ある新米冒険者パーティの末路

谷尾銀

序幕 ゴブリン退治の結末


 ある冒険者パーティが壊滅した。

 彼らは新米で経験は浅かったが優秀で、所属ギルドでも将来を有望視されていた。

 そんな彼らが、なぜ壊滅の憂き目にあってしまったのか。

 ギルドでまことしやかに語られる噂話に耳を傾けると、どうやら彼らは、あるクエストに失敗してしまったらしい。

 そのクエストの内容は、とある村の外れにある古代の地下墓地に住み着いたゴブリンを退治するというものだった。

 報酬は必要経費込みで銀貨三百枚の、簡単な仕事である。

 新米ではあったが優秀な彼らなら失敗のしようがないというのがギルドの見解だった。

 ……ところが彼らは仕事に出かけたきり帰って来なかった。

 村に立ち寄り、くだんの地下墓地へ向かった後、その消息はぷつりと途切れていた。

 それから数日後。 

 別な狩人たちが、村近くの渓流の河原で顔に酷い怪我を負った男を発見する。状況から地下墓地へと向かった冒険者パーティのひとりだと思われた。

 その人物は酷く錯乱しており記憶の一部を失っていた。何があったのか訊ねても要領を得ない。

 とりあえず、町の施療院せりょういんに運ばれて療養させる事になった。 

 そしてギルド側は別な冒険者たちに、例の地下墓地へと様子を見に行かせた。

 その冒険者たちは、未達成に終わったクエストを専門に請け負う腕利きたちであった。




 水滴の垂れる音。泥の臭い。松明の炎が地下空間の闇を照らす。

「西から黒雲が来ている。早いところかたをつけないと面倒な事になるな……」

 そう言ったのは黒づくめのドワーフだった。髪も髭も着ている長衣ローブもすべて黒い。

 しかし、その肌は青ざめており、瞳は血溜まりのような赤だった。

 雑嚢ざつのうを肩にかけ、革帯に繋いだ火吹き杖マスケットを背負っている。

 彼は黒髭のルーミス。

 未達成に終わったクエストを専門に請け負う冒険者のひとりである。

 そんな彼の前を歩く左手に松明を持った女が口を開く。

「長雨になったら、いったんバトンフィールドに引きあげましょうか」

 癖のある短い赤毛から覗く中途半端に尖った耳を見るに、混血エルフのようだ。小柄な身体で猫のようなつり目が特徴的である。

 革の防具を着込み、腰には片手剣ブロードソード短剣ダガー、ポーチなどを提げている。

 彼女は赤毛のアメリア。ルーミスの相棒である。

 ふたりは目下、くだんの地下墓地の内部を探索中であった。

 ここまでの道のりには、特筆すべき事は何もなかった。

 闇と湿気。そして、気の滅入るような静寂。ただそれがあるのみだった。

 そのまま何事もなく地下通路を進み、その四つ辻へと辿り着く。

 すると松明の灯りの中に、目を覆うような凄惨な光景が浮かびあがった。

「こいつは酷い……」

 ルーミスが眉をひそめる。

 その四つ辻の足元は、大量の屍でおおいつくされていた。

 ほとんどが緑の小鬼ゴブリンである。

 夏場ならば、とんでもない悪臭だろう。考えたくもないと、ルーミスは眉間にしわを寄せた。

「三十匹はいるかしら……」

 アメリアは、そう言って松明を持った左手を真横に動かした。

 すると明かりの中に屍をむさぼる四匹の大鼠ジャイアントラットが浮かびあがる。

 この地下墓地に元々すんでいたのか、死臭につられて外からやって来たのかは判然としない。

 犬くらいの大きさはあり、まるまるとお腹が膨らんでいる。

 光をあてられた大鼠ジャイアントラットは、不機嫌そうな鳴き声をあげる。

「飯の最中、邪魔したみたいだな」

 ルーミスは雑嚢から紙薬莢かみやっきょうを取りだし火吹き杖マスケットに鉛弾と火薬を込める。

 そして、アメリアが片手剣ブロードソードを抜いたのと同時に大鼠ジャイアントラットがふたりに目掛けて駆け出す。

 まず先頭の一匹がアメリアの目の前で飛びあがり、その真下を潜り抜けるように二匹目が突っ込んで来る。

「はっ!」

 アメリアは一匹目の顎を斬りあげ

即座に刃を返す。二匹目の頭に片手剣ブロードソードを振りおろした。

 一匹目は、はね飛ばされてゴブリンの死体の上に腹を向けて落下した。二匹目は頭を割られ、きぃ、と鳴いて血を吐き出し動かなくなった。

 しかし後続は賢かった。左右二手に別れてアメリアの横を通り抜けようとする。

 彼女は迷う事なく腰を捻り剣を強振する。己の左側を駆け抜けようとした大鼠ジャイアントラットの首筋に剣先を叩き込んだ。

「一匹、そっちいった!」

