学園のアイドルと義理の兄妹になった件について

国丸一色

プロローグ:天空橋葉月の告白

「ありがとう。来てくれたんだね」


 放課後。体育館裏。目の前には女子生徒。

 いかに普段教室での影が薄かったとしても、こんな状況を前にして、これから自らの身に降りかかる淡い青春ストーリーを幻視しない男子生徒がいるだろうか。いやいない。


 頬を朱く染めて、俯きがちな少女はか細い声でこう言うのだ。

「突然呼び出してごめんね月守つきもりくん……実は私、ずっとあなたのことが好きでした」と。

 そして始まる青く甘酸っぱい青春ラブストーリー。

 順調に仲を深め、時には喧嘩もしながらその度により絆を深め、そして進学という大きな岐路を前に二人の出す答えは――みたいなね。うん、悪くないよね。むしろいい。

 

 とはいえ、それは。

 件の女子生徒が普通の女子だったならば……という仮定の下に成り立つわけで。


 あいにくと、目の前の彼女相手にそういった展開を期待するのは難易度が高いと言わざるを得なかった。


 天空橋葉月てんくうばしはづき


 俺の目の前で静かに佇む彼女は所謂、学園のアイドルと呼ばれる存在だ。

 女優ばりに整った顔立ちを誇り、アーモンド型の大きく意思の強そうな瞳とスッと通った鼻筋の下に桜色の瑞々しい唇が眩しい。

 肩口を越えて伸ばされた亜麻色の髪は一本一本が美しく、風を受けて肩や背を滑るごとにふわりと舞っては煌めいた。

 スタイルも抜群によく、よく出、よく引き締まった体型をしている。水泳の授業など他のクラスからの見学者が続出したのが懐かしい。

 およそ外見に非の打ち所はなく、しかして内面はどうかといえばこれも全く悪いところがない。なんてったって彼女の陰口を叩く我が校の生徒を見かけたことがないのだ。誰にでも優しく、穏やか。成績優秀でスポーツ万能。

 天が二物三物は与えたもうた存在とまことしやかに囁かれる我らが東明高校のアイドル、それが天空橋葉月である。


 入学以来、天空橋が愛の告白を受けた回数は三十を超えると言われる。

 噂によればその美貌を聞き及んだ他校の生徒からも幾度となくアプローチを受けているのだとか。


 まあともかく。

 天空橋葉月は追うよりは追われる側のタイプの人間だ。そんな彼女がクラスメイトである以上の繋がりがない俺に対して告白するというのは、現実的ではない。都合のいい妄想に片足を突っ込んでいる。自分で言ってて悲しくなってきた。

 かといって、天空橋が俺を呼び立てる理由が他に何かあるのかと問われれば、それも想像はつかないのだけれど。


「えーっと、俺を呼び出したのは天空橋であってるのか?」


 ブレザーのポケットに詰め込んだままだった便箋を取り出し、俺は問うた。

 今朝、登校してきた際に下駄箱で見つけたピンク色の可愛らしい便箋だ。

「大事なことをお伝えしたいので、放課後体育館裏に来てください」と可愛らしい字が踊るそれに、差出人の可憐な容姿を幻視してひとりテンション上げていたのが遠い昔に感じる。


「うん、あってるよ月守くん。あなたを呼び出したのはわたし」

「そ、そうなんだ……」


 差出人が自分であると認める天空橋に、俺は間抜けな言葉を返すことしかできない。

 天空橋葉月は一体何を目的にこんな便箋を出し、そして俺を体育館裏に呼び出したのか。……チョロい男子であるところの俺は少し期待してしまいますよ?


「ふぅ……なんだか緊張するな。ごめんね、ちょっと深呼吸させて?」

「あ、ああ」


 緊張してるのは俺も同じなのだが。

 すぅ、はぁーっと天空橋が可愛らしく深呼吸すると、その動きに連動してその豊かな胸部が揺れた。大事だからもう一度言う。ブレザー越しに揺れた。着やせするタイプだ。


「……よし、それじゃ言うね」

「は、はいっ」

「月守くん……いや、甲洋こうようくん……ううん、それとも、お兄ちゃんって呼んだほうがいいかな……?」


 ……。

 …………。


 時間が止まったような感覚に囚われる。

 え? お兄ちゃん? 誰が? 俺がか?

 天空橋が俺をお兄ちゃんと呼ぶということは、彼女は俺の妹ということか?

 いやいや待て待て、俺は一人っ子だ。家族はキャリアウーマンの母親一人だけ。

 妹や弟が欲しいなあと思ったことはあれど、存在した事実はない。

 まさか天空橋は生き別れの妹とかだったのか? それにしては顔の造形違いすぎないか? というかそもそも同い年の妹って双子じゃねーか落ち着け月守甲洋。

 

 とにかく彼女の言葉が衝撃的すぎて、俺は二の句を継ぐことができない。

 だが、そんな俺を見、天空橋はとても楽しそうに笑って見せた。その笑顔が素直にかわいくて、俺はやっぱり二の句を継ぐことはできなかった。


「あはは、固まってる。今日から家族なんだから、仲良くしようよお兄ちゃん。……なんちゃって」

「…………え?」


 天空橋のさらなる発言に、俺はきっと信じられないほど間抜けなツラを晒していただろう。

 固まった俺を見た天空橋がとても可笑しそうに笑う姿を見て、そう思った。

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