Chapter1 強欲の腕
第1話 灰ヶ原黒時①
*
欲しいのなら、その腕を伸ばせ。その腕は全てを掴む強き欲である。
*
彼は、普通の高校生ではない。少しずれた高校生だ。
勉学なんて興味ないし、部活なんてやる気もない。仲間を作って群れる意味も分からないし、恋愛なんて吐き気がする。ブランドも音楽もゲームも漫画も必要ない。
そもそもこの学校という一つの組織にこんなにも大勢の人間が集まって行動をしている事を考えると、恐ろしくもなってくる。
何にも関心が無く、興味が無い。それが彼。
いや、実際はそんな風に思われているだけ。
彼には一つだけ心を躍らせるほどに興味津々なものがあった。
それが――他者。
他者自信に興味があるわけではなく、他者の倫理観を逸脱した人間の本質に興味があるのだ。
彼にとってそれは、唯一の娯楽と言ってもいい。他者の行動、心裡、それらを己の双眸で見ることが灰ヶ原黒時という人間にとってはたまらなく面白く楽しいのである。
だから、というわけではないが、彼は幼少期から現在の高校生活にいたるまで常に一人でいる。
家に帰れば家族もいるわけで側に誰もいないというわけではないのだが、心の在り方として彼は常に一人で、周囲とは一歩離れた位置に立っている。
近しい人間にとってそれは、どうにかしてあげたい事柄なのかもしれないが、残念ながら当の本人は望むべくしてそこに立っているのだ。
そこでないと――見えないから。
あまりにも近すぎると、他者の人間としての本質が垣間見えるその瞬間が、見えないのである。
一歩離れた位置。
そこだからこそ、見ることが出来る。楽しむ事ができる。内側にいては、見えるものも見えなくなってしまうのだ。
高校二年生のに二学期が始まった今日。彼は、今日もその双眸で人間という存在を見て楽しむことだろう。
彼は、普通の高校生ではない。少しずれた高校生だ。それは本人もよく理解している。
だからこそ、彼は――少しずれた位置に立っている。
人間とは――少しずれた位置に立っている。
*
変わり映えのない通学路。
そんな景色、ため息をつきたくなってしまうかもしれないが、その景色こそが正しいものである。急に見慣れた通学路が変貌されても戸惑い当惑してしまう。
だが、恐らく灰ヶ原黒時という人間は、当惑しないだろう。仮に、目の前を恐竜が横切ったとしても、まるで車が通った時と同じように何の反応も示さないだろう。何故なら、彼の興味は他者にこそあるからだ。他者の人間の本質が見えるその瞬間を見逃さない為にも、世界などに目を向けてはいられない。
都心にあるスクランブル交差点。
そのど真ん中で、黒時はいつものように足を止め、周囲を見回す。
四方に立つビルの壁がまるでこの空間を覆っているような感覚がする。この小さな空間の中に数え切れないほどの人間が蠢き世界は回っているのだと思うと、全てが小さく見えてきて、俯瞰しているような気さえしてくる。
赤色の髪を逆立てた不満気な顔の男。金色の髪をこれでもか、といったほどに盛ったギャル系の女。
彼らを見て黒時は思った。彼らはまだ人間としては確立されていない。己の本質をひた隠し、壊れかけの仮面を大層大事に被った人形のようだ――と。
周囲の人形の流れに乗って、黒時も歩き出した。全ての人形の仮面を壊したい衝動に駆られながら、それを必死に抑え、ゆっくりと小さな世界を歩き出した。
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