第25話「プリクラ上級者」

 オレはそんな彼女を慌てて引き留める。


「櫻井さん、プリクラは! ? 」


 そう、プリクラだ! 彼女の気が変わって撮るのを止めたというのならそれでも構わないのだがそれはその旨を口頭で聞いてからだ。万が一にも忘れている可能性を考慮して声をかけてみる。すると彼女はピタリと止まりこちらを振り向いた。


「ごめん、忘れてたよ。プリクラ撮りに行こう! 」


 どうやらその万が一だったようだ。そのせいか彼女の頬は赤く染まっていた。



「どっちが良いのかな? 」


 プリクラの前に着いたオレは彼女に尋ねる。何とどういうことかプリクラが2つあったのだ! どちらも同じ機種ならば迷わなかったのに違う機種のようだ!


「う~ん、どっちが良いんだろう」


 これには櫻井さんも首を傾げていた。


「よし、じゃあこっちにしようか! 」


 悩んでいても仕方がないので手前の方に2人で入る。中はノートPC位の液晶パネルがあってその脇に2本のタッチペンがついていた。背後は白1色となっている。


「中はこんなふうになっていたんだ」


「修三君はプリクラ撮るのは初めて? 」


「初めてかもしれない」


 思えばオレはプリクラをみたことはあるが、外からだと中の様子は綺麗な女性の写っている幕で覆われていたため見ることができず入るのは今回が初めてだった………………ような小学生位の時に母親と撮ったような。直近のプリクラに関するエピソードでは1度大学時代に赤木と2人で入ろうとしたことがあったのだが「女性がいないと男性は撮影不可」という注意書きがあったので断念したことがある。


 ………………つまりリア充しか入れない空間という訳だ!


 そう考えるだけで興奮するのに撮影相手が櫻井さんとあっては興奮のあまり手が震えて100円硬貨もなかなか入れられない。


「修三君、私もお金払うよ! 」


 という彼女を「良いよ、これくらいオレが出すよ」というまでは良かったのだけれどこれは思わぬ障害だった。


 やっとこさ、お金を入れて遂に撮影が始まる。すると櫻井さんがこちらを向いた。


「ポーズはどうしようか」


「大丈夫、考えてあるから! 」


 オレは自信満々で答える。


 正直、ここでハグをしようと提案しようとも思ったのだけれど明日はお家デートとあっては「ハグしちゃお計画」は明日に回した方がいいだろう! ここは確実に颯爽とポーズをして格好いい頼れる男をアピールする! !


 両手にグッと力を入れ握りしめる。


 まずは、オレが覚えた中で上級者らしきポーズをして頼れるプリクラ上級者アピールをして櫻井さんのハートをガッチリとキャッチだ!


 そう決意するとオレはすぐさま握り拳を解いてピースを作り片方を顎の下に、もう片方を逆さまにして額周辺につける。そのまま彼女の方を向いた。


「これでいこう櫻井さん」


 彼女はオレの姿を見てポカンと口を開けていた。


 ふふ、あまりのオレの手際良く上級者のポーズをするものだから驚き感心しているんだろうな。


 オレが内心頼りある男アピールに成功したことに喜んでいると彼女が口を開いた。


「うん、それでいこうか。そのポーズ良く知っていたね本当に初めて? 」


 しまった! さっき初めてみたいなこと言ってしまったじゃないか! 何が上級者だ! !


「すみません、さっき調べました」


 正直に告白する。


「そっか、でもそのポーズは修三君には………………でも修三君がそれでいいならいいかな、それで撮ろう! 」


 彼女は凄い悩んでいたものの最後には承諾してオレと同じポーズを撮った。


「次はどういうのが良いのかな? 」


 撮影が終わった後で彼女がオレに尋ねる。


 良かった、さっきの反応からまた何かやってしまったのかと心配したけれどちゃんとこうやって頼ってくれているし問題なかったみたいだ。


「じゃあ次はね………………これで行こう! 」


 すっかり安心して自信を取り戻したオレは両手を開いてそれぞれの指と指をくっつけて耳の上に置く。動物の耳のポーズだ!


 それをみた櫻井さんは「うん」と快諾しそのポーズを取った。


 繰り返すこと数回、写真の撮影が終わると櫻井さんがタッチペンらしきものを取る。


「修三君もやろうよ! 」


 それを聞いて首を傾げた。


 何が始まるのだろう?


