打ち上げられる

韮崎旭

打ち上げられる

 クラゲなどが打ち上げられる海岸線はひたすらに自動販売機がなくそれゆえに私はそこが砂漠に近いと思った。何も考えてはいけないと必死になって考えたのだが、燃油代の高騰などからそこは虚空だった。誰の痕跡もない空港。開業前に廃墟となることが決定している、透明な死体。意味をなさないからあなたの存在には意味がないのです、連ねた指先は朱を帯びていて、それが寒さゆえか私の罪悪か、私には判別することができなかった。

 

 砂糖をもう少し。それから影と、畑。

 

 見ていた風景を攪拌機に放り込む。葬送。出口を探してみようと試みるのが墓地の何かしらのチャイムで、それは近隣の工場の始業チャイムだったことが後に判明した。それゆえにそこは砂漠ではないとあなたは考えた。あなたは、ペンを手に取ると即座に取り落としここ数日にわたる筋肉の度重なる疲労を実感した。あなたには実感がここ数日無かったので無理な作業を重ね重度に疲労していた。あなたはパイナップルに哀歌を、新千歳空港に挽歌を、すべてのあり得なかった文末に敬具を送付し、普通郵便でもって終着駅にした。


 深海の誰も訪れそうにない廃屋でも、クラゲやカニなどの来客があるのに、私の住居と来たらそれよりもさらに来客がない、こんな新月の晩に、月を思う歌を詠むこともできないで暇を持て余した客人などが、医学ラテン語‐英語辞典などを携えてきたのなら、私はプラムを向いて差し上げただろうに、この低湿地では瘴気のために具合が悪くなるからと、誰もが息をふさいでいる。そういった振る舞いをしなくとも具合が悪い私の身にもなれ!


 象牙の眼球のようだったと誰が言ったのか、あなたが置き忘れた羊皮紙には幾度もの呪詛。織りなす茜に似た廃棄物、去る10月の自殺未遂。

滑らかな、平らかな、どこへともなくゆくあてもなく、失踪の過去は手帳に消えた、きっとそれはダムだった。


 死のうといった日はもうどれだったか記憶にない、無理でしかないと悟った、何も理解することがないと知った、随想は明朝の寒さに沈み、二度と浮かばない死骸のように、二度と燈を持たぬ市街のように。


 図書のさえずりをきいたか、かすんだ初夏をのぞむか、中身を忘れられた酒瓶の底から、貴方が捨てた初夏が覗く。戸を立てたか、聞き知ったか? 解放は遠く、墜落は近く、落盤のように、日の光を浴びて死にそうになる。


 それは失敗だったことでしょう、調理の隙間に入り込んだ九等文官、陽炎の檻のその先に、身元不明の遺灰と憧憬。懐かしさを覚えていたの? それが工場の始業チャイムだったことが後に知れたとしても、廻らない血が淀んでいくのをただ愛らしいものを見る目で眺めていた、暇だったのか?


 暗く閉ざされた部屋でようやく安心することができた、陽光は好かない、電光が望ましい、私の角膜は、叫んでいる、陽光の下で、その暴力に、悲鳴を上げようと、抗議を示そうと。暴徒はかくして殲滅され、凪いだアスファルトが残る。

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打ち上げられる 韮崎旭 @nakaimaizumi

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