第33話 拗らせ!昭和最後の男


 やるせない気分のまま向かったのは、近場にある白い暖簾が和を感じさせる立ち飲み屋だ。オシャレ感がにじむ佇まいに一度は覗いてみようと思っていた。


 障子を連想させる背丈ほどの暖簾をくぐる。



 途端にソロ飲みセンサーが警鐘を鳴らす。見渡せば視界に入るのはカップルカップル、カップルだ。


 ⋯⋯ここはお洒落過ぎておっさん1人で来るのには向いていない。


「ジャックハイボールと空豆の塩茹でで」


 隣の若いカップルは楽しそうになんやかんやと会話している。


 俺は1人、異物のように静かに浮いている。プカリプカリと身の置き場がない根無し草の気分だ。


「お待たせしました」


 お洒落な小皿に小ぢんまりと盛られた空豆。

 厚めの皮をちぎり、塩を付けて口に放り込む。


 塩辛い。塩を付け過ぎた。


 立ち飲み屋でここまでの敗北感を味わうとは⋯⋯。


 おっさんがなけなしの千円札を握りしめ、チョイチョイと家庭的なつまみながら安酒をあおるのが立ち飲み屋だろう。令和世代か? いや平成世代か。シャレオツ新世代め。

 昭和64年生まれ、最後の昭和戦士である俺にこの店はまだ早かった様だ。⋯⋯いや遅かったのか?


「すいません。おあいそで」

「はい、ありがとうございまーす」

「ご馳走さまです」


 ちなみに、おあいそだなんて普段は使わない。多分もう来ないと後ろ向きな意思表示だ。

 すまない。俺にカップルのお相手など、できはしないのだ。



 再び、やるせない気分のまま外に出る。


 日が沈むグラデーションを眺めながら行き着いたのは、ススキノ駅の奥にある立ち飲み屋だった。


 まだ18時前だというのにスーツを着たおっさん達で芋洗い状態だ。⋯⋯これだよこれ。


 空いている隙間に身体を滑り込ませ陣取る。


「甘めの日本酒と⋯⋯豚タン煮込み下さい」

「はーい」


 大将は若めだがイイ味が顔相から滲み出ている。仏オーラだ。メニューの価格表も慈悲深い。


「はい、豚タンとお酒です」


 柔らかく煮込まれた豚タンをグッと噛みしめると、出汁と脂と旨味がガッと来る。カッと日本酒をあおる。


 人生は演歌だ。小節を効かせろ。


 ふと、打ち上げの時のモモカの顔が脳裏をよぎる。


「見返したい⋯⋯か」


 出会った時はあんな人気ひとけのないところで1人、モンスターに囲まれながらしゃがみ込んでいたのだ。


 何があったのかは知らない。


 あの調子では何度も死んでいただろう。それでも、心折れずにたった1人で藻搔いていたのだ。


「意外と強かなのかもな⋯⋯」


 見返すという感情など、とうに擦り切れて何処かに置き忘れ、妬みという感情が残りカスの様に残っているだけだ。少しだけ眩しく、羨ましく感じた。


「ほうれん草の胡麻和え下さい」


「胡麻和えね?」


「はい。後、お代わり下さい」



 人生は胡麻和えだ。そして最後まで立ち続けた奴だけが勝者だ。途中の経過などはどうでもいい。


 心折れず、立ち続けた奴が勝者だ。


 あんなんでモモカの学生生活は大丈夫なのだろうかとも思ったが、意外と勝者の資質は持っていそうに感じる。


 イーストのメンバーにも馴染めそうで良かった。1人が辛くなったら仲間を頼ればいい。



 俺はそもそも折れる様な、真っ直ぐな心なんて持ち合わせてはいない。多分。

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