ペルカイダの記録

東川善通

Percaída

 古い洋館の重厚な扉をギィイと押し開けるとその瞬間、古い木の、紙の、インクの香りが広がる。

「おや、人が来るとは珍しい。何かお探しかな?」

 そう声をかけてきたのは黒髪の少女。彼女は洋館もとい書庫の守人だと名乗った。

「とはいっても、ここには記録しかない」

 極々一部のペルカイダたちの生きた記録が収められているのだという。この記録を守るのが彼女の仕事とのことだ。

 ペルカイダ。それは現在では空から降ってくる異世界の住人たちの総称。古くでは伝説になぞらえ、勇者や選ばれし者、神子と呼び崇拝される場合や異世界を追い出された者ということで罪人や兇徒、咎人などと呼び迫害される場合もあった。勿論、現在でもそのような地域は存在している。

「ここは勇士たちによって、作られた。そして、今では変わり者か研究者、記録を残している本人が尋ねてくるくらいだ」

 ペルカイダたちが死亡した際、何も残らない。まるで初めから何もなかったかのように。だからこそペルカイダたちはこの世界――ティエラで自分たちがいた証を残した。そもそも、ペルカイダ自体、何故、ティエラに落ちることとなったのかわかっていない。それは彼らの元の世界でも穴の原因、落ちる対象など研究されているが、結論まで至っていないそうだ。

「研究者の多くは誰かが元の世界に戻れた時にと残すことが多いな」

 彼らは自分の生きた証よりも研究の成果を残すことに重点を置いているらしい。少女はそう説明しながら、屋敷の中を案内する。

「ここが、現在も生きているものたちの記録だ。そして、隣の部屋からが残された記録だ」

 鍵を開け見せてくれた部屋は窓はなく、明かりも少ない薄暗い。ずらりと壁に沿うように置かれた本棚やそれ以外の大半のスペースは大きなテーブルが占め、それぞれの上には様々な色、大きさ、形の本が白紙の頁を開いて見せていた。暫くすると白紙の頁に次々と文字が生まれ、埋まっていく。端まで書ききってしまうと、自然と頁が捲られ、新しい頁になる。どうなっているのか気になって部屋に入ろうとしたが少女にやんわりと止められ、部屋の扉を閉められてしまった。

「すまないが、この部屋はプライバシーの問題もあるのでな。隣の部屋のものならば、多少なら見ても大丈夫だ」

 すでにいなくなっている者たちのは少女と住まう研究者たちが普通に見せても大丈夫と判断したものに関して閲覧可能にしているらしい。生き方によっては触れてはならない所に所属している者たちもいるためだ。

 隣の部屋に移動し、その旨を伝えられた。そして、少女が大丈夫だろうと差し出した本に目を落とす。タイトルはペルカイダの名前なのだろうか、幾何学模様で書かれていた。中身も同様の形なのだろうかと思いつつ、捲れば、ティエラで使用されている言語。ティエラに落ちる前から落ちた後のことまで詳細に記されている。

 どのようにして記録をしているのかとふと気になって問えば、少女はペルカイダの能力だと答えた。

 ペルカイダの能力。それぞれの異世界において、固有していた能力のこと。とはいえ、このティエラに落ちてからは条件をクリアしていない限りは基本的に使用することはできなくなる。条件とは、ペルカイダとティエラの住人がラソと呼ぶ契約を結ぶこと。これによって、外部の人間であるペルカイダたちをティエラに適応させることができる。ともあれ、ラソを結んだからといって、すぐさま能力が使用できるのではなく、ペルティエ(ラソを結んだティエラの住人)の許可とペルカイダの意思が必要となる。

「今ではペルカイダやその能力についても、ラソについても学校で基本として教えているから、ある程度は知っているだろう?」

 ティエラではペルカイダ用と先住民用でそれぞれ学校がある。元々は先住民の学校のみでペルカイダたちは年齢が対象年であれば、そこに混ざる形となっていた。しかし、常識や法律的なことを知らずのまま犯罪を犯してしまうものやラソと能力の関係を悪用するものが多くいたこととなったため、年齢を問わず、ペルカイダたちがラソと能力や世界のことなどを学べるようにと学校が作られることとなった。しかし、ペルカイダは多く存在するわけでもないため、学校は何かしらの福祉施設や公共施設などに併設されていることが多い。

「この書庫では、私、というよりも、私を含め歴代の書庫守とラソを結んだペルカイダによって、現在も記録されている」

 ラソは通常ペルカイダ一人に一つ。ペルティエの場合は受ける形になるため、制限は存在しないとされるが、実際のところ究明まではされていない。理由としてはラソを結ぶと例外はあるが、基本的にはどちらかが死ぬ以外、切れないためだ。そのため、研究と言って安易に結ぶことができないのだ。とはいえ、記録をしているペルカイダは何代もに亘ってラソを結んでるとなると書庫守は短命なのかと考えてしまう。もしくは、ペルカイダの方に何らかの性質があるか、と少女を見れば、彼女はにたりと笑った。

「ペルカイダも十人十色、千差万別だ」

 元の世界では武器だった者や動物だった者がいれば、元の世界では高齢であったはずなのに若返った者。逆に高齢になってしまった者と様々な状態がある。少女が言うのはこのことだろうか、それとも種族的なものだろうか。これについてはどうだろうなというばかりで答えてはくれなかった。

「謎が多い世界だ。小さな謎があってもそのうち気にならなくなるさ」

 そういいながら、少女は真っ白な本を差し出した。

「これは君にあげよう。君の人生を記録してみるといい。君がどんな人生を歩むのか、楽しみだ」

 少女は本を渡す、というよりも押し付け、そう口にする。この本に記すことが記録になるのだろうかと首を傾げれば、少女は面白そうに笑った。

「それはただの日記帳だ。本当に記録に残したいのであれば、また訪れるといい。私たちは歓迎しよう」

 そういうと、周りは霧に包まれたように白くなり、少女の姿も見えなくなった。そして、暫くして周りが見渡せるようになるとそこには少女の姿も書庫といった屋敷も何もなかった。

 夢でも見ていたのだろうかと手を見れば、そこには少女に渡された一冊の白い本。夢でなかったのなら、きっとまたあそこを訪れることができるだろう。そう考え、歩き出した。


「なぁ、ここにあった白い本、どこにいったのだ?」

「あ、すまない、あげてしまった」

「なんとぉー!! 酷いのだ、書き込むのを楽しみにしていたのに、あんまりなのだー」

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