第63話「町のクリスマスツリー」
クリスマスイブ当日、オレは仕事を終え夜8時に車で櫻井さんの家にやってきた。
今日はクリスマスイブデートの日なのだ! 行き先は山だ。町の山の頂上にイルミネーションが施されていると母から聞いたオレは櫻井さんと相談してイブに観に行くことに決めていたのであった。プレゼントも用意してある、これは別れ際に渡すとしよう。
櫻井さんに渡すのが楽しみだ。楽しみといえばプレゼントを渡すことに一緒にイブを過ごすことに加えてまだ存在する!
櫻井さんのサンタコスだ! オレは密かにサンタコスがみたいアピールをしてきた。だから今回は恐らくサンタコスで来るだろう。楽しみだ!
「可愛いんだろうな~」
胸が弾む気持ちで櫻井さんを待った。
「ごめんね、遅れちゃって……え? 修三君? 」
「いや、オレも今来たところだから気にしないで」
現れた櫻井さんは鼠色のロングコートを着ていた。残念なことにサンタコスではない。流石に『可愛い女のサンタさん来ないかな~』では通じなかったということか……それに考えてみればサンタコスではこの冬の気温で着るのは無理があるだろう。
来年は出来れば一泊旅行に行って暖房のきいた部屋でサンタコスをみたいと言ってみることにしよう。
反省をしたあと車を動かそうと発進の動作をしている間も櫻井さんは眉をひそめながらオレのことをずっと見ていた。
「どうしたの? 」
「どうしたの? ってああこの服? 」
彼女の視線からオレの今日のコーディネートに驚いているということに気が付いたので軽く服を触りながら説明を考える。
参ったな、これを説明するにはサンタコスが見たかったと告白しなければならない。恥ずかしいけど仕方ないか。
覚悟を決めてオレは包み隠さず彼女に伝えることにした。
「実はオレさ、今日櫻井さんがサンタコスで来ることに期待してたんだ。とはいっても櫻井さんは悪くないよ、オレも遠回しに言う位だったからさ、今考えると伝わらないほうが自然かなって反省してたところなんだ。でも数時間、いや数日前のオレは通じたって思っていたからさ。櫻井さんがサンタコスで来ると考えてたんだ。それでサンタクロースっていったらトナカイでしょ? オレがソリじゃなくて車だけど運転手だからそういう意味でも丁度いいかなって思ってこれを着てきたんだ」
頭上のトナカイヘッドを撫でながら説明を終えた。
「へ、へえそうなんだ」
彼女が笑顔で言うもその笑顔は頬がぴくぴくと動いていてあまり好ましく思っていないのは明らかだった。
参ったなあ、喜んでくれると思っていたけど逆効果だったか。こうなったら仕方がない
「一応着替え持ってきてるから降りる前に着替えるよ、驚かせてごめん」
「ううん、私の方こそ合わせてもらったのにごめんね」
お互い、といっても櫻井さんは非がない気がするのだけれど謝罪してトナカイは無しという方向に決まったので山に向って車を発進させた。
「ごめんね、お待たせ」
山の駐車場に到着して車内で着替えを済ませカーキコートを羽織ると車から出て櫻井さんに声をかける。櫻井さんの吐く白い息が可愛らしい。
「行こう! 」
手袋越しに手が触れる。そのまま彼女と手を繋ぎながらツリーまでの道を歩いて行った。
歩くこと5分、ツリーのある場所に辿り着く。一本杉が華やかにカラフルにライトアップされていた。木の向こうには簡易展望台と町の夜景がチラリと見える。
「綺麗だね」
櫻井さんが見惚れて言う。こんなに綺麗なのに当日この山で過ごそうという人がいないのか時間の都合かオレ達以外は誰もいなかった。
「本当に綺麗だね」
ツリーを見上げながら答える。
「私とどっちが綺麗なのかな? 」
オレのほうをみて彼女が冗談交じりに言う、あの海岸でのことが蘇って恥ずかしくなった。
「それは勿論櫻井さんだよ」
キッパリと彼女を見つめて答える。どういうわけか彼女が目を逸らした。
「ありがとう……せ、せっかくだから展望台の夜景も観に行こう! 」
そう言うと再びオレの手を引いて展望台へと歩いて行った。
「良い景色だね」
展望台を上り夜景を眺める。彼女の言うように良い景色で小さくミニチュアのような家々の明かりが綺麗だった。
「うん、人がg……」
慌てて口を紡ぐ。
危なかった。大学時代、赤木と大学の最上階でブドウジュース入れたワイングラス片手に夜景を眺めながら言って笑いあっていたせいかついムードのかけらもない台詞を言うところだった。
「どうしたの修三君」
そんなことを知らない櫻井さんは何かあったのかと心配そうにオレを見つめる。
「いや、人が……人がゴールデンに輝くのはこうやって好きな人と素敵な景色を眺めているときなのかなって」
咄嗟にロマンチックな方向へと方向転換する。これならばあるいは……ポンと彼女の肩に手を置く。
「もう、何言っているの修三君! 」
駄目だったようで笑いながら怒られてしまった。とはいえ、当初言おうとしたことのカバーとしてはまだ軽傷で済んだ。
「ごめんごめん」
オレも肩から手を離すと一緒に笑いあった。
「そうだ、せっかくだからツリーで写真撮ろうか車の中に脚立とカメラが積んであるんだ」
頃合いなのでツリーでの写真撮影をお願いする。すると彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「どうしたの? 」
どうして写真撮影のタイミングで恥ずかしくなるのだろうか? 気になったので尋ねる。
「えーっと、そのね……」
そう言いながらコートに手をかける。
まさかこの場でコートを脱ぐ気なのだろうか、寒いのに一体どうして?
