第6話 幸運クン

 ロサインがムチように足をしならせるキックを放ってくる。衝撃を貰った俺の体が嘘みたいに浮き上がる。

 数十メートル離れたところまで吹き飛ばされ地面に激突した。


 もう、体がとっくに限界を超えている。意識を保つのでさえ、精一杯。いや……もう……このまま意識を失ったほうが……楽かもな。


 俺はそんな感じで全てを任せて目を閉じようとした。だが、突如、俺の頭の方がガタリと下を向いた。それが、地面が崩れたということに気づくのは数秒経ったあとだった。


 体はそのまま地面に残るが頭から先の地面がない、崖。そして……その下に、なにやら水の流れる音が聞こえてきた。

 川だ……。


「ほう、こんなところに川があったか」

 ロサインがそんなことを言いながら近づいてくる。愉快そうに笑う。


「これは随分と幸運の持ち主のようだね。出会った時から、君はひたすらに運がいい……。これはそろそろ呼び方を新人クンから幸運クンに変えるべきかな?」


 ロサインは崖下に落ちかけた俺の首元を掴み上げた。そのまま、崖に向かって手を伸ばされる。


「……本当に抵抗する気はないのか?」

 俺の体はなすがまま、崖の前に立つロサインの手によりぶら下げられる。残念ながら、今の俺にはこのロサインの手を掴みかかる気力もない。


「まぁ、仕方ないか。万全の状態ならまだしも、満身創痍でわたしに出会ったんだ。諦めて絶望するほかなかったのだろう。

 だが、その不幸の中でも君は幸いを手に入れている」


 そういってロサインは俺を掴んでいない左手を下に向けた。

「この崖の高さだ。このままわたしが手を離せば本来ならその状態では死しかない。だが、この下の川は深い。おそらく、落ちただけでは死ねない。

 さぁ、チャンスだ新人クン。おめでとう、君の幸運をお祝いするよ。生きて帰れるといいな」


 ロサインはそのまま、今度は左手を横に振りはらった。

「君の幸運を祈って……また、会おう。新人クン」


 その瞬間、俺の胸元に痺れる衝撃が走った。だんだん胸元が熱くなってくる。な……なにが……。

「……っ」

 視界が一気に暗くなっていく。これは……やばい……。




 耳元で強い水の流れの音を感じる……体も打たれまくっている。その感覚がしばらく続き、俺の意識が戻り始めた。

 最初は灰色のように感じていたが、視界の情報も捉えられ始める。そこで初めて、自分の体が川岸に打ち上がりかけていることを認識した。


「ガハッ!? ……ハァ……ハァ……」

 しばらく呼吸をしていなかったらしく、激しく体が酸素を欲する。だけど、川の勢いが激しくこのままではいずれ体ごと持っていかれる。

 肘を立て強引に体を川岸に引き上げた。


 そのままうつ伏せ状態で再度、呼吸を繰り返した。肺が動くたびに痛みが走る。呼吸することすら億劫。

 今尚体から胸元から血が溢れ出して止まっていない。果たしてどれくらいの血を失ったのか……。


「……もう……無理か……」


 そうやってもう目を閉じようとした。だが、その瞬間脳裏にある言葉がよぎった。


――生き続けるってことも、ひとつの強さだ――


 生き続けることが出来るのは……強さの証。

 それこそ、ここで諦めたら……ただ弱いだけ……。たとえどれだけ力をもっていようとも、ここで死ねば……強くはない。


「……くそっ」

 俺は左手を地面につけた。そして左半身を持ち上げる。


 それに伴い、負傷度合いが大きい右手に全体重が掛かる。果てしない痛みで意識が飛びそうになる。

 だけれども、俺は強引に体をお越し続けた。


 やがて、俺の体が寝返りを打つ。力なく俺の背中から地面に落ち、俺の態勢は仰向けに状態になった。


 それだけの行為なのに、体力がごっそり持っていかれる。だけど、グズグズしてたらすぐに命は消える……。


 俺は最後の力を振り絞って左手を天に向けた。そして、天に向けて魔法を放つ。それが果たして俺の思惑通り発動してくれたか分からない。


 それより先に、俺の意識は深い場所へと落ちていった。

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