4-6 鍋と英雄と王

 ぐつぐつぐつぐつ。


 煮える鍋を見下ろしながら、俺は話をするタイミングを見計らっていた。


「……くくっ」


 不意に水瀬みなせ監察官が笑い出した。


「え?」


 どうした?


「仕事の時はすらすらしゃべるのに、プライベートだと途端に無口になるのね」


 やや呆れたようでもあり、愉快そうでもある。


「……」


 何だか新鮮だ。もっとお堅い人だと思っていたのに。


「あ、今お堅い人のはずなのに、って思ってたでしょう?」


 ぎくり。


「顔に出てる。分かりやすい人」


 水瀬監察官は愉快そうに微笑みながら、そっと木製の椀に鶏肉と野菜をよそった。それを俺の手に持たせる。


「……」


 何だ、これ? 面倒見の良いお姉ちゃんに笑われている弟?


 ずずっと汁を啜った。


「……」


 美味いな。だしがよく出ている。


「今日は誘ってくれて、ありがとう」


 水瀬監察官が和やかに微笑む。


「……こちらこそ、来てくれて、ありがとう」


 何故か何時もの硬さは鳴りを潜めて、自分でも不思議なくらい素直になっていた。自然と微笑んでいる。


「新型の調整、上手くいっているようで良かったね」

「ああ、お耳に入ってましたか」


「そりゃあね。人工的なライトギア開発も加速するって、幕僚長も熱を入れているみたい」

「ニンゲンのライトギア?」


「現行の主力戦闘機F35のマイナーチェンジよりは遥かに低コストで高効率の運用が可能だしね。例によって、アメリカが共同開発を申し入れてきたみたいだけど」

「開発コストを大幅に抑えるには一番良い手だろうけど」


「近く向こうのホシビトがカシワ基地に入るらしいわ。東京キングダム攻略への支援活動が目的と言うけど、新型フォーミュラの戦闘データが目当てでしょうね」

「うわ……現場と揉めるわ、それ」


 木田きださんのおっかない顔が浮かんでしまう。


「あちらのスタッフとパイロットへの態度には気を付けてね」

「政府の面子めんつに泥を塗るつもりはないよ」


「板挟みになると思うけど、我慢して欲しい」

「……自分に与えられた役目を務めるさ」


「良かった。私も安心して戦えるわ。覚悟してね」


 愉快そうに水瀬監察官が微笑む。敵の御大将なんだよね、この人。表向きは、だけど。


「シナリオは……いや、ノリで分かるか。ステージってそういうものだし」

「そう。予定されたシナリオではリアリティに欠ける。やり過ぎでは、かえって怪しまれる。私と貴方の作品は傑作でなければならない」


「あのさ、不法滞在者が奴隷として扱われているって話、ホントなの?」

「……その話ね」


 水瀬監察官がことっと椀を床に置く。数秒の沈黙。ぱちぱちと囲炉裏いろりの火が弾ける音が静寂に響く。


「彼等の処遇については、捕虜ほりょという事になっている。暴力は、あるわね。不満を抱えた者は少なからずいる」

「それを俺たちが解き放って、日本政府が保護する、か」


 でも、カルチャックと彼等の子供たちはどうするのだろう?


「問題はハーフの子たちなのよね」

「……ああ」


 やはりね。ショックが大き過ぎて、騒ぎが起きる事が容易に想像出来る。


「そこは総理が上手くやってくれるわ。私たちはステージの事だけに集中しましょう」

「……そうだな」


 ずずっと汁を啜った。美味い。やはりこの店を選んで正解だった。思えば、女性を食事に誘ったのなんて初めてだった。蘇った後で叶ったなんて、笑い話だと思うけれど。


「今日は遅くまで話せる?」

「明日は休み」


「そう……じゃあ、遠慮なく。相談もあったの」


 朝まで、でしょうね。まあ、予定されたシナリオというのは何時も無くて、その場の化学反応ノリで運命は巡り合うかも知れない。


 何を隠そう、俺たちは星だ。ツキには縁がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る