第8話 強者マト

 木々が円状に倒れた空間に下りるマト。対して空間の中央にて膝をつくロース。互の視線がぶつかり合っている。


「……まだ、意識あるの?」

「……とうぜんだろう」


 正直なところ、この二人が放つ熱だけで俺はどうにかなってしまいそう。そんな二人は円の中央に向かい合って並び立つ。


「さっさと本気、出したほうがいいよ。意識失う前に」

「……」


 ロースはマトのセリフを聞いたとたん見開く。だが、すぐに目を閉じ静かにする。

 数秒ほど経った頃だろうか、ロースは急に目を開けると同時、マトの腹をぶち込んだ。


 一瞬体を揺らすマト。さらに放たれるロースの蹴りにはじかれる。


 マトはそこで体を曲げる。素早く受身を行い、右手を防御に使用。その瞬間にインパクトするロースのかかと落とし。


 一秒にも満たない一瞬の攻防が終わり、忘れていたように遅れて風圧が俺のところにまで届いた。


「本気……だしたね」

 マトのセリフが終わるより先に飛び出すマトの左手。それをロースがガードすると同時に始まる攻防合戦。


 二人の速度が一定を超えた高速戦闘。遠目で見ている俺がかろうじて捉えられるスピードだ。おそらく戦闘を行っている本人たちが目で追えているとは思えない。少なくとも、あの場に俺がたっても、何もできない。


 で、あるならば、彼らは目ではなく直感で戦っているのだろう。視覚情報だけじゃない、相手の熱、空気の流れ、そういった気配を頼りに敵の動きを見極め、自身の行動を決める。


 ロース、マトの拳同士がインパクト。それと同時に高速戦闘が一度停止し、互いが弾けるように間合いを取る。


「……想像に強かったよ。セロさんとケイジ二人がかりでも完敗していたわけだ」

「それはどうも」


 ロースが構えを崩さないまま答える。

 が、そんなロースにマト。


「でも、それが限界だね」

「……えっ?」

 刹那、目にも止まらない速度で接近していたマトがロースにパンチを繰り出していた。


 俺が吹っ飛ぶロースを目で追うより先に回り込んでいたマトがそれを地面に叩きつける。

 と思えば、地面に着地していたマトがさらにロースを蹴り上げる。


「なっ!? ……ぐっ」

 空中で受身を取ったロースがさらに向かってくるマトに反撃を試みている。だが、ロースが攻撃を放った瞬間には、前から接近していたのにも関わらずロースの後ろをとっているマト。容赦ない蹴りがロースを襲う。


 一瞬の攻防に完敗したロースが地面を削りながら吹き飛ぶ。そのまま大木を大きく揺らしながらそれに激突。


 態勢を立て直すより先、視線をマトのほうに向けるロース。が、それより先にロースの足をつかみあげるマト。

 マトはすべてがロースの先を行く。


 足を掴んだまま振り回し、ロースの体を大木へとぶち当てる。そんな猛攻の中、ロースがマトの腕を振りほどきそのまま蹴りで反撃をかます。


 その一撃でマトは一瞬ゆらぎこそしたがそれまで。たちまち、その蹴りで使用した足を掴み上げたマトがロースを地面に叩きつける。


 更なる追撃を試みるマトがかかと落とし。それをかろうじてロースは避けかけたものの、衝撃は凄まじく、いとも簡単に宙へと舞う。


 無謀に宙を舞うロースを捉えたマトが右足を大きく振り上げる。

「はぁああっ!!」

 マトの足によって渾身の一撃が叩き込まれるロースは大きな地響きを起こしながら地面へと墜落するのだった。


「あっ……ぐぅ……ガハッ!?」

 俺のいる場所にすぐ近くにクレーターを作り上げたロースが、膝を立てている。血反吐を吐きながらも、ふらりと立ち上がる。


「……なっ、なんだ……あれ……」

 ……正直、コウモリさんと同意見だった。まじで、なんだよあれ。

 スピードも威力も頭おかしいレベルだろ……まさに……チート。


「どうする? 力の差も分かったことだし、そろそろ降参しない?」

 余裕を持った表情で近づいてくるマト。対して右手を左手で押さえながら向かうロース。

「それとも……まだ本気だしてないのかな?」


 そんなセリフを聞いたロースはやがて、肩を揺らし始めた。それがどういう意味か分からなかったが、その後の言葉でわかってくる。


「フフフっ、いいや……既に本気だよ……ククッ」

 そう、こいつは笑っていたのだ。

 そんなロースの姿を見て、少し首をかしげるマト。


 俺はそんな二人をただ呆然と見ていた。

 そんな俺に対してロースが急に振り向いたかと思えば、右手が俺の頭めがけてすぐそこまで迫っていた。


 が、そう気づいたとき、既に俺とロースの間に入り込んだマトの姿。ロースの右手は俺の髪の毛にかすりながらもそこまで。マトの手にはロースの腕がしっかりと掴まれていた。


「追い詰められたら、人質を取る。実に安直な行動だね。悪いけど……それは軽く想定の範囲内だったよ」

「……っ!?」


 マトが手に力を入れ始めたらしく、だんだん俺の頭からロースの手が遠ざかっていく。


「ぬっ、ぐぅ……」

 苦悶を上げるロースだが、マトは止まらない。そのまま、ロースの腕を引き寄せる。とうぜん、それに合わせてロースの体が近づく。


 それに対し、マトはロースの体に綺麗な掌底打ちを叩き込んだ。

 そして訪れる沈黙。

「これで……終わりだよ」


 ロースは完全に白目を向いて地面に崩れ落ちる。それ以降、起き上がることはなかった。


 俺はそんなマトの姿を見て、心底震えていた。恐怖なんかじゃない……、憧れ、尊敬……それすら超えた、なにか……。


 俺はこのロースに対してなにもできなかった。このマトと同等の力を持っていると評価されながらこのざま。


 チートな力は……持っているだけじゃダメだ。……それを使いこなさないと、本当の意味でチートじゃない……。


 俺も……マトのようになりたい。

 力がないと……何もできない!

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