お仕事その4 「我の真名はルシファー」

「ここか・・・。我を転生させる聖域サンクチュアリとは」

「・・・」


・・・この仕事をしていると、現実リアルとネットとの区別がついていないような、そんな痛々しいやつもくるわけで・・・。今日も何かすっげー痛いやつがきちゃったなー・・・。


「ふっ、どうした押し黙ってしまって。まぁ無理もない、今は周りに影響を与えぬため百分の一の力しか出さずにしているとはいえ、それでも我を前にしては体が本能的に恐怖を感じているのだろう」

「ええ、確かに。もう言いようもない恐怖を感じてますね」

「ふはははは!すまぬな、これも我が力なのでな・・・」


いってぇな、こいつ・・・。

一般人だったらドン引きだよ・・・。私は仕事柄慣れてるけど・・・。


「はい、それで?今日はどのようなご用件ですか?もしよろしければいい心療内科をお教えしますけど」

「おい、どういう意味だそれは」

「いえ、別に。大したことは」

「ふっ、言葉に気をつけろよ、人間。我の真名まなはルシファー。今の姿は仮の姿・・・。異界においては我は魔王と呼ばれ恐れられているのだからな」

「はい、すごーい。で、改めて何ですか?」

「ふっ、ふふふ・・・。この我を前にしてそのような傲慢不遜な態度・・・。気に入った、よかろう、我と対等に話すことを許可しようではないか」

「それはどうもー」


何様だ、こいつ。ぶん殴りたい。

まぁ、こういった類の連中には、適当に相槌打ってれば意外とすんなりいくんだよね。


「実はな、我は魔王と呼ばれ、電脳空間の長として君臨しているわけだが・・・」


要約すると、電脳空間ゲームの中では魔王級の力を持ってて最強ってことね。


「そろそろ本格的に世界を征服したいと考えていてな。だとすれば、この仮の姿のままでは、我の十全な力は出せぬのだよ」


ふーん・・・。

だとすると、今回は・・・。


「つまりは、憑依したい、ということですか?」

「そうだ、流石だな、話が早くて助かる。この仮の姿での現世における平穏な暮らしも悪くはなかったが・・・所詮は虚構に過ぎぬ。もう飽いたからな」

「なるほど。現実では上司に怒られたり世知辛い世の中でいいことないし、ゲームの中ではみんなが魔王だと畏怖してくれてそれはもう気持ちいいから、リアルなんてボイコットしてゲームの世界に逃げ込みたい、ってことですね」

「なっ、ち、違う!!言っているだろう、こちらの世界が嘘偽りなのだ!!我は今後の為にこの世界のことを知ろうとしていただけで、それがもう価値がないと分かったから、もといた世界に帰るだけだ!!」


顔、真っ赤にしちゃって。図星だろ、図星。


「おほんっ・・・。と、とにかくだ。我は一刻も早く向こうの世界に行かねばならぬ。協力してくれるな」

「ええ、まぁ。それが仕事ですし」

「それにだ、我が行いたいのはアバターへの憑依。転生や、ほかの人間への憑依ではない分そなたを煩わせまい」

「おや、よく御存じですね」

「当然だ。我を誰だと思っておる」

「激イタ中二病?」

「違う!!魔王だ!!」


ゲームのアバターに憑依する場合、ただ魂だけを空っぽの入れ物アバターに入れればいいだけなので、転生のように新たな体を作る必要はない。それに、同じ憑依といっても、例えば、もともと異世界に存在している住人に憑依するとなると、その人間の魂を先に追い出さなければいけないから、いろいろと手続きが面倒くさくなる。


