3-5 若い王

 トラックが止まった。護衛の兵士たちが次々と降りていく。


「では、ミスタ・オガミ」


 青い目の兵士が俺の肩を押す。

 押し上げられながら立ち上がって、荷台から飛び降りた。


「……」


 荒野だ。周りに何も無い。草すら生えていない乾いた土地だ。


 向こうで護衛の兵たちとジャミンが待っている。歩いて、合流する。やや風が強いが、埃っぽくて、目に入ると少し痛い。致し方なく、顔の周りにフォースバリアを張った。


 ……ましになった。視界も良好。


「約束の時間だが……」


 ジャミンが腕時計を確認している。


「ボス、接近する機影があります。数は五十と一」


 シャムがジャミンに報告する。


「また……そんなに連れて来て」


 ジャミンが呆れている。

 確かに、数が多い。こちらに臆病だと思われかねない。


 やがて、北の空から編隊が接近してきた。

 数は五十と一、きっちり揃っている。


 ライトギアだ。ミドル級が多いが、フォーミュラが日本やアメリカのものと違う事に気づいた。

 あれは旧式のタイプだ。確か、SF-14だったか、実物は初めて見るが、プラモデルを作った事がある。


 編隊が着陸体勢に入った。銃口がこちらを向いているが、ジャミンの護衛は動かずに待機している。


 編隊の三分の一が見事なランディングで着陸した。残りは空中で哨戒している。よく訓練されている。さて、カジル・ジャミンは……中央のライトギアか?


 迷彩の入った砂色の鎧だ。他の鎧もほとんど同じ姿だが、彼のだけは額に羽飾りのような装飾がある。


 カジル・ジャミンがライトギアを解く。素顔が露わになると、ジャミンの護衛たちがひざまずいた。


「ようこそ、我が領地へ」


 カジルが笑顔であいさつしてくれた。


「カジル……ゲストに対する礼儀に欠けるのではないか?」


 ジャミンが開口一番たしなめた。


「礼儀? 王としての振る舞いに徹しているだけです。ところで、そちらの銀髪の少年ですか?」


「……彼が、キセ・オガミだ。八火殻やびからの刀を持参してくれた」

「それは重畳。では、」


 カジルが右手を差し出す。


「?」


 何だ? こいつは、何をしている?


「どうした? 王の御前だぞ? ひざまずいて、剣を献上せよ」


 カジルが、右手を強く前に出す。


「……」


 こういうキャラか!

 思わず笑い出しそうになるのをぐっとこらえた。ここは忍耐だぞ。


 場面は、やや醜態に傾いた。そこで、やはり見かねたか、ジャミンが間に入って口をはさんだ。


「カジル、オガミ君はあくまで異界の浸食を防げるか試してくれるだけだ」

「そのテストはこちらでやります。聞けば、その刀、ホシビトを殺せるものだとか。王のコレクションに相応しい逸品ではありませんか」


 カジルは譲らないつもりだ。そのつもりであれだけの数の護衛を連れてきたのだと察した。いざとなれば力ずくで奪う算段なのだろう。


 俺は前に出て、カジルと向き合った。


「む? 何だ?」


 カジルが鼻白んだ顔で俺をにらむ。


「約束が守られないなら、俺はイリノイに帰る。だが、王としての責務を重んじるのであれば、快く力を貸そう」


 俺がきっぱりと言うと、ジャミンがはっとした顔でこちらを見た。


「生意気な口を叩く小僧だ。痛い目に遭わせないと理解出来ないか?」


 カジルが右手を上げる。控えていた護衛が前に出てきた。


「カジルぅっ!」


 ジャミンが怒鳴りつけた。

 あまりに大声に、俺も少し揺れた。何て、気合いだ。とても初老とは思えない。


「見誤るな。王とは責務を果たす者。己の立場を見失うな……頼む、息子よ」


 ジャミンが拳を震わせながら、涙を流す。


「……」


 カジルが目元を歪ませる。不愉快なのだろうか? 俺には理解出来ない。


「いいだろう。しかし、私の機嫌を損ねたのは失策でしたな。もはや全面対決は避けられない。そこはお忘れなきよう」


 ……何て虚勢だ。この状況で強がりを言えるとは、この王は何処までも若く、つたない。だが、約束は約束。一つ、試してみようか。


 俺は、ライトギアの封印を解いて、八火殻の刀を取った。


「おおっ! 正しくその刀だ!」


 カジルが目を輝かせている。まったく懲りていないようだが、スルーして御前にて失礼つかまつる。


 目を閉じて、意識を集中させた。


 生命の歌を聞く……聖地に暮らす人々、鳥の嘶き、動物の呼吸、風の息吹、雲の流れ、自然が奏でる音ですら拾って見せた。求めるのはその先、異界が放つ音、色、匂い、味、肌触り……。


 途端に、背筋がぞくりと震えた。あまりに寒く、あまりに黒い……。


 これが異界の『存在』だ。その理を感じ、その解を求める。解法は、この剣で刻む。詩を刻むだけ。何時もやっている事だろう? 今度も同じだ。


 ……こうしてみよう。


 目を開き、一筋のきらめきをもって答えた。


 剣より放たれた虹色の光が大地を裂き、一瞬にして雲が横一文字に断ち切られた。ちょうどぐるりと聖地を囲むように技を放ったが、上手くいったか自信は無い。


「仕事は終わった。俺は、帰る」


 答えを聞かずして、踵を返す。


「戦争だ! 貴様の剣を必ずいただく!」


 後ろでカジルが吠えているが、振り返る事もない。

 戦士のやる事はとどのつまりこれ一つ。ベイルートキングダムの王よ、宣戦布告、確かに受け取った。

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