第20話 神使きつこ、狐島黄津子として池高に転入する
木曜日の早朝に見た夢の中で、
ぼく
ちょうど行きの私鉄の電車で、
「そうか。けさ、ついに高槻さんたちの長年の問題が解決したということか。
全員がハッピーになるみたいな結末とは言えないが、みつきさんのその勇気には感心したよ。
こういう解決もあり、だろう」
榛原は、感慨深げにそう語った。
「ぼくもそう思うよ。ぼくの姉のときは、そのあたりの後始末がうやむやになっちゃったけど、今回のみつきちゃんの決断は、彼女が今後大人になるうえで、大きな意味を持つと思う。
他人の心の痛みを、自分の身をもって知ることで、これまではちょっとわがままなところのあった彼女が、大きく成長できたんじゃないかな」
「まったく同感だ」
ぼくたちは、そんなやりとりをしながら、高槻邸前にたどり着いた。
定刻になると、見るからに晴ればれとした表情の高槻が登場して、こう言った。
「おはよう、榛原くん、窓居くん。
けさの夢のこと、ふたりとも知っているよね?」
ぼくがその問いに答えた。
「ああ、さっき榛原にもちゃんと話したよ。
まずは解決おめでとう……と言っていいのかな」
高槻は、ぼくの言葉のニュアンスを汲んででだろう、少しだけ間をおいてこう言った。
「うん。たしかに目覚めたときは、ここ四年近く味わったことがないぐらい、すっきりとした気分だったわ。
まるで、目の前のモヤが晴れて、いっぺんに視界が広がったような感じ」
「それはよかった。でも、みつきさんの方は、入れ替わりで、これまでの高槻さんのような状態になってしまったんだろ。
正直な話、大丈夫なのかな」
榛原が、そう尋ねた。
高槻は、ちょっと目を伏せながら言った。
「そう、妹は、これから決して楽じゃないと思うわ。
でも彼女、芯がしっかりしている子だから、たぶん大丈夫。
わたしとも関係は修復できたし、窓居くん、榛原くんという、あの子にとっても心強い味方がいるから、孤独じゃない。
ちょっとの不都合なら、気にせずに頑張っていけるはずよ。
きょうも先に学校に行ったけれど、わたしの見たところでは、いつもの元気をなくしてはいなかった。
幸い、というべきなんでしょう、四月からの彼女は共学でなく女子校に変わるから、異性間のやっかいごとは、ほとんど起こらなくて済みそうね」
ぼくたちふたりは、それに無言でうなずいた。
そして高槻の言葉の中の、ぼくたちがみつきの味方だという表現が、なんとなくうれしかった。
ほんの数日前までは、ぼくたちはみつきの敵そのものだったわけだから、変われば変わるものだ。
みつきがこれからつらい思いをせずに済むよう、ぼくたちも力を貸していくだろう、そのことは間違いない。
「ところで窓居くん、けさ神様がわたしたちに引き合わせた
いきなり、高槻がぼくに尋ねてきた。
「ああ、ぼくも気づいていたよ。
ケモノの耳を持つ彼女は、明らかに人間以外の存在だ。
というよりも、本来は人間であるぼくたちよりも彼女のようなあやかしこそが、神使となるのだと思う。
きつこは、その名前からも推測できるように、おキツネ様なんだよ。
まさにお稲荷様の、正統的なお使いだ」
「そのおキツネ様が、近いうちにわたしたちの高校に入って来るってことだよね?」
「ということになるね。
でも先週水曜日に、高槻さんが転入したばかりだろ?
いくらなんでも、毎週転入生がやって来るなんて、どんな学園異能バトルマンガだよ!」
と、ぼくは笑い飛ばした。
高槻は、それにつられてクスッと笑みをこぼしていた。
しかし、榛原はニコリともしなかった。おやぁ?
また、榛原情報網には新たなネタが引っかかったのか?
