第39話「書類選考、そして……」

 櫻井さんとのレストランデートも完食し無事円満に終わり迎えた私立大学職員の合格発表当日、オレはパソコンの前で画面とにらめっこをする。


 大学から結果が送られてくる時間になってからオレはずっとF5キーを連打して何度も何度も更新をしてメールが来るのが今か今かと待ち構えていた。


 OBだから書類選考位は通るだろう、なんて楽観視はしたもののやはり結果は気になるものだ。それにしても時代が時代ならポストの前を右往左往することになっていたのだろうけれどそれを考えると良い時代になったものだ。


 パソコンの側にはクラッカーがある。書類選考が通った際にはこれをならそうと決めていた。


「大丈夫だ、TOEICでは600点を取り職務経歴書は職務の代わりに動機と自己PRをみっちり3枚分書いた。イケる、そしてWEBテストで高得点からの面接で内定だ! 」


 自分を励ますためにもこれからのことを口に出し再確認する。するとその時、1通のメールが届いた。急いでマウスでカーソルを合わせクリックしてメールを開く。するとメールの1部分が視界に飛び込んできた。


【ご期待に添いかねる結果となりました】


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! よっしゃあああああああああああああああああ! ! 」


 オレは思わず椅子から立ち上がり雄たけびを上げる。そしてクラッカーを手に取り紐を引っぱった。パーン! と大きな音とともに華やかな飾りが部屋に放たれる。


 期待に添えかねる……難しい言い回しだが2重否定というやつだろう。期待に添う結果というのを否定して…………


「あれ? 」


 単純に期待に添えないということはダメだったということじゃないのか?


 クラッカーを机に置き椅子に座りパソコンの画面をみてメールを再確認する。するとその前に【誠に残念ながら】という文字が確認できた。


 汗が体中から噴き出る。気付くとオレは「期待に添えかねる結果」で検索をしていた。


 出てきたのは……この言葉はお祈りメールで良く使われているという事実だった。そんなにこれまで就活をしたわけではないのでこの表現でのお祈りメールには気付かなかったのだ。


「あ、あ……」


 ということはオレは…………書類選考落ち! ?


「あへえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! ! ! ? ? ? ? 」


 勢いよく椅子から転がり落ちる。それと同時にオレの想像していたランチに学食を食べ元気な学生たちを暖かな目で見つめつつ陰で支えていくという予想していた大学職員の夢も崩れ去った。


「ちくしょう! オレは……オレは大学のOBだぞ! 」


 捨て台詞にしても余りにも心もとない台詞を吐く。考えてみれば採用は若干数と1人か良くて2人と言ったところだろうし待遇が良い職業というのが知れ渡っているということから新卒は遥か上の偏差値トップの大学から我が母校の成績優等生まで、既卒では即戦力となり得る企業からの応募があったのかもしれない。


 そう考えると書類選考で落とされるというのも理にかなっているのかもしれない。


 理にかなってはいるが……納得はできない!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! 」


 オレは雄たけびをあげて部屋を飛び出し玄関で靴を履き走り出す。目的地は…………海だ!


 海への道をひたすら走ると交差点が見えた。こういう時に限って信号が赤だった。


「信号ごときにオレの走りが止められてたまるかあああああああああああああああああ! ! ! 」


 オレは決死の想いで信号機に近付き左折した。遠回りになるがこの先にまだ幾つか信号がある! その中のどれかは青信号のはずだ! !


 オレの判断は正しく1つが青信号だったので渡る。そして海を目掛けて一直線に走って行った。


「せめてWEBテストは受けさせてくれえええええええええええええええええええええええ! ! ! ! ! 」


 海に到着したオレは息の続く限り叫ぶ。「三内丸山遺跡」とか何度も書いて覚えたのに無駄になってしまった。落ちたのがWEBテストの点数が悪かったとかならわかるけれどオレが提出したのは履歴書と職務経歴書と作文だ。


 いや、職務経歴書が実質動機と自己PR記入欄としてしか扱わないのだったらいっそ書かないほうが良かったのか? それとも作文で頓珍漢なことを書いてしまったのだろうか? そもそも大学時代の成績が普通な時点で終わり?


 具体的にどこがダメだったのか指摘してもらえないのは辛いところだ。それより…………


「これからどうしよう……」


 手頃な岩を見つけて座り込む、これからのことを考えないといけないのだ。この海の広さと比べたら就職なんて小さな問題だ、とは今のオレには言えない。


「公務員も面接で落とされたんだからまた受けても面接担当の人が同じ限り望み薄だよなあ、何か良い考えないかなあ」


 オレがそう呟いた時だった。


「やっほー修三君、さっき叫んでいたけどどうしたの? 」


 気付くと隣に櫻井さんが座っていた。


「さささささ、櫻井さん! ? いつからそこに! ? 」


 飛び跳ねるように立ち上がる、そんなオレとは対照的に彼女は落ち着いて人差し指を立てながら口を開く。


「えーっと、公務員も望み薄のあたりかな? ひょっとして就活してたの? 」


「流石櫻井さん鋭いね。その通りだよ、オレは就活をして今日書類選考落ちしたんだ」


 もはや隠し通せないと正直に告白する。


 本当は「内定もらったからオレと一緒に来てくれ! 」って格好良く決めるところだったんだけどなあ。


 ザザーン、ザザーンと波の音だけが響く。しばらくして櫻井さんが口を開いた。


「それは残念だったね、それなら修三君さえよければ……」


「よければ? 」


 オレは先を促す。彼女は何を言おうとしているのだろう?


「…………私の運転手になってくれないかな? 」


「え? 運転手? 」


「うん、実は斎藤さんがね……もう年齢が年齢だから数を減らしたいなって言ってて。修三君にお願いしたいなって思っていたんだ」


 彼女は続けて時間や給料の話をする。全ての企業を知っているわけではないがなかなかの好待遇だった。何より櫻井さんと一緒にいられるというのが良い! このまま2人で幸せという目的地まで全速全身したい! !


「オレで良ければ喜んで! 」


 オレの気分は有頂天からどん底へ叩き落され再び有頂天へ、人生というのは何が起こるのか分からないものだ。


 しみじみとそう思った。



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