「ごめん、修三君初めてだったね、ちょっと見てて。ここをこうやると……ほら! 」


 驚いたことに2人の目が一気に大きくなった。他にも彼女が字を描くと写真に写り笑顔や花、ハートのスタンプなんかもある。


「楽しいよ。やろう? 」


「いや、オレはいいかな」


 正直、写真とかで自分の顔をみるというのはあまり好きではなかった。集合写真とか卒業アルバムを見返す時は素早く自分の顔を隠すようにしているオレにとって自分の顔をまじまじと見つめながら何かをするというのはできれば遠慮したい。


「へえ、じゃあ私が何してもいいんだね? 」


 櫻井さんが意地悪く笑う。


 この笑い方は、何かよからぬことを仕掛けてくるときの笑いだ。


 オレはこれまでの経験からそれを悟り何をするのだろうかと彼女を固唾を飲んで見つめる。


「ここでこうして、こうで…………こう! 」


 何を企んでいるにしても彼女が楽しそうに何かをしている姿をみれて満足だ。


 オレは出来てからの楽しみにしようと編集しているプリクラが見えないように後ろに下がって楽しそうにしている彼女の背中を眺める。


「できた! 」


 やがて彼女が大きな声をあげて手招きする。オレは導かれるまま彼女に近寄りプリクラをみた。


「! ? ! ? ! ! ? ! ? ! ? ! ? ! ? ! ? ? ? ? ? ? ? ? ? 」


 驚きで言葉が出ない。何とプリクラには「デート中」と可愛らしいことが書いてあったのだけれど問題は写っている人の方だった。プリクラには櫻井さんともう1人、女の子らしき人物がいた。言うまでもなくオレだ!


「い、今のプリクラって凄いんだね」


 オレは何とか言葉を紡いで櫻井さんに話しかけるとニヤリと笑って答える。


「そうなんだよ、ごめんね、修三君のポーズが可愛らしかったからつい! 」


「でも、プリクラなんだからああいうポーズするのが普通じゃないの? 」


「郷に入っては郷に従え」という言葉があるので撮り慣れた上級者であろうポーズを真似したのだが何か間違っていたのだろうか?


 オレがそう言うと、彼女は「うーん」としばらく唇に指をあてて悩んだ後にスマホを取り出した。


「これね、私の学部の友達のアイコンなんだけど、前男友達もいる中大勢で撮った写真なんだけどね」


 そう言って櫻井さんが見せたプリクラの写真の男性は照れた顔を浮かべつつもピースをしている人ばかりだった。


 それを見て恥ずかしくなり、顔が熱を帯びる。


 おそらく、この手の編集するやつには編集をリセットするところがあるはずだ! いや、それ以前に撮り直しをしてしまえば………………


「えいっ! 」


 オレがそう考えるや否や櫻井さんが編集完了の部分らしきところをタッチする。


「あっ………………」


 オレの足掻きも空しくプリントが開始される。しばらくすると証明写真のように取り出し口からシートが出てきた。


 それを取りちらっと見る。


 流石は櫻井さんだ、動物の耳のポーズにはペンで耳らしきものを描いてある。しかし、2人分だから同じ写真が2つずつあるというのは血みどろの争いになるかもしれないのを防ぐ嬉しい気遣いだと思う。


「あれ………………」


 しかし、あることに気が付いた。


「どうしたの修三君」


 彼女が固まってしまったオレを心配してか声をかける。


「大変だよ櫻井さん、このシートプリクラは2人分あるけど切り取れない! 」


 そう、証明写真のように出てきたシートは証明写真のようにハサミがないと切り取れなかったのだ!


「今すぐ買ってくるから斎藤さんと車で待ってて! 」


 幸い、ここはスーパーなので買えば何とかなる!


 彼女に買ってくる旨を伝え2階に向おうとした時だった。


「大丈夫だよ修三君、私ハサミ持っているから」


 そう言って彼女はバッグからハサミを取り出した。


 何ということだ! プリクラを取るからと事前にハサミを用意しておくなんて………………これが女子力というやつか!


 櫻井さんの女子力の高さに感銘を受けている間にも彼女は手練れた手つきでシートを切っていく、そして綺麗に2つにシートは別れた。


「はい、修三君」


 彼女がオレに片方のシートを手渡す。「ありがとう」と受け取って改めて良く見ると女の子らしいポーズのせいかプリクラの編集のせいかどれも女の子同士で撮ったようにしか見えなかった。


「プリクラって凄いんだね」


「そうなんだよ、凄いよね。可愛い修三君がこんなに沢山撮れて良かったよ! 」


 驚いているオレとは対照的に彼女はご満悦の様子。


 まあ、櫻井さんが喜んでるなら良いか、今度撮る時のために男らしいポーズを調べておこう。


 オレはそう考えながら笑顔の彼女を見つめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る