でも、彼は特になにかを語ろうとはしなかった。
そのままぼくたちは、私鉄電車に乗り込んだ。
「これで一週間あまり榛原くん、窓居くんにお願いしてきたボディガード役も、ついに終わりね。
おふたりには、これまでいろいろ面倒をかけてしまったわ。
本当に、ありがとうございました」
高槻はそう言って、深々と頭を下げた。
「そんなあ。大したことはしていないよ、ぼくたち。
でも、少しはお役に立てたとしたら、ぼくたちとしてもうれしいよ」
まずは、ぼくが答えた。
「ああ。高槻さんと俺たちは、これからもクラスメート、同じクラブの部員同士には変わりないし。
困ったことがあったら、いくらでも頼りにしてほしいな」
榛原が、そう続けた。
ぼくたちの言葉に心励まされたのであろう、高槻は上気した顔つきで、こう言った。
「ありがとう。これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ぼくと榛原も、声をそろえて、そう答えたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
学校に着くと、なんとなくクラスの中がざわついている。
震源地はすぐにわかった。新聞部の自称トップ記者、
彼女の周りを、十名ほどのクラスメートが取り囲んでいる。
香坂がしたりげに話しているのを、横で聞くと、
「だからぁ、朝イチで飛び込んで来たホットニュースなのよ。号外を刷っている時間もなかったから、こうして口頭でアナウンスするしかないぐらいの緊急ニュース。
なんと先週の高槻さんに続いて、きょうまた新しい転入生がわがクラスに入って来るのよ。
これが騒がずにはいられないわよ」
やれやれ、昨日のきょうどころか、きょうのきょう、例のあやかしさんが転入してくるって。
それもまたわがクラスにとか、あまりに展開が急すぎて目まいがして来た!
思わず榛原のほうを見ると、ヤツはいつものようにウインクをよこして来やがった。参ったね、こりゃ。
ほどなく、担任教師の栗田先生が転入生を伴ってわれらが教室に現れ、ホームルームの時間が始まった。
先生にうながされ、すらっと細身で背の高い、日本人らしからぬ明るいブラウンのロングヘアーの女子が、ホワイトボードの前まで進んで、クラスのみんなにお辞儀をした。
栗田先生がホワイトボードに、彼女の氏名を書いてルビも振った。
「ボクハ、コジマキツコト言イマス。
ろしあカラ、交換留学生トシテヤッテ参リマシタ。
ボクハ母ハろしあ人デスガ、父ガ日本人ナノデス。コノ髪モ地毛デス。
日本ニ来テ日モ浅ク、慣レナイコトガ多イデスガ、ミナサンヨロシクオ願イシマース」
きつこはそう、片言の日本語で自己紹介をした。
けさの夢の中では、彼女は普通に日本語、それもバリバリにくだけたやつをしゃべっていたのに、なんで今は
同じジンガイでもおまえは人ならざる
しかも、何気にボクっ子の設定は変わっていないと来ている。あざとい。
クラスメートたちから(当然ながら大半は男たちだが)、うおおぉぉと、
「やべえ、今度はガイジンさんだぜ」
「純国産美少女の高槻さんに続いて、今週もS級の転入生かよ! しかもボクっ子! 俺たち超ラッキーじゃね?」
などと、口々に騒ぐ男子生徒たち。
女子生徒も、内心穏やかでないのだろう。
「なんでうちのクラスばっかり、そういうキレイな子が増えるのよ!? キーッ」
みたいな悲鳴が聞こえてくる。
ま、それはどうでもいい。問題は、きつこが自己紹介を終わり、クラスの中をざっと見回したその後の出来事だ。
「オー、ケータ!! ソコニイマシタカ!」
そう叫ぶやいなや、0・5秒でぼくの席まですっ飛んで来て、いきなりぼくを強くハグしやがった!
