雲の上の生活体験ツアー

ちびまるフォイ

どれだけの苦労だったのかは見えない

「というわけで、久しぶりに1週間の連休が取れたんです。

 なにかおもしろいものありませんかね」


「でしたら、この2つがおすすめですよ」


「おお、聞かせてください」


「"これまで見たこともないものが見られる"パックと、

 "これまで行ったこともない場所に行ける"パックです」


「両方楽しそうですねぇ。どちらも選べないんですか」

「それが片っぽだけなんですよ」


男はうーんと腕を組んで悩んだ。

でもよく考えてみると「行ったこともない場所」に行けるということは

その時点で「見たこともないもの」が見られることになるのでは。


「決めました。行ったこともない場所に行けるパックで!」


「かしこまりました。当日をお楽しみに」



当日、目を覚ました男は強烈な陽の光で起きた。



「な、なんだ……うおお!?」


足元を見てみると、高層ビルの屋上が広がっていた。

びっくりして腰が抜けるとふわりとしたものに触れた。


「これは……雲!?」


男が連れてこられた場所は雲の上だった。

底が抜けないかと慌てたが、ジャンプしても寝転がってもびくともしない。


恐怖感が薄れてからはハイテンションに叫びまくった。


「すげぇぇ!! 雲だ! 雲の上だ! 子供の頃の夢だった雲の上に来たんだ!!」


"行ったこともない場所"とは雲の上のことだった。

飛行機の窓から眺めることはあってもその上で寝転がるなんて考えもしなかった。


すると、男の持っているケータイにメッセージが入った。


『お目覚めですか? なにか入り用でしたらこちらからお届けします。

 雲の裏についているロープを引いてみてください』


「ロープ?」


雲から落ちないよう、裏についているロープを見つけてたぐり寄せる。

ロープの先には食べ物や飲み物が入っていた。


「こりゃいい。快適な雲の上の生活ってわけか」


次は「ケータイの充電器がほしい」とメッセージを送れば、

ロープをたぐり寄せた後に充電器が手に入る。


誰の目も気にすることなく、最高の景色と、圧倒的な開放感を独り占めした。




「暑い……」



雲の上の生活、2日目。


どれだけ見ても見飽きないと思っていたはずの360度パノラマ景色も

今となっては電柱と同じくらいの存在価値まで落ちていた。


昼間は太陽の光でジリジリと焼けるように熱く、

夜は上空の冷たい空気で凍りつくように寒い。


取り寄せた日傘を2重にしても容赦ない太陽の熱線が突き刺さる。



雲の上の生活、3日目。



極限環境はすでに雲の上の娯楽性を完全に食いつぶしてしまい、

ただの耐久チキンレースと化してしまっていた。


「熱い……熱い……ぜんぜん楽しくない……」


恐るべきはまだ日程が今日を含めずに4日もある点。

このまま雲の上で生活していたら1週間後にはミイラになってしまう。


男はケータイを手にとった。


『なにか入り用ですか?』


「ツアーは中止だ! 頼む! もうここから下ろしてくれ!!」


『それはできません』


これだけ熱いのに、背筋が寒くなったのを感じる。


「俺はここにどうやって来たかわからない……。

 ってことは、どうやって戻るかもわからないんじゃ……」


このまま見限られたら。

もし、食料が打ち切られたら。

1週間経っても回収されなかったら。


嫌な「もしも」ばかりが雲の上の男をせきたてる。


「おい! 頼む! ここから出してくれ!! もう限界なんだ!」


『それはできません。ツアーひとつになっていますから』


何度言っても助け舟は来なかった。

男は雲の裏にぶら下がっているロープを思い出す。


「そうだ! あのロープは地上とつながっている! あれで降りれば!」


ロープをたぐり寄せると、まるでレンジャー隊員のごとくするすると……。



ぶちっ。


「うわわわっ!! アブねぇ!!」


ロープは体重をかけた瞬間に雲との接着面がはずれてしまった。

思えば、食べ物も少量ずつ細切れに届いていたことから重量制限があったのだろう。


「危なかった……すんでのところで雲掴んで良かった……」


ロープはもう地上におちて見えなくなってしまった。

これでもう地上からの物資が雲の上に届くことはない。絶体絶命。


「どうしよう……飛んでる飛行機とかに助けを求めるか……。

 いや、まさか雲の上に人がいるなんて信じちゃくれないだろう。

 ケータイで助けを呼ぼうにも、誰なら助けてくれるんだ……」





雲の上の生活、4日目。




追い詰められた精神状態は雲の上の男をますます疲弊させた。


「もうダメだ……助かりっこない……俺はこのままここで天日干しになるんだ……」


男は寝転がり脱力したまま、なんとなく雲をちぎって口に運んだ。

なんの味もしない綿の食感だけが口の中に広がった。

けれど、雲の存在が男に最後のひらめきを与えた。


「そうだ! もうこの雲を使って降りるしか無い!!」


男は雲を小さくちぎって離すと、雲はふわふわとゆっくり浮き上がった。


「よし、行けそうだ。このまま落下したら即死確定だけど

 この雲をパラシュート代わりに持っていけば、きっと……!!」


自分の体重をかけたとき、ゆるやかに落ちるだけの雲をむしり取ると

男は覚悟を決めて雲の上を飛び出した。


「うわぁぁ!! 怖ぇぇぇ!!」


風にあおられながらふわふわと雲のパラシュートで降りていく。

地面がみるみる近くなり、最後は持っていた雲をクッション代わりに身体の下に敷いた。


なんとか地面にたどり着くと、そこには男がちぎったロープ。

そして、たくさんの人だかりとツアースタッフが拍手をしていた。


男の怒りは頂点に達した。


「おい!! お前! どうして助けてくれなかったんだ!!

 雲で脱出しなかったら今ごろ死んでたぞ!!」


「だって私は両方のツアースタッフなんですから中止なんてできません!」


「はぁ!?」





男の大脱出劇を見たギャラリーたちは満足そうに拍手した。


「いやぁ! 雲で空から降りてくる人間なんて、

 "これまで見たこともないものが見られる"ってのは本当だった!!」

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