こせがれと幽霊の塔


ここは田舎町の酒屋。


なにか外からドタドタというかトントンという音が聞こえる。

ガラリと左右にスライドするタイプの扉を開け外を見るが誰もいない。


「はぁー誰だよ。」


「俺だよ。」


人とは思えない声が聞こえたと思った瞬間、肩になにか重い、温かいものが落ちていく感覚があった。

背を向けた店内にはもちろん人などいない。

これはまずい。そう思った瞬間俺は


「ア゛ア゛ーーーーーッ!!!!!!ウギャアアアアアア!!!!」


日常生活ではまず出さないタイプの声で叫び声を上げるしかできなかった。


「うわーーー!!俺だよ俺!」


「なっ何ィーーー!?誰ーーー!!?」


「猫だよ!!」


「猫…?」


そういえば思い出してみたが俺は数年前に猫と話したことがある。

数年前だったのとあんまりにもなんだかぼんやりとした記憶だったのですっかり忘れていた。


「こせがれ。」


「猫だ。」


「猫だよ。」


「猫って猫だよって言うかなぁ。」


「言うよ浅はかが。」


「このやろう…。」


お互いに悪態とついていたが飽きたので本題に入る。


「で、今日はご近所さんは何買いに来たの。」


「買いに来てない。」


そういえば前はちょっとした荷物を持っていたが今日は手ぶらだ。猫なんか基本手ぶらだから気が付かなかった。


「塔の幽霊を退治してくれ。」


「塔…の幽霊?」


急にRPGみたいな話になった。酒屋に何を期待しているのだろう。


「そういうのはギルドを通して依頼してもらえますか。」


「ギルドってなんだよ。」


「えー。そういうノリじゃないの。」


「マジで町外れにある俺たちの集会場に塔の幽霊が出る。」


「我慢しろよ。」


「即適当な返しするな!!前氷踏んで転んでいいとこ入ってしまったらしく10秒ぐらい動けなかったこと言いふらすぞ!!」


「やめて…。」


なんでコイツそんないい、いや悪いタイミングばっかり見てるのだろう。


「じゃあ今日夜10時前スープ作ったとこ集合な。」


「まだ了承してない上計画がはええ!!」


「じゃあな。」


「あっ。」


猫は踵を返すとするりと扉を抜け曲がっていった。


「参ったなぁ。」


俺は店内で唖然としながら幽霊退治に行くのに前掛けはマズいよなぁとか考えていた。




夜、俺はジャージに着替えて店を抜けようとすると

冷蔵庫の温度を確認していた親父に鉢合わせした。


「あっ。」


「おっどこか行くのか。」


「ちょっとコンビニ、いや、遠くのコンビニに。」


俺は何に同意しているのか自分でもよくわからないが首を何度か縦に振りながら言った。


「あっわかった。」


「えっ…。」


何を感づかれたのだろう。俺は結構嘘がバレるタイプなのだ。

親父は近づきそっと耳打ちをする。


「お前、エッチな本を買う気だな?」


俺はかなり動揺してしまうが本当の事を言うよりもそういうことにしたほうがいい気がしてきた。


「か、買うッ!」


「やっぱりな~。」


「いっぱい買うッ!」


「いっぱいか。元気だな。」


「元気ッッッ!!」


「気合い入りすぎだろ…まぁコンビニのエロ本も撤去されるらしいからな。ほどほどにな。」


「ほどほどにいっぱい買うッ!」


「う、うん…。」


俺は扉を開け、親父をちらりと見る。


「じゃあ…。」


「うん。」


「行ってくるよ。」


「はよいけ。」


ひょっとしたらこれが親との最後の会話になるかもしれないんだな。

そう思うと少しためらわれたがバレるといけないので俺は駆け出した。


「なーんでアイツエロ本買いに行くのに妙に悲壮感あるんだ。」




「塔だ。」


塔、見た瞬間そう思うような非現実的な存在が空き地にいきなりあることにどうして誰も気が付かないのか。

少なくとも昼だったが前見たときはこんなものはなかった。


「おっ本当に来た。」


「猫。」


猫がトテトテとこちらに歩いてくる。


「じゃあ行くか。こせがれ。」


「えっ…ジャージのまま…?結構寒いのに…?準備とかは?」


「ないぞ。ここまで来て尻込みしてんじゃねえ。」


猫が先に塔に向かって歩いていくので引くに引けない状況になってしまう。


