第69話「プロポーズ」
夕陽が照らす4階の階段で美里さんと向き合う。オレは知らなかった、どれほど彼女がオレが無念に、何もできなかったと思っていた出来事にそこまで恩を感じていたことを……それと同時に情けないことに自分に自信が持てなくなった。彼女が好きなのはあの時のオレではないのかと。
「美里さん、美里さんがそこまでここでのことを思っていてくれたのは嬉しいけどごめん。オレさ、そこまで強くないんだ。本当のオレは多分美里さんが思っている以上にダメな男なんだ」
彼女に不安な気持ちを押し付けてしまう。オレは美里さんが好きだけど、でもここで偽って後でガッカリされるのも嫌だった。もしこれで終わるのだとしたら、オレはこの場所が良いとまで考えていた。
「知っているよ」
美里さんが優しく少し微笑みながら答える。
「前も行ったのに忘れちゃうなんて、修三君は本当にドジだよ、それから変に意地張って私を楽しませようとしてくれて、でもね私はそんな修三君が大好きなんだよ」
覚悟していたとは別方向からの言葉がオレの胸に突き刺さる。しかし、そうだった。美里さんは以前今のオレの方が好きだと言ってくれたんだ! ならばオレの出す答えは1つしかない!
オレはポケットに入れた小箱に手を付ける。学校であのことを打ち明けた帰りにオレはずっとプロポーズをしようと思っていた、そのために指輪ではなく婚約ネックレスを用意していたのだ! そう、今オレはここで美里さんにプロポーズをする! もし受けてくれたら指輪はその後に2人で購入するのだ!
オレが小箱をサッと出そうとしたその時だった。告白の時と同じように直球勝負で行こうと用意していた告白の言葉を述べようと口を開く。
「m……」
「だから、私と結婚してください! ! 」
彼女の声が校内に響く。みると彼女の目の前には小箱があり中には銀色の指輪が二つ入っていた。
「…………」
……先に言われてしまった。いや考えてみれば美里さんが誘ったのだからこうなるのがむしろ自然なのだろうか。でもこのままでは締まらない。ここだけは決めたかったけど考えても仕方がない。今は彼女への想いに応えることが最優先だ。
「ありがとう、美里さんの気持ち凄く嬉しいよ。こんなオレでよければよろしく」
オレの返事は勿論「はい」だ! 突然の逆プロポーズに驚いてしまったけど同時に嬉しいという気持ちもあった。
彼女の小箱から指輪を1つ受け取って左手の薬指につける。何と指輪はピッタリだった。
「凄い、ピッタリだよ美里さん、どうして分かったの? 」
オレも本当は指輪を送るつもりだったのだけれど彼女の指の大きさが分からない問題があったため自重していたのだ。それを美里さんは見事にオレの指に合うものを選んでくれた。これが愛の力というやつなのだろうか?
「実はね、悪いと思ったんだけどこの前修三君が眠っているときに……ね」
自らも指輪を手に取りながら申し訳なさそうに言った。
種も仕掛けもあったのか! しかしそうなると彼女はプロポーズをこの場所にしようと決めてから学校に来ることを提案したということになる……何という計画力だろう。
オレが彼女の計画力驚いているとき、彼女が指輪をチラリと見た後にこちらを見る。
「修三君が、はめてくれないかな? 」
「わかった」
了承した俺は片手で彼女の左手を、もう片方の手で指輪を持って左手の薬指に指輪をはめた。
「ありがとう」
はめられた指輪をみて美里さんが嬉しそうに言う。オレは勢いよく両手を前に出して振った。
「いやいやお礼を言うのはこっちだよ、こんな素敵な指輪を用意してもらっちゃって」
そう言って指におさまっている指輪をみつめる。銀色の指輪の上には宝石が埋まっていてとても綺麗な指輪だった。
「あ! 」
ふとポケットの中の小箱に入ったネックレスのことを思い出した。プロポーズしようと思っていたのだけれどこういう時はどうすればいいのだろう?
悩んだ末にオレは今渡すことを決意してポケットから小箱を取り出す。
「これ、美里さんに似合うかなって」
そう言ってオレは小箱を開いた。
「え、修三君このネックレスって……もしかして」
彼女が驚いた顔でオレを見つめる。
うん、美里さんなら気付いちゃうよね。
恥ずかしくてオレは顔を逸らしながら言った。
「実はオレもプロポーズを今日しようって思っていたんだ」
彼女がハッと息を呑む。
「ごめん、私そんなことに気付かないで先にしちゃって」
「ううん、すごい嬉しかったからさ」
「それならさ、プロポーズもう1回やり直す? 」
「え? 」
美里さんの提案にオレは目を丸くする。
プロポーズのやり直し、それは良いのだろうか?
オレがキョトンとしていると頬を染めながら彼女が言う。
「うん、だって……私にとって修三君からプロポーズされるのが夢だったから」
夢だった。そこまで言われたらこちらも断る道理はない! 幸いここは階段があり王子様とお姫様の様にも見えるシチュエーションだ。覚悟を決めたオレは深呼吸を1つする。
「美里さん、僕は貴方の優しいところからちょっと意地悪なところまで全てが大好きです。これからもずっと幸せにします、いや2人で幸せになりたいです。だから! 」
オレはさっと片膝をついて腕を伸ばすとネックレスの小箱を彼女へと向けた
「僕と結婚してください! 」
「………………はい、喜んで」
涙を流しながら彼女はそう言うと小箱からネックレスを1つ取った。
こうして、オレのプロポーズは成功した。そしてオレが立とうとしたその時だった。
「あ」
「修三君! ? 」
足がもつれてオレの身体が宙に投げ出される。
正に幸せの絶頂にいるオレに訪れた転落人生。このままオレは下に転がり落ちて重傷で病院に運ばれて…………たまるかあああああああああああああああああ!
オレは咄嗟に階段の手すりの下の鉄の棒部分を手で掴む。するとそれによって何とか落ちるのを食い止めた。
「修三君、大丈夫? 」
美里さんが焦った様子でオレに駆け寄り声をかける。荒い息を吐きながら彼女をみて笑顔で答える。
「何とかね。これからもっと幸せな日々が始まるんだからこんなところで落ちることはできないよ」
そう言って片手でピースサインを送る。
その時だった、ガン! と下で何かが落ちる音がした。
「な、何の音だろう」
「分からない、一体何かが落ちたみたいだけどそれが何なのかは……」
そこまで言いかけてあることに気が付いた。オレは転んだとき片手に小箱を持っていた。ということは片手を手すりで掴んでいる今、ピースサインを片手で送れるはずはない!
嫌な予感がして手すりの隙間から恐る恐る下を見つめる。すると、1階に行く階段の途中に小箱が落ちているのが目に入った。
「ああああああああああああああああああ! 」
思わず絶叫する。
何てことだ、オレの分だけとはいえプロポーズ用のネックレスを落としてしまった。
「ちょっと坂田君。今の何かが落ちた音って一体何! ? 」
更に幸か不幸か偶然近くにいて音でこちらに来たらしい鈴木先生の声がする。
「ま、まずい。美里さん行こう! 」
慌てて美里さんに声をかけると立ち上がり手すりを掴みながら階段を駆け下りる。
「修三君らしいな」
そんなことを言いながら美里さんは笑いながら手すりを掴むとオレの後を追いかけてきた。
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