第18話 窓居圭太、夢の中で再び稲荷の神様と会う
水曜日の放課後、吹奏楽部の練習後、
フルートの
部活の時間が終わっても、美樹先輩は名残惜しげにその場に残って、ぼくたち(というか、実質的には高槻ひとりがお目当てだが)とどこかへ寄り道したそうにしていたが、その気配を察知したのかどうか、高槻はぼくと榛原にこう言った。
「わたし、この後、妹と外で会うことになっているの。
こんなことは初めてだけど、昨日いろいろと話がはずんで、たまには一緒にショッピングでもしようかという話になって。
きょうはどちらかというと、わたしの服のチョイスを妹に見てもらおうかなと思っているの。
だから、わるいけどこの後は単独行動させてね」
なるほど、みつきのファッションセンスは確かなので、それはごく当然の判断だなとぼくは思った。
そしてなにより、こうやってたたみかけるようにしてコミュニケーションを深めていく様子は、これまでの姉妹仲を考えると、長足の進歩だと言えたし、一般の男性との接触を恐れるあまり、ぼくや榛原としか一緒にいられなかった、この一週間ほどの高槻から考えると、十分過ぎるほど大胆な行動でもあった。
高槻の言葉を横から聞いて、美樹先輩は、
「そうか。それはいいことだ。姉妹仲がいいのにまさるものはないな」
と、高槻に伝えた。
そしてとりあえず、自分の希望はあきらめたようだった。
その後、高槻はいつもの私鉄ではなく、地下鉄の駅方向へと去って行った。
美樹先輩も含めたぼくたち三人は、高槻を見送りつつ、もの思いにふけっていた。
美樹先輩が、ポツンとこう言った。
「おととい高槻くんに相談されたときは、これはとてもやっかいな問題で、一朝一夕には解決できないんじゃないかなと思ったんだが、意外とあっさりと妹さんといい方向に進んだから、正直拍子抜けしてしまったよ」
これには榛原が口を開いて、こう答えた。
「たしかにそうですね。でも、思春期の女の子の気持ちは、猫の目のようにめまぐるしく変わるっていうでしょ。
高槻さん姉妹の関係性も、たった一日でも大きく変わったんじゃないかな。
ぼくが思うには、変わったのは妹さんの側よりもむしろ、高槻さんの側じゃないかなと思います。
姉妹で深く関わり合うことをこれまで避けていたのは、どちらかといえば高槻さんだった。
でも、ようやく相手の身になって考えるようにになったから、妹さんとコミュニケーションがとれるようになったんだと思います。
だから、先輩の後押しの言葉は、とても大きな力になったんだと思いますよ」
「そうか。そういうことなら先輩のアドバイスはけっして無駄じゃなかったんだな」
美樹先輩は安堵の表情を見せて、笑った。
ぼくも、こう付け加えた。
「高槻さんが、誰かの力を借りず、じかに妹さんと向き合えるようになった。
これは彼女が自分の判断を信じて、行動できるようになった証拠でしょうね」
その言葉に、先輩も榛原も無言でうなずいてくれたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
その後、榛原や先輩と別れて家に帰りついたぼくを迎えたお姉ちゃんは、開口一番、こう言った。
「けーくん、さっき
あした午後、三時台に東京駅に着くというの。荷物が多いから迎えに来てって言うから、お姉ちゃんが行くことにしたわ。
あー、明里ちゃんに会えるの、ホントに楽しみ❤️」
なんかもう、イキイキしまくりのお姉ちゃんだった。
ぼくは、こう答えておいた。
「そうか。じゃあ、明里の出迎えはお姉ちゃんにお願いするね。よろしく」
お姉ちゃんのアゲアゲぶりから考えて、あしたの夜からはわが家もにわかに活気づくこと、間違いなしだった。
夕食を終えて自分の部屋に戻り、きょうも結構いろいろな情報が得られたので、頭の中で整理をしてみる。
高槻はきのうの夜のみつきとの話し合い以来、急転直下で彼女と仲良くなり、さらには趣味の話でも意気投合した。
きのうのきょう、ふたりで外出するというトントン拍子の展開だ。
例のテレパス能力については、高槻はその扱いをみつきに一任したが、たぶん、みつきは姉の本当の思いを察知出来ただろうし、これから姉と仲良くやりたい以上、神様に返還を申し出るに違いない。
いや、すでに昨晩中にも、その意思を神様に伝えているかもしれないし、その能力はすでに解除されているのかもしれない。
高槻はけさ話をした時には、その件について何もふれていなかったが、それは高槻自身がまだテレパス能力解除の自覚がなかったからではないだろうかと思う。
まあ、そのあたりは追い追いわかることだろう。
昨晩は神様からのお告げの夢がなかったが、今晩にはあるのかもな。
それから、昼休みには高槻が美樹先輩に、姉妹の関係はいい方向に行きそうだと報告し、謝意を示した。
そこまでは何の問題もなかったのだが、高槻が自分たち姉妹とぼく、榛原の友達の輪に加わるよう先輩にうながしたのはいささか計算外だった。
いや、いま思えば高槻の性格からして十分ありうる行動ではあったのだ。
こちらが油断していただけと言うべきだろう。
ともかく、いったん口に出してしまったことは取り消しようがない。
この提案は、美少女大好きな美樹先輩にとっては渡りに舟みたいな話だった。イヤと言うわけがない。先輩はぼくのお姉ちゃんとも親しくなりたいと言っているぐらいだしな。
今後、このグループに何が起きてもおかしくはないけど、何が起きるかはまず予想不可能だ。
だから、とりあえずぼくに出来ることは、何事にも動揺しない不動心を養うことだけだな、うん。
そして、放課後の部活で発表された、卒業式前のブラッシュアップ計画。これはまあ、気にするほどの懸念材料はないだろう。
高槻は美樹先輩からのマンツーマン指導があるとはいえ、他の部員もいる前でのことだろうし。
むしろ、長峰部長に遠慮なくシゴかれることになりそうな、ぼくと榛原のほうがよっぽど心配だ。
最後に、あしたの明里の上京の件だが、これも前回の上京の時とは違って、お姉ちゃんと明里がガチな間柄になっているから、格別心配するような材料はないだろう。
こうやって考えてみると、ここひと月足らずの間に、ぼくの周囲のひとびとの状況は実に大きく変わったものだ。変わっていないのは、ぼくと榛原ぐらいか?