 ひくひくと四肢を痙攣けいれんさせ、もんどりをうつ三匹目の首筋から剣先を引き抜き、相棒に向かって叫ぶ。

 相棒は火吹き杖マスケットを構え、自らの元へと突っ込んで来る大鼠ジャイアントラットに向けて引き金をひいた。

 破裂音と共に白煙が吹き出し、一瞬だけ暗闇が駆逐される。

 火吹き杖マスケットの先端から鉛弾が飛び出した。

 それは破裂音に驚いて足をとめた大鼠ジャイアントラットの額にめり込んで、その頭部を粉々に砕いた。




 それからふたりはゴブリンたちの死体の中に埋もれた冒険者二名の遺体を見つける。

 しかし……。

「酷い……これ。ルーミス」

 アメリアは相棒の名前を呼びながら足元の遺体を見おろす。

 角兜に背には両手剣グレートソード。体格からするとヒューマンかエルフの男。わかるのはそこまでで、顔面はかんなでそぎ取られたように削れていた。

 左腕の肘から先もない。

「こっちもだ。多分、顎から上が大鼠ジャイアントラットの腹の中だ」

 少し離れた位置でルーミスが答える。

 彼の足元に転がる遺体も食い荒らされて酷い有り様だった。

 かろうじて、首にかかった聖印から彼が炎の神の信徒である事がうかがえた。

「これで、あと二人だったかしら?」

「いや、あとひとりだ。魔術師の女が見つかっていない」

 ルーミスがアメリアの質問に答える。

「……兎に角、いったんグレイヴ村に戻る? 村の人に言って死体を埋めさせないと……」

 この世界では古の暗黒神の呪いにより、野晒しになった屍が希に不浄なる存在として甦る事がある。

 そうでなくとも、このまま放置しておけば、さっきの大鼠ジャイアントラットのような獣が近隣の野山から集まって来る。

「いや。全部見てからにしよう。この奥に玄室があったはずだ。後のうんざりする作業を少しはマシにするためにも害獣駆除を先に終わらせよう」

「それも、そうね」

 アメリアは無惨な死体から目を放して奥の暗闇を見つめた。


 このあと、ふたりは地下墓地を探したが魔術師の女はついに発見する事はできなかった。

 しかし、ひとつだけどうにも腑に落ちない事がわかった。

 それは、施療院に運ばれた負傷者の身元である。見つかった遺体は、ひとり分だけ数が合わない上に、すべて人相がわからなくなっていたからだ。

 ともあれ、あらかた探索を終えたふたりはグレイヴ村へと戻り、村長に状況を報告した。

 村の青年団の力を借りて、ゴブリンの死体をすべて焼却処分にした。

 冒険者の遺体は不死アンデッド化しないように供養したのち、村の墓地へと埋葬された。

 その翌日の明け方近くに激しい雨が降り始める。

 ふたりは最後の行方不明者の捜索を中断し、グレイヴ村からバトンフィールドの町へと戻る事にした。




 朝から降り続いていた雨は、次第に激しさを増していた。

「顔に酷い火傷を負っていましてね。聖術による治療で、傷はふさがったんですが……」

 と、陰気な顔で語るのは右手に燭台を持った司祭だった。

「だいぶ引きつってしまって……人相はかなり変わっていると思います」

「そういえば……まだ、自分の名前も言えないと聞きましたが」

 そう問うたのは赤毛のアメリアだった。

 その彼女の言葉に司祭が「ええ」と頷く。

「傷口が膿んでいて……それで、脳に毒がまわったらしくて。そのお陰か、記憶がかなり混濁しているようです」

 ふたりは今、薄暗く長い施療院の廊下を歩いていた。

 施療院とは病人や怪我人を療養させて聖術による治療を行う施設の事である。大抵は栄えた町の神殿に併設されている。

 アメリアは、最後の行方不明者の手がかりを得るために河原で発見された負傷者の元を訪れていた。

 因みにルーミスの方は、全滅したパーティが拠点にしていた酒場へと聞き込みに向かった。

「……他に彼に関する事で何かありますか?」

 女が問うた瞬間だった。窓の外で稲光が瞬く。

「耳ですかね」

「耳?」

 アメリアは意味がわからず問い返した。

「耳がね、異常に良いんですよ。こんな雨の日はコルクの耳栓をしていないと、五月蝿くて仕方がないみたいですよ。……この病室です」

 司祭がその部屋の前で、ぴたりと足をとめた。

 彼は扉越しに面会人がある事を告げると、かすかに呻き声が聞こえて来た。

 まるで地獄の底の亡者のような呻き声だった。

「起きているみたいですね」

 そう言って、司祭は鍵を扉に差し込む。

 がちゃり、と冷たい金属音が鳴り響く――。

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