アルマナイマ疾走海域
東洋 夏
ch.0 星を追う夢
◆
ロロノマウは、龍である。
雲より高く飛び空に住まう、誇り高き龍である。
鉄鋼の色をした鱗は太陽の光にぴかぴかと輝き、くもりひとつないその姿は<スコール雲に包まれたもの>という名に相応しい。
彼女は一族でもひときわ年若い龍であったが、既に十分な飛行能力も自我も育っていた。
ただしその好奇心の強さは、やはり若者のそれである。
ある日ロロノマウの目の前を落ち星が横切った。
彼女は落ち星を追いかけるのが殊の外好きで、だからこの日もいつものように、星の尻尾を追いかけて飛んだ。
熱い空気を放ちながらやがて消えてしまう星の焼けていく匂いは、とても甘い。
ロロノマウは鼻孔をうんと膨らませて、その匂いを肺いっぱいに取り込んだ。
そこで、今日の星は何だか違うということに気づいたのである。
匂いが違う。
消えゆくものの匂いではない。
だからといって生ける者の匂いでもない。
妙な異物感のある匂い。
余計に興味を掻き立てられて、ロロノマウは速度を上げた。
落ち星は雲を突っ切って一直線に進んでいる。
横に並ぶと、それがいつもの落ち星でないことがありありとわかった。
これはモドキだ。
燃えて剥離した外皮の中に、もう一層の身が詰まっている。
ちりちりと縮れて剝がれて飛んでいく外皮をロロノマウは口先で捕まえてみて、あまりの不味さに吐き気がこみ上げた。
彼女は腹立ちまぎれに落ち星モドキを角でつく。
しかし落ち星モドキは砕けず、ロロノマウのことなど眼中にないかのように下へ下へとただ落ちていくばかりであった。
興味が釘付けになったロロノマウは落ち星モドキと並んで飛ぶ。
やがて雲を抜け、アルマナイマ星のほぼすべてを占める青い海が眼下一面に広がるようになった。
ロロノマウが翼を目いっぱいに広げて、雲の中とは違った気流を捉まえる。
ほんの少しだけそれに苦戦している間に、落ち星モドキはすっかり外皮を脱ぎ捨てている。
外皮を脱ぎ捨てると落ち星モドキは透明だった。
その透明の殻は周りの風景とすっかり同化してしまうようで、ロロノマウのように好奇心旺盛な鋭い目を持っていなければ、同じ眷属の者でも見逃していたかもしれなかった。
ブーン、と落ち星モドキが鳴いたのでロロノマウは驚く。
星が鳴くなんて初めてのことだった。
落ち星モドキの側面から薄い羽がせり出して、まるで羽虫のように高速で羽ばたき始める。
そしていきなり、急角度で針路を変えた。
挑発と受け取ったロロノマウもまた、急カーブを描いて追跡を開始する。
これは遊びじゃない、と彼女は思った。
落ち星モドキの動きはますます活発になり変幻自在に飛び回る。
自分の頭ほどのサイズしかない物体が鋭い角度で動き続けるのを捕捉するのは、彼女にはまだ至難の技であった。
海面付近はさらに気流の具合が難しく、波をかぶれば翼が重くなって飛べなくなる。
龍と言えど生き物だ。
限界は存在する。
焦りつつもロロノマウはがむしゃらに飛ぶ。
何度かフェイントをかけられるうちに、彼女の好奇心旺盛な感性は経験を積んだ。
そして、相手の次の動きをピンと閃いた。
逃さじと彼女は首をもげるほど伸ばして、目の前の空間を噛む。
落ち星モドキがロロノマウの鋭い歯と歯の間に捕らえられる。
震える羽は彼女の柔らかい口角を裂き、ロロノマウは痛さに唸り声を発したが、決してくわえたものを離さなかった。
恐ろしほど頑丈な落ち星モドキの殻は噛み割れそうになかったので、彼女は思い切り海面にそれを叩きつける。
何回か繰り返すうちにとうとう落ち星モドキの羽がもげ、大人しくなった。
これでもう逃げないだろう。
安心してロロノマウは口から異物を吐き出した。
落ち星モドキの透明な胴体はまだ海面に浮いている。
彼女はそれを掬って持ち帰り、アララファル王が星の空に戻ってきたときにお見せしようと考えた。
羽ばたきの回数を極力少なくし、海面すれすれの高度を保って、長い胴から伸びる手をそっと差し伸べる。
その時にロロノマウの運命は決まったと言ってもいい。
海面が急激に持ち上がったのを、彼女は落ち星モドキに夢中で気づかなかったのである。
あれ、とようやく不審に思った時、ロロノマウよりも遙かに大きな海龍が飛び出してきて、彼女の胴体をばくりとくわえていた。
次の瞬間にはロロノマウは海に沈んでいる。
悲鳴を上げようとした喉に水が入って、必死に見開いた眼は血と塩でかすんでしまう。
それでも彼女は世界を見ていた。
落ち星モドキが巨大なクラゲのように平ぺったく伸びて、自分と、自分を喰おうとしている海龍もろとも包み込もうとしているところを。
伝えなくては、とロロノマウは思った。
伝えなくては、これは、とても悪いものだ!
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