第56話「新社会人の1日 後編」
10時20分 スーパー到着
「じゃあ、オレ待っているからゆっくり買い物をしてきて」
車から降りようとしている櫻井さんに声をかけると彼女はキョトンとして尋ねる。
「修三君は今日はお買い物しないの? 」
「いや、オレは今仕事中だから」
「別にいいよ、むしろ一緒にお買い物してくれないと私が困るんだけどなあ」
どうやら彼女に気を遣わせてしまったようだ。そういうことならお言葉に甘えさせてもらうとしよう。オレはその旨を彼女に伝えると帽子を脱ぎ車から降りた。
11時30分 帰宅
買い物を終え櫻井邸へと帰宅する。櫻井さんの厚意で買い物ばかりか買ったものをしまうために家に寄り道までさせてもらって頭が上がらない。
車内清掃を済ませた後に櫻井さんの部屋へと向かうと彼女はソファに座ってテレビでワイドショーを見ていた。
「修三君、みてこのスイーツ美味しそうだね! 東京かあ」
物欲しげに画面に映っているスイーツをみる櫻井さんの姿は可愛かった。
12時15分 昼食
櫻井さんがテレビを観ているのを見ていると彼女のスマホが突然「パイン! 」となった。それをみた彼女はすぐ返事をしたようだった。すると彼女はオレの方を振り返って言う。
「ご飯できたみたいだから行こう」
「うん、でもどこに? 」
「リビングだよ、そっか修三君は初めてだったね」
そういえば、斎藤さんに色々教わっていた時は午前か午後の空いている時だったから昼食を一緒に食べることはなかった。しかし一緒に向かうことはできない。
「ちょっと待って、弁当取ってくるから」
オレは弁当を取りに行かなければならないのだ!
「え、修三君お弁当持って来たの? 」
櫻井さんが首を傾げる。
「うん、買いに行くのも面倒だから作ってきたんだ」
それを聞いた彼女はしまったというように手で口を覆う。
「ごめん、言ってなかったよ、運転手さんも私たちと一緒にコックさんが作った料理を食べるんだよ」
「え、そうなの? 」
「お昼まで頂けるとは何という素晴らしいことだろう! 」と内心喜ぶオレに反して申し訳なさそうに頷いた。
「お弁当、持って来たんだよね? どうする? 」
「せっかくだから弁当は家で食べることにしてお昼を頂くよ」
そう答えると彼女の後についてリビングへと向かった。
リビングには白いテーブルクロスの掛けられた長机に等間隔で向かいあう様に6つの椅子が置いてあった。部屋の隅に6個ほどの椅子が置いてあったので最大12人までこのテーブルで食事ができるのだろう。そのテーブルの上には隣り合う様に2人分の栗ご飯と具の沢山入った豚汁に豆腐ハンバーグにマカロニサラダが置かれていた。
お昼から豆腐ハンバーグに豚汁だと! ? さ、流石コックさん。オレの日替わり弁当(夕飯の残り物次第)とは次元が違う! 正直ここでフランス料理とか出てきたらナイフとフォーク以外のマナーを調べていないので真仁さんもしかしたら櫻井さんの父親の前でマナーも分からないなんてなったらどうしようかと心配していたけどこれなら日本食なら箸で済むから大丈夫……のはずだ。
「あれ、そういえば2人分ってことは真仁さんは今日は出かけているの? 」
昨日はこの時間にいたのでてっきり家にいるはずだと思っていたのに2人分しかないことが気になったので尋ねた。
「うん、コックさんは私たちが食べる前に食べてお母さんもお父さん程じゃないんだけど忙しくてね、あまり帰ってこないんだ」
そう答える声はどこか寂しげだった。
「そっか、悪いこと聞いちゃったな」
オレの両親も共働きで家に帰ると誰もいない、なんてことはよくあったけれど櫻井さんの言い方からするに何日も帰ってこないという状況の様だ。オレが言葉に詰まったのを見ると
彼女が首を横に振って言う。
「ううん、そんなことないよ! コックさんや斎藤さんがいたから寂しくなかったから」
それを聞いたオレはさも閃いたとばかりに手をポンと叩いて答えた。
「もしかして櫻井さん、それで斎藤さんのことが……」
そう言うと彼女は冗談と受け取ってくれたのだろう。「もう」と頬を膨らませた。
13時15分 勉強
「午後はどうするの? 」
昼食を頂き櫻井さんの部屋に戻ったオレは尋ねる。
「今日は予定がないからお勉強かなあ」
そう言うと彼女は何やら難しそうな本とノートを開いた。
「これは何の本なの? 」
「お父さんのお仕事の本だよ、私も勉強しておかないとね」
そう言うとオレに意味深な視線を向ける。
「修三君も一緒にこの本のお勉強しようよ! 分からないところは私が教えるから! 」
彼女に促され本を1通り読み終える。
「分からないところと言っても……全部かな」
彼女の持っている本は難解で最初の前書きを覗きよくわからなかったのだ。
「じゃあ全部教えるね、最初に分からなかったところとか分かる? 」
彼女が真剣な顔で尋ねるのでオレは最初のページから数ページめくり該当箇所を指差した。
「ここね、了解、ここはね……」
こうして、オレは櫻井さんと一緒に勉強をした。
16時45分 勤務終了
勉強をしていると「ピピピピピ」とタイマーが鳴り響いた。櫻井さんが顔を見上げる。
「時間だよ、修三君」
勤務終了の時間だ。櫻井さんは休日にお見舞いが入っているので半日出勤があるため平日は短めの勤務時間となっているらしい。こうして17時に勤務が終わり……
「待ってまだ15分早いよ! 」
勢いよく立ち上がる。
「修三君は晩御飯の用意があるんだよね? だから早いけどもういいよ」
「でもそれじゃ悪いしもう少し……」
櫻井さんと一緒にいたいかなあ……と期待の視線を向けるも彼女は首を縦には振らなかった。
「続きは明日ね、楽しみにしてるね! 」
こうして、オレの勤務初日は終わりを告げた。自転車を引きながら門を開き外へ出ると自動的に門が閉まる音を聞きながら空を見上げる。
…………これでいいのだろうか?
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