第36話「漢の闘い」

「できた! できたぞ! 」


 書き上げた小論文をまじまじと見つめる。大学職員の書類選考締め切り数日前、ここまでギリギリまでブラッシュアップしてきた! 長文が書けず短文になるというのがオレの悩みだったけれどいざ短く纏めなければならないとなるとなかなか上手くはいかないものだった。


 しかし、小論文の流れとして一例もある問題提起→反対意見→自分の意見→理由→結論という順番になっている。文字数も最後の行までぎっしりとバッチリだ!


「あとは……」


 書き上げた履歴書、書くことがないから自己PRと志望動機で埋めた職務経歴書、そして1通のTOEICと記された封筒を順番に視線を移す。


「TOEICで何点取れたかだな……」


 届いたばかりの封筒を手に取る。この1通の封筒に記されたオレの点数によってオレの心情は大きく変わることだろう。職務経歴がない点を考えるとここで高得点をあげてアピールをしたい!


「いざ! 」


 ハサミで中の紙を切らないように端からチョキチョキと切っていき中の用紙を取り出す。


「こ、これは……」


 想像以上にカラフルな紙を手に困惑する。


「公式教材の宣伝の紙じゃないか! 」


 オレはその紙を勢いよく机に叩きつける……のは忍びないのでソッと机に置いた。しかし、2択を外したと考えると先行きが不安になる。


「それでは気を取り直して……」


 もう1枚の紙をゆっくり……ゆっくりと取り出す。


「こ、これは……認定証の見方の紙だと! ? ということは……」


 何と、中に紙は3枚あった! そう、宛名が記された紙だ! ! これこそがスコアが記された紙だったのだ! ! !


「てことはオレは3択を見事に外したということになるのか」


 げんなりとしていっそ一思いに! とグイっと引っ張りタメもなくスコアを見た。すると視界にイケメン……ではなく普通の顔で真顔の男の写真と共にリスニング、リーディング、そしてトータルスコアが視界に入る。


 トータルスコアの所には………………600と記されていた。


「よっしゃあああああああああああ! 」


 周囲に誰もいないことをいいことに大声で叫びガッツポーズをする。


 600! 600だ! 念願の600だ! !


 オレは胸を張って履歴書のTOEICの欄に「600点」とでかでかと記入した。そのまま宛名を書いた封筒に履歴書、職務経歴書等の必要書類を挟んだクリアファイルを入れて封をして郵便局で簡易書留で送った。


「よし、これで次はWEBテストだ! やってやるぞおおおおおおおおおおおおお! ! 」


 櫻井さんとのデパートデートでWEBテストの参考書は買っておいた。しかし、形式がSPIなのか玉手箱なのか分からないので両方やりつつ一般常識の勉強もするというなかなかにハードワークな気もするがWEBテストで高得点を取らないと次はないだろうのでやるしかない! ゴールはすぐそこにあるのだからあとはそこ目掛けて進むだけだ!


「とはいえ、少しぐらいは休んでもいいかな」


 丁度、近くの書店から良い本が入ったと電話があったので出かけがてら早速取りに行こう! とオレは書店へと向かった。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「ふふふ、こいつはなかなかいいものが手に入ったぞ」


 オレは書店で購入したお宝本を両手で抱え店を出る。店長がオレの好みは全て知っている! ……というのは言い過ぎだが大体の見当はついているというところだろうか。昔は漫画で挟むハンバーガー買いをしていたのだけれど今ではその必要もなくなった。こういう人と人との繋がりは田舎の強いところだ!


 店のドアを開き外へ出る。普段は何でもない帰路もお宝本を買った時だけは誰にも見つかってはいけないスニーキングミッションのように感じる。青い空から道路を走る車、すべてに油断できない。


 ……ミッションスタートだ!


 いつも以上に静かに、かつ小走りで駐輪スペースにある我が愛車の元へ向かう。その時だった。


「やっほー! 修三君、奇遇だね」


 すぐさま振り向くと車から降りた櫻井さんが手を振っている。


 ミッション失敗だ! しかもよりによって櫻井さん! いっそ気付かない振りをして逃走……はもう手遅れか、ならば……


 オレは咄嗟に紙袋を持ったまま両手を背中に回す。これでバレることはない!


「いやー、櫻井さん偶然だね! 今日はいい天気だね~」


 そう言いながらバレないことを祈りつつ両手を後ろでクロスさせたまま彼女の元へと歩いて行った。


「今日はどうしたの? 何か良い本買えた? 」


「ええっ! ? 何でそのことを! 」


 エスパーなのか彼女は! オレはギョッとして声が思わず上擦ってしまう。


「何でそんなに驚いてるの! ? 修三君が紙袋持っているのが見えたから何買ったのか聞いただけだけど……」


 やられた……! 流石櫻井さんカマをかけるのが上手だ。しかし、今回ばかりは見つかるわけにはいかない!


