのであれば見分けなど付けることはできないはずだ。




「もう一方の写真を見てごらん」



「……よく似ている、だが髪が違う」



 もう一枚の写真に写っていた女は髪を結んでいなかった。



「だが化粧の違いは分かるかな? 」



「わからない」



 白と黒で映し出された二枚の写真は髪を結んでいるかいないかという違いしか見受けられなかった。



「そう、どこかが違っていても同じ場所はあるんだ。今度はこの写真を見てごらん」



 差し出された写真には見知らぬ女が写っている。



「これも妻の写真だ」



「妻は一人しかいないはず」



「その通り、君は私が与えた情報からその事を読み取った。これも判断方法の一つだ」



 一つ、ということは他にもあるのだろうか。


 写真を見比べる、口元や目元に皺の酔った女。髪の結い方も化粧の仕方も随分と変わっている。……しかしなぜか似ている。



「人間は歳をとっても、変わらない所もあるものだ。我々は『面影がある』なんて言い方もするがね」



「面影……」



「そう、それは親子の間で使うこともあれば若い頃と年老いた時を比べて言うこともある。どこか似ているという意味だと思って構わないよ」



 面影、その言葉は僕の胸の奥に刻まれた気がした。人は化けても変わらない所がある。そのことを知った僕は人の判断方法を覚え始めた。


 変わらないところ、特徴を探す事。声の特徴、しぐさの特徴、顔の特徴。その特徴を見つけることができれば人の判別が可能であると知った。

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