「・・・まったく、貴様はこの魔王に向かって・・・。失礼にも程があるぞ」

「はい、すみませんねー」

「まぁいい・・・。このような些事に苛立つほど我の器は矮小ではない。それで?どのようにして我は転生するのだ?」

「特に身構える必要はありませんよ。いつものようにゲームをしていてください」

「・・・?それだけでいいのか?」

「ええ。後は我々が、『ログアウトしようとしたらできなくて、いつの間にかゲームの世界のアバターそのものになってる!?』みたいな設定をしておきますので」

「ふむ、そうか・・・。了承した。くくくくく・・・!我が新たな人生に祝福を─」

「あの、うるさいんでさっさと帰ってくれます?」


------


「いったい奴だったなー・・・」


ゲーム内でのテンションで来ないでほしいんだよなぁ・・・。顔、めっちゃ一般的な普通の優男だったし。見た目とキャラとの齟齬が激しいくてしんどいんだよ。

・・・しかも、それに加えて・・・。


「ふははは!!今こそ、蓄えた我が力、存分に見せてやろう!」

「しーっ!結界は張ってるけど、万が一気づかれるかもでしょ!」


中二が終わったと思ったらまーた中二だし。

今、私は憑依課のロッロロといっしょに、依頼者の家へと赴いていた。

私よりも年上なのに中2気質が抜けない、憑依課随一の腕を持つ女性。名を、ロッロロ・ベベセンセット。


「ふふふ!ははは!あはははは!」

「うるさーい!!テンションあげすぎっ!」

「だって・・・。久々の仕事なんだもん・・・」

「まぁ確かに最近、憑依の依頼全然なかったけどさ・・・」

「ねぇ、いいでしょ?もうシちゃっていいでしょ?」


多分、結界張って姿隠さなくても気づかれないんじゃないかって思うくらい、PCゲームに没頭している依頼者がそこにいた。


「はいはい・・・。じゃあ、よろしく」

「了解!」


ロロの雰囲気が変わる。

ここで一つ、憑依のやり方について解説をしよう。


「・・・見つけた!」


じーっと依頼者の背中を観察していたロロが声を出した。魂を取り出す方法は、憑依課の職員によっても多少やり方が違うんだけど、ロロの場合は単純明快。引っこ抜いて取り出す、といった具合だ。


「我が右手、汝と同化し、奥深き海の底から真なる命を導き出さん!」


ロロの右腕が依頼者の背中に潜っていく。

ロロがさっき見つけたのは背中に存在するソウルポイント。あとはそこから魂を引っ張り出すというわけ。

ロロのやり方は一番手っ取り早いんだけど、その分魂を傷つけやすい。

魂はデリケートな物質だから、少しでも傷つけると憑依後の体に何かしらの影響が出てしまう。

ただ、そこは流石憑依課随一の使い手。


「にひっ、出てきた!」


人型の姿をした薄水色の物体。

ずぼっと綺麗な色形をした魂が、傷一つない完璧な状態で引っこ抜かれた。


「契約の儀!我、汝に命ず!旧なる器の存在を忘れ、新たなる憑代に宿るがよい!」


引っこ抜いた魂に、今度は新たなる器に宿るための契約を投げかける。


「現実の縛りから解き放たれ仮想の中へと進軍せよ!」


ロロにつかまれていた魂は、そのままPCの画面の中へとねじ込まれた。

これで、憑依完了だ。

これで目の前にいる依頼者の肉体は、何も入っていないもぬけの殻。


「お見事、ロロ」

「にひひ!そりゃあそうだよ!ねぇ!いい!?やっていい!?」

「はいはい」


仕事を終えた後、彼女のやることは決まっている。

ロロは両手を思い切り天に掲げ大声で叫んだ。


「我が名はロッロロ!異世界転生局随一の憑依の使い手にして、いずれ、この憑依課の課長となるもの!」

「そこはせめて社長とかにすればいいじゃん・・・」


・・・口上に夢がねぇ・・・。


次回に続!


【ちょっと教えて!異世界転生!】

Q、もぬけの殻になった体はどうなるの?

A、異世界憑依には保証期間がついておりまして、あまりにも早く電脳空間で魂が死んでしまった場合、元の現実世界に戻れるサービスがございます。ですので、殻となった肉体は処分せず、保証期間が切れるまではこちらで保存しております。

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