57話「立ちはだかる中村」
オレが運転手となってから数週間が経過した。今日は櫻井さんの何回目かのお見合いの日であるため車で会場である町内のホテルの駐車場に停車する。海の近くで潮風が気持ちいい。海の近くということで夏の花火大会ではベランダから眺めることが出来る特等席スポットだ! 今度の花火大会ではホテルを取ってそこから花火を見るというのもいいなあ……
初めのころはお見合いの送迎となるとモヤモヤしたものだけれど、慣れに加え櫻井さんも毎回何故か早めに切り上げて帰ってくるので今ではこうして景色を楽しむくらいの余裕はできていた。
とはいえ、いつまでもこの状況を続けるわけにはいかない。こうしているといつか白馬に乗ったイケメンハイスペックマンが現れ櫻井さんがゾッコン! なんてことも起きうるわけだ。しかしもしオレの脈アリだと思っていた彼女の行動が思い過ごしであって全て社交辞令といったやつだったら? そう考えるとなかなか踏み出せないでいた。
ハロウィン……ハロウィンで彼女に想いを伝えるんだ!
そう自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行ってくるね! ありがとう修三君」
櫻井さんの声でハッと我に返る。彼女は車が停車したのをみてシートベルトを外そうとしていた。
「行ってらっしゃい、そういえば今日の人ってこの町の人なの? 」
送り際にふと気になったことを尋ねる。というのも今まではお見合いというと近くて隣町までは車で向かっていたので町内というのは初めてだったのだ。
何気ない問だったけれどそれを聞いた彼女は暗い顔をする。
「ごめんね、実は言った方が良いのか悩んでいたんだけど。今日のお見合いの相手、中学校のとき一緒だった修三君も知ってる中村君なんだ」
「な、中村ァ! ? 」
オレは心臓が飛び跳ねそうな気持になり思わず上擦った声になる。そんなオレに「ごめんね」と声をかけて櫻井さんはホテルへと入って行った。
「お、終わった」
オレは崩れるようにソファに倒れこむ。
オレの唯一のアドバンテージ、それは櫻井さんとこの田舎で2人きりの同期ということだった。実は中村もいたのだけれどそこは今まで尋ねられなかったので黙っていた。どうして黙っていたのかというと中村は天下の公務員に加えものすごくいい奴だからである!
成績は上位ばかりか部活は運動部で性格もよく真面目な公務員となってはもはや地方では鬼に金棒状態だ。同期の中からオレと中村どちらを選ぶかといわれたら……少なくとも公務員試験の面接官の人は中村を取った。
先ほどまで綺麗に感じていたホテルや海がぼやけて上手く見えなくなる。
こんなことなら告白だけでもしておけばよかったな、ああ、ありがとう櫻井さん……短い間だったけれど良い夢が見れ…………
「ってありがとうございました。諦められるかああああああ! 」
そうだ、公務員は譲っても櫻井さんは譲れない! ここだけは弱気になってはダメだ! 中村ではなくオレが櫻井さんを守るんだ!
自分を鼓舞するために頭をハンドルに叩きつける。
プーーーーーーーーーー
辺りにクラクションが鳴り響いた。
しまった! 打ち所が悪かったか!
慌てて頭を起こし周囲の様子をうかがうも特にクラクションを聞きつけてホテルマンや周囲の住民が駆け付けてくることもなく先ほどと変わらず静かなものだった。
「こうしちゃいられない、急がなくては! 」
櫻井さんが来るまでは自由時間だ。早くとはいっても毎回2時間はかかっていたので数十分留守にしても問題ないだろう。オレは車を発進させて目的地へと向かった。
「これで準備は万全だ! 」
最期にコンビニで目当てのものを購入し不敵に笑う。オレが買ったのは1冊のお宝本だ。それも内容は表紙を見るにハードなものだ。これを先ほどスーパーで買った車の後頭部座席のクッションの下に仕込む!
こうしておくことで櫻井さんが中村と上手くいって車に乗り込んだ時、シートの違和感に気付いた中村がシートをめくるとそこにお宝本が出てくる。中村は身に覚えがないとはいえお宝本を持った状況を見た櫻井さんからすれば誰が犯人なのかは明白! 中村は見つかるまいと必死で隠す羽目になるだろう! 一応櫻井さんに車内の内装の変化にツッコまれる恐れもあるがそれも「模様替え」と言っておけば済むだろう。完璧な作戦だ!
オレはすぐさま車に乗り込みホテルの駐車場に車を停めると後部座席のドアを開きクッションとお宝本を持ちながら中へと入る。
「しまった、中村はどっちに座るんだ? 」
迂闊なことにどちらに中村が座るのか分からないオレは後部座席のどちらのクッションにお宝本を隠せばいいのか分からないのだ!
