第6話「思わぬ誘い」

 履歴書を無事購入した「脈アリ記念日」の翌日、金曜日。朝10時と早い時間帯にオレは図書館に読破した『中年探偵団』シリーズ本を返却するべく愛車を漕いで図書館へと向かっていた。やはり近所の図書館も休日は詳しくは知らないが平日の朝9時~11時くらいの間は空いているのだ! 昼飯の買い物がてらという人が多いのだろうか?


「おはようございます」


 自転車を漕いでいるとおじさんが挨拶をしたので「おはようございます」と挨拶を返す。おじさんはまだ寒さが残るからかちょっと厚手の茶色のコートを羽織っていたのだが気になったのは顔だった。


 ちらっとしか見えなかったが何とおじさんは顔に実験で使うようなゴーグルにマスクをつけていたのだ! これはもしかすると花粉症対策かもしれない。そう思うも見ず知らずのおじさんには尋ねることはオレにはできなかった。しかし、花粉症はコップがいっぱいになると皆症状が出てしまうという。


 櫻井さんは大丈夫かな? オレも今から予防を心がけたほうがいいかも。


 そう考えながら図書館へと急いだ。


 自転車を漕ぐこと15分ほど、オレは白い外壁で可愛いうさぎの絵がドアに貼られている町の図書館に到着する。図書館は都会みたいに何階建てになっているわけでもないが侮ることなかれ、この図書館にはオレが数年かけても読み切れるか分からない量の本が置かれているのだ! !


 長机に幾つも椅子が置かれていて本を読むばかりか自習室としても利用でき高校時代はよくここの図書館のテーブルに座り勉強をしたものだ。受験生の時はクリスマスイブクリスマスも受験生には関係ない! と構わず連日利用していたら他の人はそうではなかったようで1日ずつ訪れた同級生2人の見事な連携により「クリスマスに図書館で勉強をする男」と女子の間で話題になってしまった。無論、良い意味ではないだろう。


 そんな甘酸っぱい思い出に浸りながら図書館に入店する。


「ありがとうございました」


 お礼を言ってまずは本の返却手続きを済ませると一直線に『中年探偵団』シリーズの置いてある本棚ではなく西野さんの本が置いてある本棚へと向かった。高校時代は西野さんの本を学校の図書館にない分はこの図書館で借りて読み漁っていただけあって場所はもう暗記していた。


 さて、何を借りるべきか……西野さんの著書はよくドラマ化されていて何を隠そうオレも無難に最近実写映画化されて話題の本にしよう。


 そう考えタイトルを思い出し本棚をざっと見渡すも見当たらない、調べ方が雑だったかと1冊1冊題名を確かめるように指差し確認をしても結果は同じだった。


 ………………誰かが借りているのか!

 

 そう気付くのに時間はかからなかった。人気俳優主演で実写映画化となればインパクトは絶大だ! 原作を読もうと気になる人もいるだろう。小説と映像文体は違うもので映像は可視化できる分尺が限られて物語が省略されるばかりか展開が変わることもある、そうでなくてもやはり尺の関係や違和感が生じる問題からか小説の心理描写は省かれてしまう。そこで原作を読むことによってあのときあの人はこういうことを思って行動したのか! みたいに反応して2度作品を楽しむことができるのだ!


 その逆もありで原作から読んでも例えば原作が映像化されるばかりか原作の盛り上がる個所を俳優さんの熱演やカメラワークに音楽といった演出で盛り上がっているのをみて感動するという楽しみ方もできる!


 誰だか知らないけどオレと同じ楽しみ方の人がいるとは………………嬉しいのだが今ここで借りることはできないのは悲しい。かくなる上は今日は『中年探偵団』シリーズのみを借りて明日から毎日この時間に図書館を訪れ確認することにしよう。


 そう決意をして帰ろうとしたとき、何故か休憩室で本を読んでいる1人の女性の姿が目に入った。黒白模様のカットソーに青いデニムシャツを羽織っているこの田舎では浮いてしまうようなお洒落な女性だった。


 もしや………………と思い近付いてみるとやはり櫻井さんだった。彼女もオレに気付いたようで手を振ってきたので振り返す。どうしようかと悩んだが思い切って彼女の元へ行き一緒に会話のできる休憩スペースへと向かった。


「偶然だね、まさかこの時間に櫻井さんがいるとは思わなかったよ」


 机に身を乗り出して最小限の聞こえるような声で囁いた。


「修三君からオススメされていた西野さんの本を読もうと早く来たらその修三君と会うなんて私もびっくりだよ」


 彼女が笑って囁き返す。みると彼女の横にはオレがたった今借りようと思って諦めていた最近実写映画化された本があった。


「その本……」


 思わず本を指差して呟くと彼女は手に取って答える。


「うん、最近映画化された作品、どれにしようか悩んだけどこれが良いかなって! 」


 何ということだ、まさか櫻井さんがオレと同じことを考えていたなんて! ! この感動を分かち合いたいところだったが見返すためとはいえ何か言うと気を遣ってオレに譲るなんてことも櫻井さんではあり得るので残念だが黙っておこう。代わりに


「今話題だよね、映画も面白そうだ。櫻井さんはもう映画見たの? 」


 となんとなく尋ねる。このなんとなくの質問をしたオレを後に褒めたくなるのだがまだ先の話だ。オレの質問に対して彼女は首を横に振った。


「ううん、みたいとは思っているけどまだみてない。映画をみて答え合わせみたいにあの時あのキャラはこんなことを思って感動してたんだ~とか思うの好きなんだけどなかなか機会がなくてね」


 またもや驚いた。何と彼女はオレと同じ楽しみ方を見出していたのだ!


