第4話:矜持

 楢舘、羽関の両名は一言も喋らなかった。


 絶句――と表現した方が正しいだろう。


 何と返せば良いのか、どう言葉を掛ければ良いのか……模索を続けるような二人に、龍一郎は堰を切って語り続けた。


「靖江天狗堂との繋がりを疑われたんだ、俺と……おトセが。代打ちで好成績を残しているのは、そこから斡旋された賀留多に細工があるって……。勿論俺達は黙っている訳じゃ無い、二転三転したが……敵は妹さんを代打ちに立て、俺と戦わせようという事だ」


 天空を滑る灰色の雲が、更に色濃くなっていくようだった。


「代打ちとしての自覚が足りなかったのが悪いんだ。結局はな」


「で、でもよ……龍一郎はイカサマなんかしないだろう、それを証明すれば……」


「それは出来なかった。相手の言う通り、俺達が細工した賀留多を受け取っていないという証拠を完璧に揃えられない。限り無く白だが……ほんの少しでも黒が見えれば相手はいつまでもそこを突いて来る。勝つしか無いんだ、賀留多文化を護る為にも……そして、この学校が最大の得意先である……靖江天狗堂を護る為にもだ」


 三人は黙したまま、各々が俯いた。よりによって何故彼女と――龍一郎ですら未だに腑に落ちないところがあった。


 鉛のように重たい空気の中、口を開いたのは羽関だった。


「……京香アイツは何て言っていた?」


 オブラートに包もうかとも考え、しかし龍一郎は彼女の言葉をそのままに伝えた。


「全力で戦うから、貴方も全力で戦って欲しい……そう言っていたよ」


 羽関は怒りを露わにした表情で龍一郎を見やる。


「アイツ……自分の立場が分かっていないのか! 何て馬鹿で不器用な妹なんだ!」


 それは違う――龍一郎は怒り狂う羽関に、努めて冷静に言った。


「妹さんは賀留多に真面目なんだ。生徒会に信用される為に『全力で戦う』と言ったんだろう。その言葉が無ければ……もっと最悪な結末になっていたと思う。嘘偽りの無い、完全無欠の全力勝負を行った末に俺が勝てば、その時は撤廃を諦めるという証文を書かせる事にも成功した。……妹さんのお陰で首の皮一枚、というところなんだよ」


 羽関はワナワナと震えていたが、龍一郎の言葉にようやく落ち着きを取り戻したらしかった。それからは昔を懐かしむように宙を見上げ、大きな溜息を吐いた。


「……近江。俺はてっきり、京香がまだまだ幼い妹だと思っていた。でも今じゃ……俺の見えないところで悩み、自分なりに決断して歩いているんだ。それを責めるのは……余りにお門違いだよな」


 これを見てくれ――羽関は財布を取り出すと、一枚の写真を二人に見せた。幼い羽関と妹、そして二人の肩を抱き、嬉しそうに笑う老爺が映っていた。


「俺達とだ。遠方に住んでいる祖父母に代わって、いつも俺達と遊んでくれた。賀留多を教えてくれたのも叔父貴だった。京香は特に賀留多が好きでな、店の商品を指差しては『私もこれで遊びたい』とせがんだ。叔父貴は決まって『遊び方を教えてやる』と言って、俺達にルールを丁寧に教えてから、必ず賀留多を一つずつくれたよ」


「だから妹さんは賀留多が強いのか……」


「そうだ、俺はアイツ程興味を持たなかったが、お前達に出会ってもう一回やりたくなった。その心変わりを、京香も随分と喜んだって話を、確か前にしたはずだ。……それが今は、賀留多文化を賭けた戦いに挑もうとしているなんざ、全く知らなかった」


 羽関は龍一郎の手を強く握り――「すまねぇ」と頭を下げた。


「どうかアイツに勝ってくれ。ハッキリ言って……アイツは尋常じゃなく強い、残念だが間違い無い。こんなお願いをするのは変だと充分に分かっている! 俺がアイツを説得出来れば話は早いが……そういう問題じゃないのも分かっている。頼む……叔父貴の店を護ってくれ! 必ず礼はする、約束する! 真正面から……京香を倒してやってくれ!」


 恐らくは花ヶ岡で一番男らしい男の大きな手が……微かに震えていた。龍一郎は当たり前のように――羽関の手を強く握り返し、「安心しろ」と言い切った。


「任せておけ。代打ちは――」




 。龍一郎は凜として言い切った。




 羽関は何度も頭を下げ、それから「俺はこの学校に入学して良かった」と実に嬉しそうな表情で缶コーヒーを飲み干した。


 横で話を聞いていた楢舘も感動に打ち震えているらしく、龍一郎に「お前、今が一番格好良かったぞ!」と笑った。


 三人の男達は更なる友情を深め、昼休み終了のチャイムと共に校内へ戻って行った。

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