なんやかんやで異世界に来た

第1話 初戦

 体中が熱い。転移の影響か?


 俺はまだ熱がこもる体に少し意識を向けた。だが、その熱さもやがて治まっていくのを感じ、ゆっくりと地面につけていた左こぶしと右ひざをあげた。


 静かな風が吹き、俺の短い髪が揺れる中、辺りを見渡す。


「あっ、あわわわ……」

 とまあ、何人か腰抜かしている奴がいた。


 最初は突然華麗に登場した俺にビビっているのかと思ったが、よく見ればそれは違うというのがわかった。


 腰を抜かす人たちの前にいるのは、一頭の生き物。ぱっと見たところ、チンパンジーに近いシルエットだったが、非常に薄い毛並みから見える緑の肌はどうもそれではないことを物語っている。


 なんというか、ファンタジーで言うところのゴブリンみたいなやつだ。


「って、ここか異世界なら、ゴブリンそのものか」


 これはグッドタイミングだ。


 さっそく貰ったというチート能力の実験体にでもしてやろう。まあ、たぶんあいつは殴ってもいいやつだ、うん。知らんけど。


「おい、そこのちんちくりん。俺が相手をしてやろう。言葉が通じるかは分からないが、そこの人たちに手出しはさせんぞ!」

 ついでに調子に乗って格好をつけておいた。


 ただの声に反応しただけだろうが、ゴブリンは襲おうとしていた人たちから俺のほうへ視線が移ってきた。どうやら、うまくターゲットを誘導できたらしい。


「さあて、チート能力を手に入れた俺の晴れ舞台だ。せいぜい楽しませてくれよ、ゴブリン」


 そう言いながら、適当に戦闘態勢のつもりで構えた。どんな構えがいいのかは知らないから、完全にノリに任せたポーズ……じゃなくて、構え。


 ゴブリンの身長は一メートルいかない程度だろう。俺がもといた世界では高校生だった。ゴブリンはそんな平均的な背丈だった俺の半分ほどの大きさか。

 ゴブリンに対して、俺は一気に踏み込んだ。


 さすが、チート。俺自身も驚くスピードで数メートルあったはずの間合いは一瞬で詰められた。その勢いのまま、右手の手刀を水平に振り払う。


 放った俺自身ですら感じ取れるほどの空圧が発生。大気を切る音が耳に届く。だが、そのゴブリンの首を狙ったはずの一撃は空振りに終わっていた。


 ゴブリンは上半身を前に倒し、俺の手刀を避けていたのだ。そこで、すかさず態勢を保ちつつ、右足による蹴り上げをお見舞いしてやる。だが、その一撃も、ゴブリンは空へ逃げる形でジャンプし避けてくる。


「ちっ、また避けやがった」


 初手合わせた二撃が空振りに終わり、苛立ちを覚えつつも、空にいるゴブリンめがけて跳躍を図る。


 俺の思惑を超え、2メートル以上ジャンプしていたのでゴブリンよりも更に上へ飛んでしまった。その勢いに任せたままかかと落としのような要領で攻撃を試みる。

 だが、それすらもゴブリンは避けつつ、少し離れた地面に着地していた。


「本物のゴブリンは随分とすばしっこいんだな。ってか、さっき空中で方向転換してなかったか? もうちょっとあっさり倒せると思ったんだけどな」


 だが、元の世界にいた俺よりは、格段に身体能力が上がっているのは事実だった。


 対するゴブリンは随分と敵意をむき出しにしてくれたようで、口からはみ出た二本の牙をぎらりを見せてきている。


「……埓があかなそうだ。もう少し、意識してスピードを上げてみようか」


 俺は今度、右足をぐっと曲げた。バネを意識するような感覚で、一気に地面を踏み込む。意識して踏み込んだ結果、スピードはさらにまし、今度はゴブリンによけられるより先に、その右肩を左手で掴むことに成功した。


「ギィッ!?」


 始めてゴブリンの口から鳴き声が漏れる。だが、そこに気を取られることなく、今の俺にできる渾身の右手拳をゴブリンに叩き込んだ。


 その入れたこぶしを抜き、奴の右肩も放したあと、今度は膝蹴りをゴブリンの顎にあたる部分に食らわせる。


 俺が放った一連の技は確かにゴブリンに入っており、今度はゴブリンを浮かせるという形で宙を舞わせることになる。そこへ今度こそと全力のかかと落としをゴブリンのみぞおちに叩き込んだ。


 ゴブリンが地面に叩きつけられると同時に、あたりの大地が揺れ土埃の柱が立ち上がった。その勢いは大気まで振動させ、俺の肌すら震わせる。

 立ち込めた土埃がやがて晴れていき、地面に直径二メートルほどの小さなクレーターが出来上がっているのを確認できた。


 ゴブリンの大きさが一メートル未満であり、それを中心に広がるクレーターは俺の技の威力を物語っている。


「ざっとこんなもんか……確かに……チートの力が手に入っているらしい。こんな威力の蹴りが出せるとはな……」


 まだまだ、可能性は無限大に広がりそうな今後に、少しばかりときめきを覚えながらも、腰を抜かしていた人たちの方に少し足を進めた。


「そこの皆さん、だいじょう……」


 そう声をかけ始めたのだが、それより先に後ろから妙な気配を感じた。ザッと土を踏む音が聞こえてくる。当然、自分の足音の話ではない。


 振り返ると、そこには倒したと思っていたゴブリンが、腹の辺りを抑えながらも立ち上がっている姿が確認できた。


「……驚いたな……まだ生きていたのか……。これまた随分と……タフだな……。それとも、俺の攻撃力が足りないのかな?」

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