「それ分かる! 」


 興奮して思わず声に熱がはいってしまう。慌てて声を戻して付け足す。


「でも映像化が決まったとなると迷うね。映像から先にするか原作から先に読むか……」


「うん、私も結構悩んだけど修三君の好きな作家さんで修三君がもう原作を読んだのなら私も読もうかなって……」


 そう言って彼女は優しく笑った。良い子だし笑顔も素敵だ………………と彼女に見惚れていると彼女が今まで読んでいた本が目に入った。


 そう、彼女はオレと話をする前に本を読んでいた! それは今まで話題に上がっていた本だということはあり得ない! ! だとしたらその本は一体………………


 突然訪れる虫の知らせというべきか猛烈な嫌な予感に思わず唾を飲み込む、彼女の手で著者と作品名はほとんど隠れているもあの表紙には見覚えがあった。


 そう、彼女が持っていたもう1冊はオレが今ハマっている『中年探偵団』シリーズの1作目だった。


「み、櫻井さんその手に持っている本は? 」


 別に悪いことではない。むしろここは櫻井さんもこのシリーズに興味があると喜ぶべきところなのに何故か声が震え本をさす指先もプルプルと震えている。


「ああ、これはね……実は私も前から興味あったんだよ」


 彼女が先ほどの笑顔はどこへやら意地悪な顔をして言った。


「あ、あ……」


 言葉に詰まる。お、落ち着けオレ……途端に何故か震え出した変な奴に合わせて彼女が意味深なフリを装うとノリを合わせてくれただけじゃないか………………何をそんな犯人みたいに汗まで掻いて震える必要がある! ! 彼女の顔が犯人を追い詰める探偵みたいだったからか? いやいやあれはただオレに聞かれたことに答えただけの何の変哲もない答えで彼女も『中年探偵団』シリーズを気になっていたと伝えただけじゃないか! !


 え、彼女………………『も』?

 全身から汗が滲む。まだ春だというのにオレの服は夏外に出かけたときのように汗で濡れていた。


「ど、どうして………………」


 どうして彼女はオレが『中年探偵団』シリーズが好きだということを知っている? 名作だが子供向けというのもあり黙っていたのに! なぜ彼女は知っているんだ? ? オレは誰にも言っていない、両親には見られないようにしたというわけではないが普段部屋で呼んでいるため読んでいることは知らないはずだ! 彼女がオレが読んでいる本のことを知っていることはあり得ない! !


「さあどうしてでしょう? 」


 またもや彼女は意地悪な顔をして微笑む。

 ど、どういうことだ! まさかお母さんがこっそり部屋の中を覗いて本をみて寝ている間に彼女の元へ! そんなことあるはずないだろう! こっそり何か凄いプロを雇って鍵を開けてオレの部屋に入り本の中身をみて帰った? そんなの何のメリットもない!


 オレが何も答えられないというのもみると彼女は得意げに1枚の紙を取り出した。


「修三君、こういうのはしおりとしては便利かもしれないけどちゃんと返す前に処分しておかないとダメだよ」


「あ………………」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。彼女の持っている紙は………………本の返却期限が記された紙だった。


「ごめんね、ちょっと意地悪だったね」


「いや、オレが悪いんだから良いよ。前にこうやって挟まってるのはみたことがあるけどまさか自分がやることになるとは思わなかった」


 実際、大学生時代にオレは一度同じ経験をした。その時は数年前に貸し出された本だと知り歴史を感じていたがまさかそれを自分がやってしまい知り合いどころか櫻井さんに見つかってしまうとは! 人生何が起こるか分からない。


「この紙をみるに最近読み始めたんだね、今何処まで読んだの? 」


 無論、返却期限からオレが数か月前に借りたばかりだというのは判明してしまっている。


「今は8冊目かな」


「え、もうそんなに読んだの! ? 」


「面白いからね」


「確かにまだ途中だけど読んでみたら面白かったよ! こんな大胆な手法を取るなんて」


 彼女がどこのことを言っているのか、オレはすぐさま理解した。


「あれは読者としても一本取られる大胆な手法だったね」


 そんな感じでまさかの櫻井さんとオレは『中年探偵団』シリーズの話に花を咲かせたたのだった。


 会話をすること数十分、休憩室を訪れる人が多くなってきた。どうやら混みあう11時に突入したようだ。


「櫻井さん、そろそろ………………」


 オレは彼女に今まで同様小さな声で囁いた。


「あ、うんもうこんな時間だね。もうそろそろ帰らなくちゃ! 」


 そう言ってオレ達は椅子から立ち上がりカウンターで貸し出しの手続きをすませると出口を通って外に出た。


「うう~ん良い風だね。まさか修三君に会えるなんて………………休憩室で読んでて正解だったよ」


彼女がのびをする。


「どうして休憩室で読んでたの? 」


「ほら、迎えが来た時にパイン! ってスマホが鳴るの周りに悪いじゃん」


「今日も運転手さんが迎えに来てるの? 」


「そうなの、もうすぐここに来るはずだけど………………あっ! 来たみたい! 」


彼女のスマホが「パイン! 」となった。みると目の前に一台の黒い車が止まっていた。


「それじゃあ、今度は時間が合えば午後のスーパーで……」


「うん、またあとで会おうね! 」


そう答えて車に向かって彼女は歩いていくと思いきやふと立ち止まった。


「どうしたの? 」


オレは気になって思わず尋ねる。すると彼女が覚悟を決めたように切り出した。


「あの、いつでもいいから良かったら一緒にさっき話してた映画を見に行かない? 」


オレからすれば断るなんてとんでもない願ってもない申し出だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る