まふうと猫とこの街と
はんかうり
猫は突然やってくる
ある日、いつものように宅配先用に瓶ビールを箱詰めしていると声が聞こえてきた。
「酒屋のこせがれー。」
聞き覚えのない、知らない客だ。それにしても馴れ馴れしい呼び方である。
「はーい。」
返事をしてビールの方から一旦目を離し、立ち上がって店を見回すと誰もいない。
おかしいな。と思いもう一度しゃがんで箱詰めを開始しようとしたところ、いつの間にやら箱の横に三毛猫がいることに気がついた。
「酒粕一袋ください」
「はい、甘酒作る方ね。板粕ね。」
日本酒が大量に並べられた冷蔵庫の一番隅のところから酒粕を取り出し、猫に渡そうとするところで、何故猫が喋っているのだろうとうっすら思った。
うっすら思ったところで、いや、うっすら思ってる場合じゃない。これは明らかに何かおかしいということに気付き始めつつ酒粕を渡す。
「どうも。」
「380円です。」
「これでいい?」
猫は横に置いてある包みをさっと開けて中の硬貨を俺に渡す。
五百円玉1枚と百円玉5枚と十円玉7枚、五円玉が2枚に一円玉が6枚、雀の死体が一匹。
「じゃあ丁度貰います。」
ひい、ふうと数えてその中から百円玉3枚と十円玉全部、五円と一円を組み合わせて380円を抜き取る。
「ごまかしてねーだろーな。」
「一応客商売なのでそういうこすいことはしません。」
「どうだかな。お前、この前そこの居酒屋の前に置いてある壺の取っ手のとこ、壊したのに謝らないで適当にぶん投げておいただろう。」
「わーっ、わーっ!何で知ってんの!ていうかお前何で喋れんの!」
「そりゃそっちが喋ると思うから喋るんだ。」
「ほぅー。」
意味は分からないが納得する。
そういうものかなぁ。確かに繰り返しの作業中に「何か素敵なこと起こらないかなぁ。」とぼんやり思っていたような気もするようなしないような。
そういえば今日は2月22日、猫の日である。
そのせいかは知らないが、とにかく猫が喋っている。
「世の中にはこんな魔法がそこらじゅうあるのに。人間は気づかないだけなんだよ、酒屋のこせがれ。」
「人のことをこせがれ呼ばわりしおって。ネコのくせに。」
「はんっお前は気づいてないかもしれないけど一日に何度も何度も会ってるんだよ。こっちからしてみればご近所さんだ。対等だよ対等。」
「それでももう少し口に気をつけたほうがいいぞ三毛猫。ご近所さんだろ。」
「ばーろっ、お前みてぇな嫁も貰ってないガキに気のきいた口なんか聞いてやるもんか。」
「何ィ、猫のくせに何ィ。」
「おおっと。種にまで口出したということはそれ以上反論材料がないと見た。これは見苦しいことになるぞ。それじゃあ必要なもん買ったし帰るわ。」
猫が包みを結び、酒粕の袋の中に入れると背中の上に乗せてとことこと歩きだした。
なんとなくこのまま帰すのは惜しい。
せっかく面白いことになりそうなので何か言わなくては。
「おいっ。」
「何だ。」
「その酒粕は何に使うんだ」
「粕スープを作るんだよ。」
「粕スープぅー?」
「酒粕を水に溶かして酒代わりに飲むんだ。俺たちは体が小さいから人間が飲むようなアルコール飲むと死ぬの。だから酒粕に残ってる少しのアルコールがちょうどいい。」
「へー。」
感心しているとまたとことこと歩きだす。もう店の外へ出ようとしているところだ。
「待ってっ!」
猫はピタッと止まり、めんどくさそうにこっちを見ている。
何か言わなければ。何か言わなければ。
「つ、作ってるところ、みせてっ。」
「うむ。」
三毛猫は床にどっかり腰をおろし、しっぽを右へ、左へ、ゆらゆらと動かす。
「よかろう。売ってもらった恩もあるしせっかく喋れるのだから、積もる話でも。」
猫の後へついていき、家の間を抜け、フェンスを超え、生垣に囲まれたちょっとした広場へたどりついた。
既に木の棒で支えられた鍋と下に落ち葉が集められたかまどらしきものが準備してある。
「着いたぞ。人間にも通れる道を選んだからやたら遠回りになったが。」
「うへー。」
「それでは粕スープを作る。」
そう言って生垣の中に飛び込むとすぐ水の入ったペットボトルを口にくわえて戻ってきた。
「それ猫除けだぞ。」
「知るかよ。こんなもので猫を避けられると思うとか人間浅はかすぎるだろ。」
「うーん、そう言われると。」
猫は蓋を器用に口で開け鍋に水を注ぐ。
「手伝うよ。」
「ありがとうな。」
注ぐ姿勢が猫にはつらそうだったので支えてやると素直にお礼を言うので驚いた。
思えばこれが唯一猫が素直になった時だった。
その後はそこらへんで拾ってきたらしい100円ライターで落ち葉に火をつけて鍋を温め始めた。
酒粕をちぎって入れる作業を手伝いつつ、近所の雑貨屋の女の子の話などをしていると相手が猫だということを忘れ、前から仲の良い友達だったように思えてくる。
そしてどうでもいいけど雑貨屋のミナちゃんはよく男友達とボーリングやスキーなどに行っているらしい。どうでもいいけど。
「落ち込むなよ。」
「落ち込んでないヨー。」
酒粕が細かくなり溶けたら粕スープは完成であるらしい。
少し冷まして猫が「うん、いい塩梅だ。」と言うのでちょっと指をつっこんで温度をみる。
さすがに飲むのは衛生面できつい。
「これ、ぬっるい。」
「猫にはこれくらいがちょうどいいんだよ。」
「猫舌か。」
「猫舌だけど。それよりお前らが熱に対して耐性がありすぎるんだよ。
よく考えてみろよ。お前60度のお湯の風呂に入ったら熱いと思うだろ?
気温が60度だったら?絶対暑いだろ?それなのに飲み物はとなると丁度いいとかぬかすんだ。おかしいだろ。」
「そう言われるとそうかもなぁ。」
その後も猫視点で人間の欠点をこんこんと聞かされて、俺も適当に相槌を売ったり馬鹿にしたりして時間を潰していると、なんとなくこっちを誰かが見ているような気がしてきた。
時間が経つごとに目の数が増えていく気がする。
「こっからは猫だけの集まりだからお前帰れ。」
「えー。」
「いいから帰れよ。代金分くらい見ただろ。こっちにも予定があるんだ。」
「わかったよ。ネコのくせに予定かよ。」
「フシャー!」
「みゃーん!」
「人間のくせにバカみてぇだぞバーカ!!」
「バカって言う方が猫なんだ!バカなんだ!バーカ!!ねーこ!!」
「バーカばーか!!」
ふっと我にかえると冷静になってしまい。ふきだしてしまった。
「ふふ、ふあっふあははははー」
ひとしきり笑うと、更に冷静になり帰ろう。という気になった。
「帰るわ。」
「おう。」
「またな。」
「またなー。」
俺は振り返らず、その場を後にして酒屋へ戻りビールの宅配の準備をした。
時間にしてみると20分あるかないかの出来事だった。
数日後。
「酒屋のこせがれー」
呼ばれた気がして振り向くと、三毛猫が店のドアをトトトと横切って行くのが見えた。
「あいつ、ピンポンダッシュかよ。」
ピンポン押してないのにピンポンダッシュと言えるかはわからないが。
今でも、バカ猫にやられる。
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