第83回テーマ:『祈』

タイトル:私は口の中で君の名前を転がす


しばらく口がきけなくなった。物理的に。

医者から「引き攣っちゃうから次の来院までは安静に」と言われた。揚げ物をしてたら油が大きく跳ねて事故った。口の中と右頬までにちょっと火傷しただけ。

マスクをしなきゃいけないご時世で本当によかった。


つまりは、私がふと漏らしてしまう君の名前も、もう口から迂闊に出してはいけないし、もう出てくることはないのだ。

私の中で君はもう封印されたんだよ、ねえ。


もう塞ぎこんだ時に癖で揚げ物をすることも懲りた。

また君を街で見かけたら、私はまた君の名前をマスクの中で呟いてしまうのだろうか。


しばらくは口がきけないから。

しばらくのそのさきも。

いつか、街で君を見かけませんように。

私の舌が変に動いた。

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