「あっ、なんだこれ。」


俺たちはギイギイ軋むドアを開けてどこまで上に伸びているのか全くわからない螺旋階段を登っていくことにした。

階段を踏む度にカンカンという乾いた音が響く。


無言で歩いていると無性に恐ろしさがこみ上げてくる。1人でなくて本当に良かった。ついてるの猫だけど。

なにか、何か言わないと不安で押しつぶされそうだ。


「あ、あのさぁ。」


「なんだよ。」


「幽霊ってさ…猫の幽霊なの?なんで俺は呼ばれたの?」


「猫の幽霊じゃないのは見れば分かるだろ。」


「そ、そうか。」


「で、お前を連れてきたのはお前に魔法みたいなやつの素質があるかなーと思ったからだよ。」


「えっ絶対ねえ。俺酒屋だもん絶対ねえわ。」


「いや、あるんじゃないのか。最初から猫と喋ってもあまり驚かなかったし。」


「それ関係あるか?」


「あるよ。魔法みたいなやつは個人の心持ちの問題だ。お前みたいに幻想と現実の境目が曖昧なふわふわした奴はその素質があるんだよ。」


「魔法…境目…?」


俺はいい歳してそんなふわふわしてないぞ。と思ったが思い返すとそんなこともない気がする。よく天然だと言われるし。


「そういえば今日もうちの店にある酒が全部花に変わって花いっぱいになるか突然エッチなことにならないかなってぼーっとしながら思ってた。」


「お前…本当…そういうところだぞ…?」


「よりによって猫にドン引きされた…。」




「行き止まりだと…?」


正直面食らった。この螺旋階段の上に扉がありボス幽霊と対決、というプランを思い描いていたからだ。


「帰ろう。」

猫が背を向けたまま言う。


「えっ。」


「帰ろう。」


「出なかったな、塔の幽霊。」


「いや…。」


猫はなにか思うところがあったのか言葉をそれ以上は続けなかった。

猫だし動物だし人間より勘が働くのだろうな。と思うと背中がぞくりとしてきたので何も言わないでおいた。


「まぁなんだ。もう大丈夫だろう。もともと不安定な魔素で構成されていたからお前のような猫よりは現実感の強い人間が足を踏み入れたことにより魔法みたいなやつは繋がりを失ってバラバラになる。」


「えっそんなんでよかったの。」


急だったしあの後普通に仕事してたから忘れてたけど浄霊道具、塩とかでいいから持っていくべきだった。


「うん…まぁ明日の夜にならないと分からんけど…まぁいいだろ。」


「曖昧だなぁ。」


俺らは店に帰り親父たちが寝たのを確認してから売り物のスルメを適当に開けてくちゃくちゃやる。

少しどうしようかとも思ったが一番気になっていたことを意を決して聞くことにした。


「そういえば1つ聞きたかったんだけどさ。」


「特別に聞くだけ聞いてやろう。」


「助けられたくせに偉そうだな。」


「人間は俺たちのような猫のために存在しているし。」


「えー。」


「猫は人間のためにも存在しているよ。」


「そうかも。」


「お前その理解してるんだかなんだかわからん感じ本当アレだぞ…?」


猫は少し姿勢を改めるというか手をピッタリと揃え頭を少し下げた。

俺は一旦食べるのをやめ、喉をゴクリと鳴らす。


「これはもしかして俺たちの領域ではない、というか聞いてはいけないことなのかもしれないから答えなくてもいい。」


猫とは目を合わせられない。目を合わしたくない。


「塔の幽霊いなかったよな?」


「いたよ。」


「えっ。お前びっくりしたタイミングなかっただろ。」


「別にびっくりしないよ。」


「どういうこと?」


「あー塔の幽霊って言い方が分からなかったのか。幽霊の塔だよ。」


「は?」


塔の幽霊、幽霊の塔。確かに意味は違うがそんなに印象は変わらない。

俺は額に指を当てて少し冷静に考えることにした。


「あっ。」


俺は一瞬自分の浮かんだ考えにびっくりして目を2度瞬きさせて猫に聞く。


「もしかして塔自体が幽霊?」


「あっそれそれ。」


あまりにもくだらなくて俺は床に五体を投げ出した。


「なんだよそれ、もう…。」

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