「バレちゃったか~、実は少年誌を買うのが趣味なんだけどこの年で買ったところをみられるのが恥ずかしくて」


 オレは半分本当で半分嘘をつく。こういうときは仄かに真実を混ぜると真実味が増すというやつだ。たまに付録目当てで少年誌を買うという経験がまさかここで生きてくるとは! お宝本を数冊購入したのも幸いして厚さは少年誌位になっているし完璧だ!


 それを聞いて彼女は


「なんだそっか~修三君カラオケでOP曲歌っていたからそうなのかな~と思っていたけどやっぱり特撮好きだったんだね」


「えっ! ? 」


 予想外の返しに頓狂な声を出す。


 まさかのカラオケでオレが歌った曲から特撮好きがバレていただと! ? 有名だからバレないと思っていたのに……


 とはいえ、櫻井さんは引いた様子もないし結果オーライだろう、彼女が気にしないのならむしろバレて良かったのかもしれない。


……しかしこれだけはバレたらマズい! 何が何でも隠し通さなくては! !


 オレは紙袋を持つ手に力を込める。それはそうとして……


「櫻井さんのお陰でTOEIC600点取れたよありがとう! 」


 お礼はちゃんと言っておきたかった。


「600点! ? 凄いね修三君! 」


 彼女の800点越えと比べるとそんなに凄くはないだろうに喜んでくれるとオレも嬉しくなる。


「お礼といってはなんだけど今度そこのレストランでご飯とかどうかな? 」


 そのままお礼と称して次のデートに誘ってみる。すると彼女は慌てて首を横に振った。


「お礼なんていいよ、でもあそこのレストランは最近行ったことがないから行ってみたいなあ」


「櫻井さんもそうなんだ! 実はオレも最近行かないからいってみたいな~なんて……」


 同じなのが嬉しくて照れ隠しのために頭を掻く動作をしようとすると手に紙袋を持っていることを思い出した。


 しまった! 話に夢中になってて紙袋の存在を忘れていた! !


 慌てて紙袋を後ろに引っ込める。白い紙袋なので目を凝らせば中身が透けて見えてしまうのだが間に合っただろうか?


「それじゃあ、オレはこれで! 詳しいことはスーパーやメッセージアプリの『パイン』で話し合おう! 」


 こういうときは逃げてしまうに限る! オレは素早く愛車に近付き紙袋を籠に入れて鍵を鍵穴に差し込みロックを解除しサドルに跨る。


「修三君! 」


 その様子を黙ってみていた櫻井さんが何かを決心したような声で呼び止めた。オレは返事に困り答える代わりにゆっくりと彼女の方を振り向く。彼女は胸にあてていた手でギュッと握りこぶしを作って続ける。


「修三君は制服とか好きなの? 」


 制服……? そういえば今日買ったお宝本の中に制服のやつもあった気が……てことは……


 ……見られたああああああああああああああああああああああああああああああああああ! そりゃオレだってそんな彼女と高校時代に一線を越えてしまうみたいなことに憧れがあったりするよ! でもそれがよりによって櫻井さんにバレるなんて穴があったら入りたい! ! どこか近くにマンホールはなかっただろうか! ?


 すっかり目が泳いでいるオレに気付いていないのか更に彼女は続ける。


「良かったら修三君と2人で制服を着て夢の国に行きたいかな……なんて」


「え……夢の国? 」


 予想外の反応に目が点になる。制服で夢の国! ? そんなのオレの中での憧れの1つで断る理由がない! オレはブンブンブンと勢いよく首を縦に何回も降った。しかし、その時に赤木の言葉を思い出した。


「リア充は制服で夢の国とか行ってるけど全身コスプレはハロウィン以外禁止なんだよ畜生! 」


 確か赤木はそんなことを言っていた。ならばハロウィンなら良いということか!


「それなら、ハロウィンの日で良いかな? 」


 その旨を伝えて最終確認をする。すると彼女は満面の笑みで頷いた。


「じゃあね、櫻井さん! 」


「うん、またあとでスーパーでね」


 彼女に手を振って自転車を漕ぎ始める。数秒漕いで振り返ると彼女はまだ手を振っていたので振り返した。家に帰ってから確認したのだけれど制服コスプレものは真ん中に挟まっていたのでどうやらお宝本を買ったことがバレたわけではなさそうだ。良かった良かった。


──それにしても、櫻井さんと制服で夢の国だなんてハロウィンが楽しみだなあ。

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