第28話 うなぎ登る評価
夕方からススキノの回らない寿司屋に連行された。
細い路地に面した雑貨ビルの3階にあるカウンターとボックス席一つのみの寿司屋さんだ。小さな黒板に今日のネタなどが書いてあるが、値段が書いていないためいくらか分からない。
「斎藤君もススキノに住むんだからこういう店も知っておかないとな」
「そうですね。配慮ありがとうございます」
寿司奢るから大人しくススキノに住めよ面倒起こすなプレッシャーだろうか。しかし、寿司ネタに罪はない。
「握ってもらうかい?」
「いえ、刺身を適当にお願いしたいです」
「お、中々通だね。大将、ビール二つと刺身ツマミで」
ビール飲んだら腹が膨れるだろう!という煮え滾る思いを押し殺し、ポーカーフェイスで「頂きます」と乾杯する。ビールにも罪はない。何というか最近は、動揺とか感情の揺らぎを顔に出さない事に慣れつつある。
⋯⋯魔法使いだからな。
脳内自虐ネタでくすりとするのを、ビール美味いの表情に変換する。ここのガリ美味いな。
飲む時はあまり食べないので、少しずつ皿に盛られる刺身が嬉しい。マグロもホタテも物足りないくらいが丁度いいのだ。
「あ、大将、筋子もう少し貰えますか?」
「筋子ぉ。はいよぉ」
トキシラズの筋子だろうか、今時期ならマス子かな? 粒が小さい。プチプチと弾ける濃厚な風味と、どっしりとした塩味が日本酒待った無しである。
「後、日本酒下さい。純米で」
「今、純吟しかないけどそれでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
店員の女性がなみなみと注いでくれる。どこどこのお酒だと説明してくれるが、清流の如く聞き流した。
やや辛口の酒が、ダラダラしがちな筋子の後味をすぱりとやってくれる。実によろしい。
「斎藤君は技術者には戻らないのかね? 私も若い頃は⋯⋯」
元SE上がりの部長の延々と続く武勇伝は、なぜか技術ではなくほとんどが接待での武勇伝だった。やはり上に
ネットで見た、男性を喜ばせる「さしすせそ」botと化しやり過ごす。しかしここのガリ美味いな。ガリというか新生姜だな。
温くなった日本酒が甘みを帯びてくる。ツンデレちゃんか。温度変化もまた楽しい。
「技術者足りなくてね。裁量で空いてる時間にこっちも手伝ってくれんかな?」
「土日も作業している様な状態なので無理ですね。お客様にも相談してみますか?」
こういうのはきっちり断りの言葉を発しないと謎の狸親父変換でオッケーと解釈される場合がある。お客様にチクるぞと釘を刺しておけばいいだろう。
「いや、無理を頼むつもりはないんだ。そろそろ次に行こうか。斎藤君はススキノの女の子の店とかは行った事ないだろう?」
「⋯⋯いえ、実は行った事があります」
「飲み方と言い、見た目とは違う男だね斎藤君は。そこ行こう」
会計は会社の経費でご馳走様です。
「あれ、さいとーさん! いらっしゃい」
そして、やって来たのはルイさんがいるガールズバー。どうせ会社の経費だし、売上に貢献しておけばいいだろう。
隣の上司が谷間に挟まれて喜んでいる。どうやら初めましての挨拶のみ挟まれる様だ。無念ではあるがホスト役に徹しよう。
「部長。チップを挟むとより楽しめますよ」
相変わらずランジェリー姿なルイさんの背後から肩紐に千円札を挟む。
「あん。もう! お触りは禁止ですからねー! 暇してる女の子も連れてきまーす」
流石に平日で暇な様だ。ルイさんは飲み物と女の子を探しにバックヤードに戻っていった。
「なるほど。斎藤君、君を見くびっていた様だ。中々できる男じゃないか」
だらしない顔になった上司から謎の高評価だが、遊びを評価されても困る。いつもこんな所で遊び回っている訳ではないのだ。
女の子と飲み物を持ってきたルイさんは、上司を他の女の子に任せて俺に跨る。顔が近い。いや、こっちじゃなくてあっちなんだけど。
「さいとーさんのお金でしょ?」
「まぁそうですが」
「会社の人?」
「今日から上司になった人ですね。後、ススキノで家を探す事になりました。穴場とか危険地帯とかあったら教えてください」
チラリと横を見るとあちらもチップでよろしくやっている様だ。
「ススキノで家探しか⋯⋯。あまり選択肢ないのよね。駅から離れると不便だろうし。まー、後で連絡するよ」
「お願いします」
「それで? ナンパした未成年はどんな子?」
小悪魔な笑みを浮かべたルイさんに事情を説明し、やんわりソロ狩りをたしなめられつつ、メンバーが増える事は喜んでくれている様だ。
「イーストって、もっとルイさんファンの集まりみたいなチームだと思ってました」
「あれはあれで面倒だったけど⋯⋯あんのマクラが!」
⋯⋯深い闇が横たわっていた。触れないでおこう。
「⋯⋯さいとーさんは色仕掛け大丈夫そうだね」
ルイさんのコンタクトレンズで大きくなった黒目がやけに印象に残った。
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