第14話「夕陽が綺麗」
「このまま帰ってもよろしいですか?」
映画館を出て車に乗り込むと斎藤さんが尋ねる。
この時を待っていた!まだ映画を一本観ただけなので夕方であり櫻井さんも門限には一切心配がないだろう。夕陽を見るにも今からなら都合がいい!『夕陽をバックに櫻井さんと手を繋ごう計画』発動だ!!!
「私はちょっと電気屋をみたいかなあ。修三君は?」
………オレの計画はガラガラと無残にも打ち砕かれた。ここで無理に言い出したら自分のデートプランに固執しすぎていて相手のことを一切見ることのできない男になってしまうかもしれない。いや、でもここは押すべきだろうか?そうだ押すべきだ!とりあえず押さないと櫻井さんと付き合うなんてドダイ無理な話だろう!!!
「オレはちょっと海に行きたいかな。風に当たりたいというか。」
ダメで元々、2人が嫌そうだったら大人しく引き下がろうと思いながらも口にする。
「「海!?」」
2人が目を丸くする。というのも海ならわざわざ隣町まで来なくてもあるからだろう。汚いけど………それともオレが海に行きたいなんて言うのは意外だったのだろうか?だとしたら悔しいことにその通りなわけだが。
「いかがいたします、お嬢様。」
「海か~最近行ってないし私も見てみたいな~うん!海に行こう!!」
どうやらオレのリクエストが通ったらしい。ガラガラと崩れたオレの計画がものすごい速さで再び組み立てられる。海までの時間を考えると来るべき時まであと数十分、オレはこれから起こす一大イベントに胸の鼓動が高鳴っていることを悟られないように静かに深呼吸をし平常を装うよう努力する。
それから数分、3人で映画の感想を語りあっていると海についた。斎藤さんは本当に映画が楽しみで原作も読んでいたみたいでかなり熱く語っていた。
ん………3人!?
オレの中で何かが警鐘を鳴らす。そうだ、オレ達は3人で映画を見た!ということは………今回も3人で海をみることになるのでは!?
何てことだ!これでは意味がないじゃないか!!確かに感想を語り合うのは楽しかったがそんなことをしている場合じゃない!!今から2人きりになれる状況を考えなくては!とはいえ、スマホは今は頼れない。2人と会話中にスマホを覗くのは行儀が悪いだろう。自分の頭で考えるしかないのだ!!!
「忘れ物をした」「お手洗いに行きたい」と考えたがどちらもオレがいなくなって斎藤さんと櫻井さんが2人きりになるだけだ。結局最初からこの計画は破綻していたということか!!!
2人と平常心を装いつつ会話を続けながらも万策尽きた………とオレが諦めたその時だった。車が静かに停車した。外を見ると海はすぐ近くだった。ここからなら歩いて行ける距離だ。
「失礼、先ほどの映画館に忘れ物をしてしまったようで………取りに行ってまいりますので申し訳ないのですがお2人にはここから歩いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「忘れ物?早く取りに行った方がいいよ!誰かが間違えて持って帰ったりしちゃうかもしれないから!!いいよね?修三君。」
それを聞いた櫻井さんが慌ててオレに尋ねる。
「う、うん。オレは別にここからでも何なら家からでも歩けるよ!」
「それは頼もしいですね、それでは申し訳ありませんがここで………」
斎藤さんが何やらボタンを押すと車のドアが自動で開いた。オレと櫻井さんが車を降りると再びドアが自動で閉まりスーパーのほうへとせわしなく戻って行った。
う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!何か分からないけどチャンス到来!!!意図的なのかは分からないけれど斎藤さん、ありがとうございます。オレは今日、必ずや………必ずや櫻井さんと手を繋いで見せます!!!!
