第35話「パンケーキ」

「お待たせしました、アイスティーのMサイズとティラミス、パンケーキと……ホットコーヒーブラックのMサイズとなります」


 しばらくして店員さんが注文通りの品物を持ってきた。コーヒーの時にクスリと笑った気がするのは気のせいだろう。


「じゃあ、頂こうか!」


 そう言いながら右手にナイフを、左手にフォークを持つ。


 パンケーキを切る時はナイフを利き手で持ちフォークはもう片方の手で持つ、更に一度に切るのではなく食べる毎に切っていきフォークの持ち替えは上品ではないため行わない。


 オレはこの時に備えてバッチリとマナーを調べておいた。加えてナイフを置くときはナイフの刃をフォーク側に向けるようにしつつ食事中は「ハの字」、終了時は国によって変わるらしいけど4時の方向に置く人が多いらしいのでそれでいく予定だ。


「美味しそうだね~それにしても修三君、こんなに可愛いパンケーキを注文するなんて女子力高いね~」


 櫻井さんがパンケーキとオレを交互に見て冗談交じりに言う。


「前に赤木と専門店で食べたのが美味しくてさ、それにパンケーキとホットケーキの違いはね、パンケーキは生地が薄くて他の料理と組み合わせて食べられるから食事用、ホットケーキは生地が厚めだからオヤツ用なんだって」


 何か恥ずかしかったので言い訳のように理由を述べた後に調べておいた知識を披露する。


 しかし、櫻井さんはオレのうん蓄は聞こえていない様子で何故かムッとした表情で言う。


「…………赤木さんって誰? 」


「ああごめん、赤木は大学時代のオレの友達なんだ」


 男2人でパンケーキを食べにいって女性客は勿論カップルで来店していた男性客にまで変な目で見られる、とあの出来事は思い返すと余計に恥ずかしくなるから言わないほうが良かったかな?


「へえ~、2人は仲良かったんだね」


 櫻井さんが笑顔でいつものように穏やかに言うので釣られて笑いそうになるも改めて彼女の表情をみて固まる。


 ──目が笑っていない。店内のBGMの印象が優雅な曲という印象から静かながらも恐ろしい曲という印象に変わる。


 まずい! あまりに酷すぎて引かれてしまった! ? これはここからどうやって挽回すれば良いんだ?


 オレが額に汗を浮かべながら名誉挽回、汚名返上の一手を考えている間に彼女が口を開く。


「それで、赤木さんってどういう女の子なの? 」


 ………………え? 女の子? あの赤木が? 知らなかった……じゃなくて


「違うよ櫻井さん、赤木は男の子だよ! 」


 手をブンブンと振って否定する。すると彼女は頬を両手で押さえながら


「ごめんね、勘違いしちゃった」


 と謝罪した。てっきり男同士で行ったことに関して弄られると思っていたからこの反応は予想外だったけれど巷では「男の」という言葉もあるのでそこでまた拗れてしまわずに済んだことを喜んでおこう。


 ホッとしたその時、櫻井さんのとある言葉が脳裏に浮かぶ。


「美味しそうだね」、これは確か赤木によると「1口くれないかな」という意味だそうだ。つまり櫻井さんはパンケーキを1口食べてみたいということか!


 考えてみれば2人それぞれが別メニューを注文した時赤木とは1口ずつ交換とかやっていたな。相手が櫻井さんとなると恥ずかしさはあるけれど────これは一気に距離を縮めるチャンスでもある!


「よし! 」とオレは気合を入れてナイフでパンケーキを小さく1口サイズにカットしてフォークに刺したパンケーキを彼女の口に近付けた。


「櫻井さん、あーん」


「……え! ? 」


 彼女はキョトンとしている。その様子を見てオレは冷や汗をかいた。


 やってしまった…………実質間接キスにもなってしまうしマズかったか。ここまでマナーを守るように心がけてきたのにもはやテーブルマナーもへったくれもない! 大人しく赤木の時みたいに彼女のフォークで取ってもらえば良かった。


 まだ春だというのにTシャツに汗がじわりと滲む。フォークを持つ手が震える。


 ……そうだ! 昔テレビで観たようにここから勢いよく引いて自分で食べて「冗談だよハハハ」、これでいこう! !


 そう決意してフォークを引こうとした時だった。


「あーん」


 パクっと彼女が口を開けてパンケーキを食べた。


「ありがとう、このパンケーキ美味しいね修三君! 」


 良かった、引かれたわけじゃなかったんだ。


 ホッと胸をなでおろす。すると今度は彼女がティラミスをフォークにのせてオレの口元へと近づける。


「お返しだよ、修三君あーんして」


 ……間接キスを嫌がるどころかお返し! ?


「ありがとう、それじゃ遠慮なく」


 高まる胸の鼓動を抑えながらティラミスを頂く。


 ふむ、これは…………


「すっごい甘酸っぱくて美味しいよ」


 間接キスとはいえキスの味が甘酸っぱいというのは本当なんだなあ……と感心していると


「ティラミスだよ! ? 」


 と笑いながら頬を赤く染めた彼女に鋭いツッコミを貰った。


「そうだ、このあと何処に行こうか? 」


 赤木の件と違って間接キスを意識していたなんて話すのは恥ずかしいので急に話題を変える。というか、当初からここでこれからの行き先を決める予定だったのだ! デートの序盤から「あーん」とかやって仮にドン引きされていたらどうするつもりだったのかと自分に問いたい。


「うーん、せっかくだから本屋さんに行ってみたいなあ」


「本屋さんね、OK! 」


 よし、『話題変えちゃおう作戦』成功だ! それに本屋はオレも書類選考後のWEBテスト用の本を見て回るのに最適だ! 一応地元にも本屋はあるのだけれど高校の参考書すら数学を例にすると黄チャート青チャート位しか置いていないものだから数は期待できないし大きな本屋で中身をみながら決めるに越したことはない!


「あとね、お洋服も見て回りたいな、私の分と久しぶりによければ修三君の分も! それからせっかくのデパートだから食品もここで買ってあとは…………」


 かなり多いなあ……しかし、上目づかいでお願いされたら断れない!


 こうしてオレは櫻井さんとお買い物を楽しんだのであった。


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