断れない系男子がヤンデレ魔法少女に好かれたら

巫女服をこよなく愛する人

第1話

 僕は超能力者だ。


 超能力といっても、物を浮かせたり、人の心が読めたりはできない。


 僕ができることは《治療すること》、ただその一点だけだ。便利といえば便利だけれど、だからといって生活でなにかが劇的に特殊になったりは、たったひとつを除いて、ない。


 転んでひざをすりむいてしまった友人に超能力を使ったら気味悪がられたり、足を怪我していた猫の怪我を治したら顔をひっかかれたり、そんな程度である。


 日本という平和な国の中で、怪我を治せるからどうだという話だ。超能力を使えるとはいえ、高校生一人の力で何かが変わるわけでもない。それなら、日々、医学を発展させていっているお医者さんやら研究者の人のほうがよっぽど立派だ。


 もちろん、目の前に瀕死の重傷を負った人がいれば、僕の力ほど有用なものはない。僕の超能力は、どんな怪我でも一瞬で治してしまう、そんな力だ。毒だって関係ない。


 なんでそんなことができるのかが分かるのかといえば、そういう機会がゼロではなかった、つまり、たった一回だけ嫌なことがあったということなのだけれど……あまり思い出したくないので、これ以上考えるのはやめておこう。


 僕の超能力とは別の、特殊体質に関わることだが……まあ、今は、とりあえず。


「直沢治(すぐさわなおる)、赤点。夏休み返上で追試と補修だ」


「……はぁ」


 職員室の一角にて、(自称)若手女教師(29歳・独身)、佐渡奈緒(さわたりなお)―あだ名はコスプレ先生―に、僕は僕の数学答案用紙を手渡された。


 コスプレ先生といっても、コスプレをする方ではなく、衣装を作る方が趣味らしい。


「補習、嫌そうだな」


「そりゃまあ、面倒ですし」


 こんな時、どうせなら、数学で満点を取れる超能力が欲しかったとは、今の僕の心境である。


「君、1年のころから何も変わっていないな……卒業後は進学希望だろ? 来年は受験生だぞ? 大丈夫か?」


「……まあ、受験で数学を使わなければいいだけなんで」


「他の教科もあまりいい成績とはいえないだろうが……」


 先生は鋭い目でこちらを睨みながら、頬杖をつく。

 身長的に先生の方が高いのと、先生の座る椅子は俺の座る椅子よりも若干高いのもあって、見下ろされている感覚だ。


 メガネにつり目という、スパルタ系教師を思わせるコスプレ先生。だがしかし、趣味はコスプレ衣装製作だというのだから、見た目に惑わされてはいけない世の中だということを身をもって教えてくれる良い先生である。


「担任の先生って、なんで生徒の成績を見れるんですかね。プライバシーの侵害だと思います」


「それが仕事だからだ」


 仕事だから。その一言で大体の事情が説明できてしまう大人ってずるい。子供も「子供だから」で許されると思うのだけれど、残念ながら高校二年生はもうその時期は半ば終わっている。悲しい。


「直沢。君のその面倒くさがりな性格は、もう少しどうにかならないのか?」


「そんなことないです。やる気に満ち溢れてますよ」


「その死んだような目と、ピンピンと立っている寝癖を直してからいえ」


「やだな、これは父親譲りの目と、母親譲りの天パですよ」


「君の父親は釣り目だし、母親も綺麗なストレートだったと記憶している」


「……………多分、整形とか、美容室とか、そんな感じですよ」


 というか、僕の両親の顔、覚えていることにびっくりである。先生からしたら、僕なんてたくさんいる生徒の中の一人でしかないだろうに。


「はぁ……とにかく、勉強しておくことに越したことはないんだ。それだけで進路も選択肢が増えるし、将来のためでもある」


「勉強したことが社会で役に……「たとうがたつまいが、いい大学を出たというのは社会的ステータスなんだよ、理解しろ」……アッハイ」


 完全論破、弾丸ロンパ。ぐぅのねも出ないというやつだ。


「まあ、もう18時だし、今日は帰りなさい。補習については明日連絡するから」


「はーい」


 俺は言われるままに鞄をもって、職員室を後にして、そのまま昇降口で靴を履き、校門へと歩いていく。


 家に帰ったら、まずは積んでいるゲームをやろう。テストを両親に見せるのは……うん、また今度でいいだろう。明日見せる。きっと、多分、おそらく。


 そんな風に、僕が現実逃避をしているその時である。


「お、きましたな! さあさあ、勝負の時間ですぞ!」


「君は……」


 校門前。僕の目の前に、不審者(だんしせいと)が立ちふさがった。


 僕を待ち伏せていたのだろうか。その不審者は僕を指さしながら叫ぶ。グラウンドでワーワー言っている野球部にも負けない声量だ。多分、チア部とか合唱部がピッタリだろう。


「ええと……豚汁君、僕はもう疲れているんだ。今日のところはいったん帰らせてくれないかな」


「我の名前は東海集(とうかいしゅう)と何度言ったらわかるのですかな!? 流石に悪意を感じますぞ!!?」


 豚汁君……もとい、東海君はいつも元気だなぁ。その元気を僕に向けるのではなく、もっと別の人に向けてくれれば僕としてはうれしいのだけれど。めんどくさいし。


「こほんっ! とにかく、今日はすべての教科のテストが返ってきた日というのは調査済み! さぁ、全教科のテストを見せるのですぞ!」


「めんどくさいから、口頭じゃダメ? それに、全部帰ってきたといっても、何教科かは何日か前だし、用紙は家だよ」


「むむっ……それは確かに……。では、さっさと全5教科の点数を教えあうのですぞ! そして聞いて驚くといい……我は500点満点中……123点ですぞ!」


「うん、僕は140点だったよ。僕の勝ちだね」


「^q^……」


 むしろ123点でどうやって勝つつもりだったのかは知らないけれど、僕の成績の悪さを知っている東海君なら、そう思っても仕方ないのかもしれない。僕としても、今回は結構頑張ったおかげで赤点は数学だけだったのである。