オレはさりゆく車を見送りながら固く決意をする。
「行こうか、櫻井さん。」
「うん!」
オレは彼女と2人で海に向かって歩き出した。
「久しぶりにきたけどやっぱり海っていいよね。海に沈んでいく夕陽が綺麗だね。」
海に来て開口一番。櫻井さんが「綺麗」という言葉を発した。つい条件反射で「そうだね。」と答えてしまう。
しまった!絶好のチャンスを不意にしてしまったあああああああああああああああああああああああああ!!!いくら何でも到着してすぐは早すぎるよ櫻井さん!!!もう1度彼女から「綺麗」という言葉を引き出さなくては!!!同じ言葉を連呼するとつい口ずさんでしまうということがあるらしいのでとりあえず「本当に綺麗だねえ!」というように誘導しよう!!!!!
「いやあこんな綺麗な海で毎日泳げる魚達が羨ましいね、嫉妬しちゃうなあ。」
………何を言っているんだオレは?
「修三君はお魚になりたいの?」
彼女が突然の不利にギョッとしながら尋ねる。
やっぱり意味わからないよなあ、オレもよくわかっていないんだし。しかし魚か………「さかた」と「さかな」は似ているけど魚になりたいかなんて考えたこともなかったな。確かに魚は就職とか対人関係とかに悩まなくても良い分気楽そうだ。でも………
「魚だったらこうやって櫻井さんと綺麗な夕陽を見ることはできなかったからなあ。」
「え、しゅ…修三君!?」
「あ………」
考えていたことをつい口に出してしまった。櫻井さんの頬が夕陽に負けないくらいどんどん赤くなっていく。
予想外の流れだけどこれはもしかしていいムードなのではないか?もはや彼女から「綺麗」という言葉を引き出す必要もない!
オレは勇気を出して俯いてしまった櫻井さんの手を目掛けて手を伸ばす。一直線に進むオレの手はやがて彼女の手に触れ、彼女が何かを発する前に手をギュッと握りしめた。たちまちオレの手に暖かくて柔らかい感触が広がる。
ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!や、柔らかい!この世にこんなに暖かくて柔らかいものがあっただろうか!?いや、ない!!!!いや、まだだ!まだ叫ぶには早い!ここから一気に畳みかけて櫻井さんを口説いてみせる!!!!
「しゅ、修三君!!!!?」
当の櫻井さんは顔を真っ赤にしていた。気がつけばオレの顔の部分もほんのりと熱を帯びて熱くなっている気がする。もしかしたら今オレの顔も赤くなっているのかもしれない。だが、ここで止まるわけにはいかない!今こそ数日前に考え温めていた口説き文句を使う時だ!!!沈まれオレの心臓、そして噛むなよ今だけオレにアナウンサーレベルの滑舌を………
オレは色々と神や自分の身体にお願いをしながら彼女をみつめ口を開き今まで用意していた言葉を口にする。
「この夕陽が映る海も綺麗だけど………櫻井さんのほうが綺麗だよ。」
言った………!一切噛むこともなく完璧に!!櫻井さんの手を繋ぎながら!!!これで櫻井さんはオレにメロメロで2人は両想いに………ってあれ!?
彼女は先ほどのように照れるかと思いきや凍り付いたようにすっかり固まってしまっている。
な、何だ?オレは何かマズいことを言ってしまったのか?それともオレにこんなことを言われるのが嫌がったとか?
予想外のことにオレは黙って彼女を見つめることしかいないでいると彼女がもう片方の手を口に当てて突然笑い出した。
「修三君は本当にそういうところ変わらないよね。でも、ちょっとクサ過ぎるよ!」
く、クサ過ぎる!?ロマンチックだと思っていたのに行き過ぎても駄目なのか!!ままままずい、今からでも冗談ということにして………いや彼女の反応から既に冗談だと思われている!?本来口説き文句としては使わない言葉なのか!?
スパっと言われてしまって混乱しオレの頭の中を様々な思考が飛び交う。しかし何も浮かばずただ立ち尽くしているオレに彼女はにこっと笑う。みると頬はまだ赤いままだった。
「でも、ありがとう。嬉しかったよ!」
そう言って彼女はオレの手をギュっ!と強く握り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます