第9話:導火線

貰いますよ」


 置かれた山札に手を伸ばし、トセは丁度半分の位置で二組に分け、それらの上下を入れ替えた。


 一種の儀礼とも言える山札の天地入れ替え――《望み》を、この時ばかりは、「お前の切り混ぜ方は信用ならない」という意思表示のようであった。さも当たり前かのように札を入れ替えたトセは、黙したままの目代と自分、手札八枚ずつを素早く撒いていく。


「梅の季節ですね」


 第二局……如月戦が始まった。




  松のカス 梅のカス 藤に短冊 牡丹のカス

  菊に盃 柳に小野道風 柳に短冊 柳のカス




 おや、とトセは目を少し見開いた。


 着目すべきは柳の三枚札、《菊に盃》ぐらいかな――扇のように開いた手札を品定めしつつ、親手のトセは考えを巡らせる。




  梅に鶯 桜のカス 藤のカス 菖蒲のカス

  芒のカス 紅葉のカス 桐に鳳凰 桐のカス




 カス札の目立つ、一見は「曇天」の手札であったが……トセは顎先に指を当て、「如何に文数を増やすか」を思案した。




 さてさて、どう動くべきだろう? 親手は私、先輩よりも一歩先を動けるのだけれど……先手は霧中を突き進む宿命、正解不正解の推測が難しいんだよね……。


 場の盃が怖い、かといって徒に怯える必要も無い。仮に先輩が同月札を持っていたとして、私が「下手」を打たなければ、最低でも二手の時間が掛かる。逆に言えば、はある。


《芒のカス》、これは駄目。温存しなきゃ。だとすると……《梅に鶯》《藤のカス》、この二枚がベター、そして――。


 攻めるなら、こっちだ!




 第一手、トセは《梅に鶯》をカス札に重ねた。加算役の《タネ》への一歩だけでは無く、目代の手中に《松に短冊》《梅に短冊》が忍んでいる可能性を危惧していた。


 トセの手札には短冊札が一枚も無く、場札にすら二枚だけ。これはそのまま……目代が「抱えている」可能性が高い事を示唆する。しかも場札には《青短》に関する月札が鎮座しており、トセはその内の一枚、一〇月札のみ持っている。そして一〇月の札は――まだ一枚も露出していない。


 地雷原に花が咲き乱れている光景を思い描いたトセは、しかし臆する事無く山札を起こす。起きた札は《芒に月》であった。


 ヤバい――口元を歪めたくなるのを抑え、場に満月の札を加え入れる。《月見酒》が場札の中で完成してしまった為、目代の一手目は一層となる。


 目代の一手目、それは意外にも《藤に郭公》打ちであった。種札と短冊札の獲得にはなるものの、心許ない「藤打ち」である。起こした札は《松のカス》、残る一月の札は二枚、それも「危険」な方が残った。


 貴女も大変なんですね――内心ほくそ笑み、二手目にトセは《芒のカス》を満月に打ち当てた。《芒に月》は高い打点に絡みやすい、トセのに適した光札である。


 高い出来役を狙い、七文以上倍付けを利用し、続行宣言こいこいを繰り返し、圧倒的火力で敵を爆砕せんとする打ち筋――。


 それは焔硝札えんしょうふだと呼ばれ、「大胆極まりない一年生」だと、上級生の中で噂されていた。


 出来るだけの爆薬――文数を詰め込み、爆弾――出来役に作り変え、着火させて敵陣に放り込む。この戦法は幾らトセがリードしていようと、あるいは負けていようと変える事は無く、ひたすらに「爆砕される相手」を見たいが為に彼女は動き続ける。


 トセが札を起こす。確認し、即座に「こいこい」と言い放ち……起き札を《菊に盃》へ叩き付けた。《月見酒》の完成である。


 足りない、全然足りないよこんなの――華やかな取り札を見つめつつ、だがトセの内心は暗かった。


 もっと、もっともっと破壊力を、相手を粉微塵に出来る火力を下さい!


「……」


 目代は驚く訳でも、悔しがる訳でも無い。無言で二手目に《牡丹に蝶》を打ち出し、《桐のカス》を引き当てた。「さぁどうぞ」と目代が火薬を差し出してくれるようだった。


 当然、三手目は《桐に鳳凰》打ちである。《三光》が近かった。起き札は《芒に雁》、怯える必要の無い種札だった。


 目代の手番である。出した札は《牡丹に短冊》、起きた札は《梅に短冊》となった。どちらも六文役に絡むものだが、トセの手札に縁遠い二枚だった。無益に「どうしよう、どうしよう」と慌てる打ち手程、今後の役作りが遅れていく事をトセは知っている。


 四手目、トセの手札から《藤のカス》が飛び出す。《桜のカス》は保持しておきたかった。山札からは《牡丹のカス》が現れ、青い短冊が一葉、取り札の仲間入りを果たした。一方の目代はすぐに《菖蒲のカス》を場に捨て、《紅葉のカス》を引き起こす。


 あらら、相当になんですね。トセは肩でも叩いてやりたくなった。五手目には《紅葉のカス》を打ち、《猪鹿蝶》《タネ》の発生を遅らせてから《桜に短冊》を引き当てる。フワリと《赤短》が匂った。


 前髪を指で掻き分けた目代は、好機とばかりに《桜に幕》を短冊札に重ねた。しかしながら彼女の状況では《三光》《花見酒》は完成出来ない。


 場をとしているのかな――起きて来た《菖蒲に八橋》を見つめながらトセは思った。数秒考え、トセは六手目に《桐のカス》を捨てる。残った手札は全てカス、種札にも絡まない為に気安かった。起きた札は《萩のカス》、初めての登場だった。


 またしても目代は間を置かず、《萩に猪》を手中より打ち出す。これで《タネ》まで残り一枚となった。《菊に短冊》をソッと起こし、目代の手番は終了となった。


 これかな――トセは《桜のカス》を捨て、《松に鶴》を引き起こす。ノンビリとした鶴に眉をひそめ、一言も発さない目代に手番を譲る。


 七手目に……目代は《梅のカス》を短冊札に打ち、《紅葉に鹿》を引き当てた。




 まだ――《赤短》と《猪鹿蝶》が生きている。




 微かな焦りがトセの中に生まれた。「こいこい返しは倍付け」、この取り決めは充分に理解している。しているからこそ……トセの背筋が涼しくなった。


 八手目は無慈悲である。打ち手に思考という逃げ道は与えず、淡々と「お前の選んだ道がこれだ」と語り掛けてくる。冷たい仕打ちに対し、打ち手は次のように呟くだけだ。


 仕方無い。


 トセは《菖蒲のカス》を投げ捨て、起こした《菖蒲に短冊》を合わせて持ち帰る。表情こそは変わらないものの――溜息でも吐きたくなる気分だった。これにより、最低でも「打ち別れ」が決定した。


 何も、代わりに何も。ある意味で平和な結末である。


 多少はのかな……トセの予想を裏切った目代は、「今までと同じように」アッサリと《桜のカス》を捨て、いとも容易く山札へ手を伸ばした。


 クルリと山の上で起き札を検めた目代は、鈍く輝く双眼でトセを見つめ、


「《タネ》。で二文」

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