まあ、あしたになれば、また何かしら新たな問題が起きてしまうのかもしれないが、どうなっているか予想もつかないあしたを思いわずららうのはムダな行動だと思うし、ましてやあしたを案じて夜も眠れないなんてのは愚の骨頂だ。
快眠にまさる健康法はなしとばかり、ぼくはあしたの学校の予習もろくにせずに、ベッドにもぐりこみ、すぐに眠りについてしまった。
⌘ ⌘ ⌘
翌木曜日の明け方、夢を見た。
気がつくとそこは、ぼくの近所の稲荷神社の境内だった。
薄明の中、一様に白装束に身を包んで石畳の上にひざまずいていたのは、一きのうと同じくぼく、お姉ちゃん、高槻、みつきだった。
だが向かいがわに、もうひとり女性がぼくたちと同様の姿勢でいることに気づいた。
薄い茶色の髪を長く伸ばし、深くうつむいていたので、顔だちはよく見えなかったが、髪色からしてまったく見覚えはない女性だった。
しばらくすると、頭上から聞き覚えのある中性的な声が響いて来た。
「汝ら、揃うたようじゃの、わが使いたちよ。
まずは、そちらの高槻みつきからの申し出につき、わが考えを伝うるものとする。
高槻みつき、汝は昨日、かつて汝の願いを受けて
さらに汝は、
このことに、間違いはないな」
神様のその問いに、みつきは真剣な眼差しでこう答えた。
「はい、間違いございません」
ぼくは、神様の言葉の後半を聞いて、さすがに驚き、思わずぼくの左側にいる高槻のほうを見てしまっていた。
高槻は、驚きを隠せぬ面持ちで、唇を噛みしめていた。
でも、ここで言葉をさしはさむのは、神様に対して失礼だと思っているのだろうか、終始無言であった。
「みつき、我は汝の申し出を聞き、『この事につきてはわが
わが上は『汝の使いが自らの過ちを悟りて申し出たることならば、罰として与うるも可なり』と
よろしいな」
「はい、御心のままに」
みつきは、固い決意をそのきびしい表情ににじませて、そう答えたのだった。
うわ、これでついに高槻は憂鬱なテレパス能力から解放されたものの、それは神様に返還されることはなく、今度は妹みつきがその重荷を背負うことになったわけだ。
果たして喜んでいいものやら。
みつき自身が望んだ処遇とはいえ、彼女はそれに耐えられるのだろうか?
しかし、彼女はそれを真正面から受けとめる覚悟なのだった。
それにしても、神様の世界って人間みたいに上下関係があって、神様の上司的な存在もいるんだな。初めて知ったぜ。
神様が言葉を続けた。
「なお、わが上の仰せにより、汝がその力を持つ
そは姉さおりが力を担いたる
異存はなかろうな?」
ふたたびみつきが、キリッとした表情でそれに答えた。
「まったく、ございません。
四年間、姉と同じ状態が続くこと、すべてお受けする所存でございます」
その毅然とした答えに、ぼくも拍手を送りたい気持ちだった。
女性であるみつきに「おとこ」と表現するのは変だが、まさに彼女の
もう一度、高槻のほうを見ると、感極まったのだろうか、うっすらと涙を流していた。
彼女のそういう表情を見たのは、もちろん初めてだった。
神様は、次にこう言った。
「高槻さおりにも問う。汝はこのたびのことについて、いかなる思いを持つか、申してみるがよい」
高槻は、少し震え気味の声ではあったが、それでもきちんとこう答えた。
「わたしは今回、妹にすべての判断をまかせました。何をしてほしいとか、一切求めませんでした。
その結果、妹が、このように自らの行動をしっかり反省し、罰を進んで引き受けるようになったことに、驚くとともに、大きな喜びを感じています。
妹は、一人前の人間の判断をしてくれました。
神様、妹の自主的な考えを尊重してくださいまして、ありがとうございます。
そして、ありがとう、みつき」
そう言って、高槻はみつきのほうを向いて、頭を下げた。
みつきも、無言ながらにっこりと微笑んで、姉の気持ちに答えていた。
それを見ていたぼくの胸にも、ジーンと熱いものがこみ上げてきたのだった。(続く)
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