「ケータ、2時間ブリデスネー、会エテキツコハウレシデース!」
これにはクラス全員の目が点になり、しかるのちに騒然となったのは、言うまでもない。
ハグされたまま反射的に高槻の席を振り返って見ると、彼女は明らかに引きつったような、微妙な表情でこちらを見ていたのだった。嗚呼。
きつこに抱きしめられ、頬ずりまでされたぼくの脳内には、
「新転入生は、日露ハーフ! しかも同級生M君が当日朝ナンパ済み!」
という新聞部号外の派手なアオリが瞬時に浮かんだのだった。
⌘ ⌘ ⌘
朝のとんでもない騒ぎはさすがに収まったその日の昼休み、ぼく、榛原、高槻、
美樹先輩は、グループへの新メンバー参入に、もちろん興奮を隠せない。
「いやあー、すごいな、きみたちのクラスは。
この一週間あまりでここまで豊漁とは。先輩は嬉しいよ」
別にあなたを喜ばせようとしてるわけじゃないんですけど。
そんなぼくのツッコミを気にとめるわけもなく、美少女ふたりを両手に花で、ご満悦の先輩なのだった。
それはともかく、きつこの暴走キャラは今後いろいろ災いのタネになること必至なので、最初が肝心とばかり、ぼくはきつこに申し入れることにする。
「きつこ、おまえ、ただでさえ見た目が派手で悪目立ちしやすいキャラなんだから、くれぐれも行動は自重しろよな。けさはどうなることかと思ったぜ」
「エー、駄目デスカー、キツコ、ケータノコト、頼リニシテルノニー」
「その甘ったるいしゃべりかたもなんとかならないのかよ。きつく叱ろうと思っても、調子狂ってしまうわ。
ロシアじゃ知り合い同士の挨拶かもしれないけど、とにかく過剰なスキンシップは絶対禁止!!」
こう言い放っているぼくを見て、隣りに座っていた高槻がククッと笑いだした。
「ごめんなさい、笑っちゃって。
でも、はたから見ていると、窓居くんときつこさん、ナイスコンビって感じよ。
窓居くん、いつになくイキイキしているもの。このままカップルになっちゃえば?」
そりゃまた、かなり無責任なお言葉。榛原の扱いはどうなった?
「それだけは、御免こうむる」
断固として拒否するぼく。
「ソンナア」
と、ウルウルクネクネするきつこ。
「いや、そうだよ、きつこくん、窓居くんだけのものになるのは、まだ早いってもんだ。
この美樹みちるのことも、忘れてもらっちゃあ、困るな」
と、大見得を切る美樹先輩。
美少女へのアクセス権はしっかりと主張してやまないのだった。
それにしても、きつこはもともと、ぼくや高槻のお
すっかり忘れていたぜ。
なんだか、この調子だと、ぼくたちのほうが彼女のお目付役にならないといけないみたいな感じだな。
そのへんは事情を知らない美樹先輩のいる前でボヤくわけにはいかないんで、何も口には出さなかったけれど。
じつは昼休み時間までに、きつこの存在は全校中で有名になっていた。新聞部の影響力、おそるべし。
さっそく休憩時間にも、彼女への部活の勧誘が何件かあった。
外国語スピーチ研究会とか、アニメ翻訳同好会とかだ。
自称バイリンガルの彼女に期待してのことだろう。
でも、そんなのにうかつに参加した日には、いろいろボロ(ニセ外人、というより人外という事実)が出かねない。
そのためにも、防御策(いや柵か?)が必要だとぼくは思った。
そこで、きつこがそれらの勧誘に返事をするより前に、先手を打つことにした。
「きつこ、ぼくたちの参加してる吹奏楽部に入れ」
と、ぼくはひとこと彼女に言った。
依頼とか勧誘とかでなく、コマンドとして。
きつこは、
「スイソウガクブ? 何ソレ? 美味シイノ?」
とキョトンとした顔で、答えた。
すると、まず高槻が顔をほころばせた。
「それは名案よね、窓居くん。
きつこさん、これでわたしたちと常に一緒にいられるし、いいと思うわ、ぜひ吹奏楽部に入って」
榛原は、こう言った。
「俺たちが完全フォローするから、心配はいらないよ、きつこさん。
なに、楽器をやったことがない? だったらまずは打楽器で入るという手もあるさ。問題ない」
そして、極め付けのリアクションを示したのは、美樹先輩だった。
「おー!! 狐島くん、ぜひ来たれい、われらが吹奏楽部へ!
ゆくゆくは高槻くんとともに、わたしのパート、フルートの後継者になってもらえれば最高だな!」
この異常な歓迎状態に、もともと根が軽いたちなのだろう、きつこも、
「ソンナニイイトコロナノデスカ、吹奏楽部。
ソレジャ、ボクモ仲間ニ加エテ欲シイナ」
と入部と、明日金曜日の練習への参加を快諾したのだった。(続く)
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