第4話:狼の皮を被る羊

「……勝っ……ちゃっ……た?」


「アンタの勝ち。面白かったね」


 アングリと口を開いた浜須。驚嘆の余り、手から札が二枚三枚と落下した。第三局目にして《三光》を完成、「早三光にこい無し」の格言を守り、一四文の差を付け――彼女は短期戦とはいえ、救華園に暮らす椿を破った。


 一局目、二局目、三局目と……浜須は実に。配り充てられる札、起こす札、相手の出す札その全てが狙い通りで、一瞬でも「代打ちになれるかも?」と考えが過る程であった。


「どうですか、私の実力……?」


 素早い手付きで札を集め、元の一山に仕立てた椿。鞄からコーラを取り出し、一口飲んでから「あんまり」と冷たく言い放った。この返答に多少は「ムッ……」ときた浜須は、あくまで笑みを絶やさず、チクリと先輩を刺した。


「はぁ……でもでも、結構役もスルスル作れたし、今日は良い感じでした!」


「そう」


「……」




 負けた癖に、自分から誘っといて負けた癖に! きっと悔しいんだろうな、この人……変な先輩だ。




 内心大いに頬を膨らませた浜須は、しかし最大の目標である秘匿技法の教授を願い出た。先程椿のスマートフォンに表示されていた数々の技法名が、頭の中でグルグルと踊り出す気がした。


「えっと……それで、技法の方を……」


 またしてもコーラを一口飲み、続けてもう一口と小鳥のように水分補給をする椿は、黙してスマートフォンを弄り……果たしてカチューシャの一年生の方へサッと滑らせた。その光景にカーリングを思い出した浜須は、表示されていた文字を辿々しく読み上げた。


「しゅ……の、ば……ん?」


「そう、《しゅのばん》。今回は好きなだけメモを取っていいから。まぁ、取る程でもないけど」


「……一個、だけですか?」


「私だって暇じゃないし」


 暇じゃないなら何で《こいこい》に誘ったんだ――心中でツッコミを入れた浜須。対する椿は八八花を表に向け、一気に横へスライドするようにして――丁度トランプのスプレッドのように――、《こいこい》で大活躍した札、《菊に杯》を抜き取った。


「朱い盤、だから《しゅのばん》。何となく予想が付くでしょ、この技法は杯の札……《しゅのばん》を引いてはいけないの。それだけ」




 椿曰く、その技法は先日に学んだ《二魂坊》と同じく、気付けとして救華園で打たれるものだという。但し《しゅのばん》は《二魂坊》よりも若干技法で、二人から五、六人程度の人数で盛り上がるらしかった。


 勝利条件は大変シンプルで、《菊に杯》を起こした者が負けとなる。手順も至って簡単で、最初に赤い八八花を一組用意し、親決めをする。その後、よくこれを切り混ぜ、親から一枚以上、任意の枚数を起こしていく。この時、最初に「私は○枚起こす」と宣言しなくてはならない。


 自ら定めた枚数を起こす途中で《菊に杯》が出なければ、起こした札を取り札として持っておく。手番は反時計回りに送る事。これを繰り返し、最初に《菊に杯》を起こした者が、各個人の取り札分だけ、花石を払う……。


 頭を捻る戦略は必要無い、唯持てる運気を測るだけの単純な博技であった。しかしながら、椿によれば意外にもこの技法を好む凶徒は少なくないらしく、「手っ取り早く稼げる」として、二〇、三〇分程は《しゅのばん》を行う場合もあるらしかった。




「基本はこれだけ。たまに、札を起こす前に山札を混ぜる場合もあるけど、それはブショウ練り同士で話し合う……終わり」


「終わり……ですか」


「終わり。だし」


 また気付けの博技か……殆ど動かす必要の無かったペンを置き、《菊に杯》を混ぜ直した山札を切る二年生を見つめた。


「あのぉ……先輩?」


 パシパシと軽やかな音が響く。椿は黙したまま浜須の方を見やった。


「ご存知の秘匿技法って……もしかして、気付け系が多かったりします……?」


 俄に椿の手が止まる。リボンの先端をピンと尖らせるように……浜須は強い緊張に襲われた。


「アンタは――」声色は相変わらずであったが、その大きな瞳が若干細くなった。


「先祖を大事にするタイプなの?」


「へっ……?」


 質問の意図が全く掴めず、惚けたような声を上げてしまった浜須。しかし今にも眼前から拳が飛んで来る気がした為に、「お盆は毎年行っています」と引き攣った顔で答えた。


「それじゃあ、お墓参りをする意味って何?」


「…………頑張ってまーすとか、いつも見守ってくれてありがとう御座いまーすとか……伝える為です」


「他にはないの」


 何なんだこの問答は――先程から嫌な汗が止まらない浜須だったが、それでも「もう無いですね」とは口が裂けても言えない雰囲気を察知し、絞り出すように「敬意……?」と恐る恐る言った。


「その通り」


「やった……!」


 意外にも正解? を答えられた喜びは望外であった。


「私は墓参の究極の意味は『敬意を表する』事にあると考えているの。先祖が一人でも欠けていたら、私達は存在しないかもしれない。今よりは圧倒的に生きる難易度が違った時代を、先祖は生き抜き、血脈を遺した――」


 四八枚の札をソッと中心に置いた椿の声色は、僅かなを見せていた。


「もしかすると、先祖よりも私達の方が身体が強かったり、勉強が出来たり、収入が増えていたとしても、それは全て先祖がいてくれたからという地盤の元にある。……さっき、アンタは『気付けばかりだ』と文句を言ったよね」


「…………言っていな――」


「言った」


「申し訳ありませんでした」


 謝るが吉、であった。自身の意見が絶対であり、黒い烏も白に染め上げてしまう程の圧を椿は持っていた。


「謝れとは言っていないけど?」


「……」


「花札の技法だってそう。考えるに――一番最初の技法は、札に上下を付けて、起こしたもので勝敗を付ける程度のもの。面白いと思う?」


「……さぁ」


「面白いと思っているなら馬鹿だよ」


 激しい反論を呼びかねない主張だったが、一方で浜須は「多分この人が言うなら当たっているんだろう」という不思議な説得力も感じていた。


「こんな技法でも、一定の面白さを与える事も出来る。とても簡単だよ、何かを――例えば金を賭ければ良い。そうすれば畢竟、ジャンケンでも血眼になれる」


 試しに打ってみよう――椿は浜須に札を起こすよう促した。


「じゃ、じゃあ……六枚起こします」


 起こされた札の中に《菊に杯》は無かった。手番送りの成功である。続いて椿が八枚起こしこれも成功、二手目に浜須が三枚起こした時、果たして杯が現れてしまった。


「ありゃ……私の負けですね」


「それじゃあもう一回。今度は負けた方が勝った方を――、で」

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