 意気消沈している東海君をしり目に、僕はそのまま帰路についた。








 その道中のことである。家路の途中にある、寂れた公園の林の側を通りかかる際、視界になにやら気になるものが入った気がした。


 ほんのちょっとの好奇心を抱きつつ、そろりとそちらに近づいて焦点を当てると、そこにいたのは人に見えた。


「え?」


 僕は状況が読み込めず、思わず声を上げた。


 それもそうだ。公園の林の隅に魔法少女のコスプレをした少女が木にもたれかかるようにして倒れ込んでいたのである。


「……めんどくさそう」


 しかも、コスプレ衣装には血のようなものがべったりとついている。


 それを見た僕は反射的に「治れ(ヒール)」と言って、手をかざしながら魔法少女へと超能力をかけた。


 やる必要があるかはわからなかった。そういう衣装なのか、それとも映画の撮影かなにかなのかとも思ったけれど、べつに減るものでもないという心理もあったのかもしれない。


「……あのー、大丈夫ですかー?」


「…………」


 気にもたれかかって、首がだらりと垂れているその様子に、そこはかとない不安がよぎる。もしかしてマジで死んでる、とかなんとか。


 確かめるためにも、そろりそろりと近づきながら、猛犬に触るようにゆっくりと肩に手をあて、ゆする。

 途中、血生臭い臭いが鼻腔を通り、肩を揺らす手には、べちゃりと濡れた衣服に触る嫌な感触を覚えた。


「生きてますかー?」


 気持ち悪いと思いながらも、呼びかける声はやめない。


「ん……」


 だがしかし、どうやら生きていた模様。わずかながら息の漏れる声が聞こえた。


「生きてるのか……とりあえず警察と救急車呼ぶか」


 ほっと一息つくものの、次に脳裏によぎるのは、こういう時、どちらを呼ぶべきなのかとか不安。


 本当は怪我の心配をすべきところなのかもしれないが、一度超能力をかけているので傷跡さえも残っていないことは、経験上わかっているので確認するまでもない。


 僕の力は、そういうものなのだ。今となっては全幅の信頼を置いている。


 とりあえずどちらも呼べばいいか……そう思い、スマホへと手を伸ばしたそのときである。


 その手がガシリと掴まれた。


「ん?」


 見れば、魔法少女が僕の腕を掴んでいた。まるでゾンビにでも掴まれたような、そんな錯覚さえ覚える。まさにそんな感じだった。


「ま、まって……ど、どこにも連絡しないで……お願いします……」


 魔法少女は息も絶え絶えに、僕の腕を握る力も弱々しい。

 懇願。まさにそんな言葉が似合うだろう。

 それだけに、必死さがひしひしと伝わってくる。


「いや、そうは言っても、ほっとけないし」


「私はもう長くない……だから、最後にこれだけ、預かってくれませんか……?」


 魔法少女はもう片方の手に握っていたナニカを、震えながら僕に手渡してくる。


 気になってそれを見てみると、宝石のようだった。紫と青の中間といった、不思議な色の石だ。見たことはないけれど、紫の宝石というと、アメジストが連想された。


「これは?」


「魔王幹部の魔石です……これを、いつか必要とする人に……渡してくれませんか?」


 息も絶え絶えといった様子で、しかし鬼気迫る表情を浮かべたまま、僕の瞳をまっすぐに見つめてくる。


「自分で渡せばいいと思うけど」


 僕は、そんな彼女を突き放すように言葉を投げる。だって、僕には全く関係のないことだし、警察とかにも連絡されたくないっぽいところを見ると、厄介ごとの匂いしかしない。


「な、だから私はもう長くないと……」


 魔法少女は絶望した表情を見せ、瞳を潤ませる。

 やめてほしい。まるで僕が泣かせているみたいじゃないか。


 僕は何も悪くないし、変なことを言っているわけでもない。

 というか、そもそも。


「どんな怪我をしていたのかは知らないけれど、もう治ってると思うよ」


「……気休めはいらないです……今だってこんなに血が……え?」


 彼女はハイライトの消えた目で自分の怪我を見やるが、二度見どころか三度見、四度見を経て、パチクリと丸くさせた目をこちらへ向ける。


「……え? いや、私、お腹刺されて……え?」


 それから飽きもせずに、状況が飲み込めないのか、怪我と僕を交互に見るのを繰り返し続けた。


「その様子だと、大丈夫だったみたいだね、よかったよ。それなら、僕はもう行っていいよね、それじゃ」


 面倒臭そうなことには関わりたくない。怪我は直したし、もういいだろう。


 僕は早口で別れを告げると、魔法少女が混乱している隙に宝石をその手に握らせ返して、その場を後にするのだった。

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