第四話 血に染まる教会

 ~王都ベルグラディス・傭兵所~



先日の一件以降、私はここで依頼を受け王国の動きを探っていたのだけど、あれ以来動きはない。

分かったことは傭兵のほとんどが『地下街』出身だという事と、依頼を出しているのは王国だということだけ。

その依頼もまた酷いものばかりで、どれも依頼書の通りだったことはない。

傭兵は王国にとって兵士と違い死んでも良い駒だ。

地下街出身や仕事につけない者の集まり、いつどこで死のうが騒がれもしない。


「アイディールお姉ちゃん! 新しいお仕事が来たよ!」


傭兵所で椅子に座りながらそんなことを考えていると、声がした。

この少女の名前はトリルというらしい。

商店区で、森林で会った少女だ。

働き口のないトリルはここで受付の手伝いや掃除等をすることにしたという。


「うん、ありがとう。内容、見せてくれる?」


「はい、これが依頼書です!」


トリルはここに来てからとても明るくなった。

ここの傭兵達は皆優しい、私から見れば馬鹿なんじゃないかって思うくらいに。

でも不思議と嫌な感じはしない。


私は依頼書に目を通す。

内容は……数週間連絡が途絶えた教会の調査。

自国の領内でありながら、王都から外に出る上、状況が不透明な事に対して王国騎士が対応することは殆どない。

こういったものは報酬金を餌に傭兵所へと回ってくる。

まあ私は好んで怪しい、危険な依頼を受けているから歓迎なのだけど。

さて、出発するとしよう。



ベルグラディス領内・ミール教会



私は王都を出てから半日ほど歩き、依頼の場所に着いた。

教会の外には武装した人間が数人、どうやら外を見張っているようだ。

私は隠れることもなく正面から歩いて教会に近付く。

すると、一人の見張りが私に銃を向けて停止するよう促してきた。


「そこで止まれ。要求した金を置け」


「お金? 聞いてないけど」


「ふざけるなよ。おい、一人連れてこい」


私の目の前の見張りが指示すると、教会の入り口から一人の女性が銃を突き付けられた状態で出てきた。

人質のつもりなのだろう。

だけど、相手を間違えている。


「おい、止まれ。止まらないとコイツを」


「殺せば?」


私は見張りの言葉を無視して、ゆっくりと教会に近付いていく。

焦った見張りは空に向けて銃を発砲した。

怯える人質の女性が一言呟く。


「神様、どうか私達をお助け下さい……」


神、様……? これは私のこの後の行動を変えるには十分な一言であった。

この状況でも存在しない架空の存在に縋るか。

なら、現実を見るといい。

見張りは私を睨み、銃を女性に強く突き付ける。

それでも撃たない、初めから撃つ度胸などないのだろう。

見張りの手が震えているのが見える。


「殺さないの? 殺せないの?」


私の問いに対して見張りの男はさらに震えが大きくなる。


「そう、なら……。私が殺してあげる」


私は魔力を使って自身の剣を呼び出し、それを見張りの隣、人質として連れてきた女性に向けて投げる。

その剣は狙い通り人質の女性に刺さり、女性は声をあげる時間もなく地面を真っ赤に染めながら倒れた。


「う、うわぁぁぁ!!」


銃を突き付けていた見張りは怯えるように逃げ、その他の武装していた人間達も同様に逃げ出した。

私は教会の正面の扉を開ける。

中には十数人程の人間が居た。

服装からみて教会の人間だろう。

私を見て皆が騒めく中、高齢の男性が私に言った。


「き、君は、奴等の仲間かね?」


「違う。外にいた奴等なら逃げ出した」


「な、なんと! わ、我々は助かったのだな……!」


教会内の人間に喜びや安心といった表情が戻る。

そして、教会の中央にある像に向かい祈り始める。


「……」


私は数秒その様子を黙って見つめてから外で殺した教会の女性を片手で掴み、その死体を皆が祈りを捧げている中央の像に向かって投げる。

像は砕け、皆が唖然とする。

先程の高齢の男性が慌てた様子で私に詰め寄る。


「なんて罰当たりな! 君は自分が何をしたのか分かっているのかっ――!?」


私は喋りを遮るように目の前の男性の片腕を斬り落とす。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」


私はうるさく悲鳴をあげるその男性に言う。


「いい? この世に神なんて存在しない。都合の良い事が起きた時に感謝する対象としたり、嫌な事や悪い事が起きた時に都合良く縋る為の架空の存在」


「神が、お前みたいな奴を許すはずが、ない……」


「許す? 笑わせる。弱者の妄想が生み出した存在なんかに許される必要なんてないの、さようなら」


私は剣を振り上げ、目の前のもがき苦しむ男性にトドメを刺す。

残った教会内の人物の反応は様々だった。

私に敵意を向ける者、怯える者、そして未だに祈り続ける者。

まだ分からないなら……死ねばいい。



残るは一人、震える体で必死に私から逃げようとしているが、その足取りはぎこちなく、何度も勝手に転んでいる。

私はゆっくりと歩いているだけで距離は近付く。

体は震え、怯える瞳で教会に残った最後の一人は言う。


「あ、あ、あなた頭おかしいわ……!」


「私からすれば見えもしない存在に祈っているあなた達の方がおかしいけど」


「い、嫌……! だ、誰か! か、神様、どうか私を助けてください……!」


「ねえ、その神様って存在は誰かを助けてくれた? そして今……あなたを助けてくれる?」


「っ……!!」




全てを終えた私は帰路につく。

誰もいなくなった教会を背に……。

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