シャンドラル姫戦記

@nbmm_p

プロローグ

 早くも2人は行き詰まりを感じていた。声も発さず隙間をあけて座ったまま、只々流れる沈黙に耐えた。エマは舞踏会での夫のことが気に入らなかった。包み隠さずに言うと、嫉妬していた。けれどもエマに夫を咎めることはできない。知っていて止めなかったのも、そもそもあのような状況を望んだのも自分だった。


 結婚の挨拶は披露宴のときに済ませてある人が大半だったし、簡単に公爵・大公あたりを回れば十分だった。第一、王女の結婚ともなれば国中誰もが知っていた。挨拶を一通り回った後でミレー公爵夫人に呼ばれたエマは、話の間夫を自由にさせていた。皆が談笑している中で1人放り出されたのだから断る理由もなかったのだろう、美麗な顔立ちのエドヴァルトの周りには女たちがみるみる寄ってきた。

「まあ、お久しぶりでございます。わたくしのこと覚えていてくださっているかしら。」

「奥様のところを抜け出して来てくださったの?嬉しいわ。」

人の夫、ましてや王女の夫であろうと、この女たちには関係がないのだ。

 女たちの気分を害さぬよう、なんとなく連れまわされ相手をしていた夫は、しばらくして話が済んだエマと落ち合った。そこからは、互いに嫌な顔一つせずに夫婦円満を演じた。社交場の顔だ。帰りの馬車の見送りまでこの虚偽の顔を崩さなかった。


 エマの不機嫌の訳は2つあった。夫が女たちと話していたことと、状況が動かないこと。原因は夫だけにあるわけではなく、というか寧ろ自分が一番の元凶だった。

 夫はいつか必ず手放す。私の痕跡は残さない。だから子を作ろうとは思わなかった。恋情も捨てさせる。そのために、若くて綺麗な女を近づけたかった。あわよくば、その中の誰かと恋仲になってもらって、離縁の理由にしようと考えていた。揺れと車輪の音に支配される馬車の中で、エマからは動こうとしなかった。どれだけ寒さに凍えても、微妙な距離を保ったまま、決してエドヴァルトに寄りかかることはしなかった。

 自分は身を引く。何度となく自分に言い聞かせた。それでもこの男が好きだった。ほんとうは今すぐ体温を感じたかった。夫の方から来てくれたら私の体裁は守られるのにな、なんて、自分の感情に整理がつけられていない割にずるいことも考えた。

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