「マズいぞ、これはマズい。間違えて櫻井さんの座る方に仕掛けてしまったらオレが犯人だと丸わかりだ! 」
頭を抱え考えた末にオレの結論は雛人形のお内裏様とお雛様で座るだろうという考えの元、お内裏様が置かれているほうにお宝本を置いた。
「悪いな中村」
これから起こることを予想し中村に詫びながら後部座席から運転席へと戻った。
「それにしても遅いなあ……」
スマホの時計を眺めると既に3時間は経過していた。
「やっぱり話が弾んでいるのかな、それともまさか中村の車で帰ったのか? いやだとしてもこの駐車場に止めてあるなら見えるだろう、それに加えてそうなった場合櫻井さんなら連絡してくれるはずだ」
まさかの置いてけぼり説が浮かび勢いよく立ち上がろうと身体を浮かせたのを直ぐにあり得ないと気付いて再び座る。
そんな不毛な上下運動をしているとホテルの玄関から2人組が出て来た。中村と櫻井さんだ! 思わずハンドルを持つ手に力がこもる。
「さあ中村よ、オレからの試練を越えてみろお! 」
車内でオレが勇ましく叫ぶのとほとんど同時だった。お互い頭を下げたかと思うと分かれてこちらへと1人で向かってきた。
「え、何? 何が起きているんだ? 」
状況が飲み込めないながらも急いで助手席のドアを開けて櫻井さんを向かい入れる。
「ただいま、待たせちゃってごめんね」
「おかえり、ななななな何話してたの? 」
嫉妬していたとは悟られないように何も気にしていない風を装って尋ねる。すると彼女はそんなオレをみてフッと笑った。
「始めは世間話から趣味とかだったんだけど今この町に誰かいないかなあって話から修三君の話になって……知らなかったよ、修三君と中村君が同じ高校だったなんて」
櫻井さんが心底驚いたように言う。そう、オレと中村は中学だけではなく高校時代の同級生でもあったのだ。
「うん、とはいえ普通の高校生活だったけど」
オレ的には有難かったけれど人に語る話としては物足りないだろう、と当時のことを思い出し車を動かしながら話すと何故か彼女は笑い出した。
「あっ、ごめんね……いや修三君、先生に片思いなんてして何もないはないよ」
「! ? 」
動揺して途中で急ブレーキをかける。
「きゃっ! 」
オレも櫻井さんもガクン、と揺れた。
「ごめん何でその話を? 」
「中村君から聞いたんだよ~」
何故か彼女は得意気だった。
確かにオレは高校1年生の時に今までの先生の「こんな問題も分からないのか」という反応とは違い若い女の先生が数学を丁寧に教えてくれるので頑張ろうと休み時間になると意欲的に問題を解いて分からないところは質問をしに行った。その行動のせいかオレがその先生に片思いをしていると広まってしまったようなのだ!
そのせいかその年に先生は離任することになったのだけれど離任式の時は「元気出して」といった励ましの言葉をクラスメイトから貰うなんてことになった。更に困ったことにその噂は他の先生にも広がっていたらしく、次の年数学の成績が急降下したオレに対し新しく担当するtことになった数学の先生に「あの先生がいなくなったからか、元気出せ」と励ましの言葉を貰った。
とはいえその話は誤解なのだ! 前述のとおり丁寧に教えてくれる数学の先生が有難かったというだけで尊敬はしているけれど恋心を抱いているということはない!
その旨を彼女に伝えると「素敵な先生に出会えたんだね」と微笑んでくれた。
櫻井さんの笑顔を見て何故だろう、この話をして先生が恋しくなったのか彼女の笑顔が美しかったからか目が潤んできた。そしてその原因が分かった、オレが真剣にここまで先生の話をしたのが初めてだったからだ。加えて櫻井さんは先生のことを「素敵な先生」だと言ってくれた、それらのことが嬉しかったのだ!
「ありがとう、車動かすよ」
オレはそう伝えると車を発進させた。
しかし
キキィィィィッィィイ!
あるものが目に入って再びブレーキペダルを勢いよく踏む。
「こ、今度はどうしたの? 」
櫻井さんがビックリした様子で尋ねる。しかし、オレにはその事情を話すことが出来なかった。
オレが買ったお宝本がッ……シートからはみ出てミラー越しに丸見えだったのだ!
まずい、この状況でお宝本が見つかったらすぐさま持ち込んだのがオレだとバレてしまう! しかもよりによって表紙はとてもハードなやつ! みつかったら櫻井さんに幻滅されてしまうこと必須だ!
「ごめん。な、なんでもないよ! ちょっと目の前にカブトムシが見えた気がして」
咄嗟に口に出すも秋真っ盛りのこの季節に何を言っているんだオレは。櫻井さんは眉を顰めるもそれ以上の言及はしなかった。
ハプニングもあったけれど、このあとオレは無事櫻井さんを家へと送り車内清掃の時にお宝本もこっそりと回収したのだった。
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