「さ、櫻井さん寒いからこの場所だとまずいよ、いやまだ心の準備が」
慌てて制止を促すも彼女の手は止まらない。オレは思わず目を閉じる。すると彼女の言葉が聞こえた。
「着てきたんだ……サンタさんの服」
「え」
目を開けるとそこにはサンタコスチュームに身を包んだ櫻井さんがいた。それをみてオレの頭が真っ白になる。
「修三君がサンタさんのお話していたからそういうことなのかなと思って着てきたんだけど……どうかな? 」
彼女が恥ずかしそうに首を傾げる。
「すっっっっっっごい可愛いよ、似合っているよ櫻井さん! 」
オレはそう言うと思我慢できずに彼女を抱きしめる。
「ちょっ、ちょっと修三君! 」
「ありがとう櫻井さん! 」
そう言ってオレはしばらくの間彼女を抱きしめていた。
「そろそろ、写真撮ろうか」
「そうだね」
名残惜しいけど櫻井さんが風邪をひくとまずいので車へと撮影器具を取りに向かう。しかし、困ったことに後部座席に三脚はみつかったもののカメラが見つからなかった。
「後部座席にないってことは助手席のグローブボックスかな? 悪いんだけど櫻井さん、中をみてみてくれないかな」
なかなか見つからないことに焦りながら櫻井さんにお願いする。
「任せて」
彼女が助手席のグローブボックスを開ける音が聞こえた。
「あ」
「見つかった? 」
彼女は答えない。どうしたのかと助手席へと向かい中を除く、そこにはカメラが入ったポーチと共に包装された櫻井さん用のプレゼントが入っていた。
し、しまった! 帰り際に格好良く渡そうとしたプレゼントを今ここでバラしてしまう羽目に! 何でよりによってカメラと同じところに入れているんだオレは!
頭を抱える。
そろそろ櫻井さんにこの包装のことを尋ねられサプライズプレゼントはおじゃんに…………あれ?
幾ら待っても櫻井さんから包装のことを尋ねられることはなかった、みると櫻井さんは突然のことに心底驚いているようだった。
もしかするとこれは棚から牡丹餅というやつだろうか? 思い切って声をかける。
「メリークリスマス、櫻井さん」
「じゃあ、修三君、これ……私への」
櫻井さんの反応で確信した。図らずもオレのサプライズは成功していたようだ。ならば彼女には悪い気もするけれどそういうことにさせてもらおう。
「うん、クリスマスプレゼントだよ」
「ありがとう修三君! ! 開けても良い? 」
オレが頷くと彼女が丁寧に包装紙を開けていく。すると中からプレゼントのスノードームが出て来た。写真かメッセージを入れるところがあるのだけれどそこには悩んだ末に書いた「大好きだよ」という文字があった。恥ずかしくて頬をかく。
「私も大好きだよ! 」
そう言って櫻井さんが抱き着いてきたのをオレは受け止め再び抱きしめた。
「喜んでもらえて良かったよ」
そう言って彼女の髪を撫でた。
サプライズも上手くいってカメラも見つかったから写真を撮ることにしよう! そうだ!
しばらくして妙案が浮かんだので提案する。
「櫻井さん、そのスノードーム写真も飾れるから今から撮る写真を飾らない? 」
「そうだね! 」
笑顔で彼女は承諾した。
「じゃあ早速」
「えっと何するの修三君」
三脚もカメラもあるのに再び後部座席に向ったオレを彼女が呼び止める。
何って決まっているじゃないか。
「せっかく櫻井さんがサンタコスをしてきてくれたんだからまたトナカイコスをしようかなって」
「いや、それは別に着なくてもいいよ! 」
彼女にキッパリと言われてしまった。
こうして、オレと櫻井さんは楽しいイブを過ごした。
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