山崎君が山賊になった話

くまみつ

広場の冷蔵庫には気をつけよう

広場にうち捨てられた冷蔵庫から山賊がぞろぞろと這い出てきた時はさすがの山崎君もびっくりした。冷蔵庫というのは一種のカモフラージュというやつで「まさか冷蔵庫がアジトの出入り口だとは誰も考えつかねえだろ?」と後に山賊たちが豪快に笑いながら教えてくれた。それにしたって目立ちすぎだ。


山崎君にだって生活というものがあったのだけど、冷蔵庫のドアが目の前で開いてしまったものはしかたがない。

「アジトを見られて生きて帰すわけにはいかねえな。」そう言って凄む頭領を前にして結構あっさりと山崎君は山賊になることにした。山崎君はわりと柔軟に生きている。


「野郎ども!今夜は宴会だ!」

頭領が冷蔵庫に頭を突っ込み、奥に向かってそう叫ぶと地面の下の方から「へーい」だとか「やっとこせ」とかそういうくたびれた声が続々と聞こえてきた。どうやら冷蔵庫を入り口にした地下トンネルが掘られているようだ。やがて頭領も冷蔵庫の中へと戻っていった。


冷蔵庫のドアがパタンと音をたてて閉まってしまったので山崎君はちょっと呆然として野原に立ち尽くしてしまった。ブイーンと言って冷蔵庫が音を立てている。驚いたことにちゃんとなにかを冷やそうとしているのだ。

生きて帰すわけにはいかねえはずだったのに取り残されてしまった。

じゃあもう帰ってメシ食って寝るか。と山崎君が振り向いたその時にまたパカンと冷蔵庫のドアが開いた。山崎君はやっぱりねーと思って振り返った。冷蔵庫のオレンジの電灯の下で頭領が顔を出して「にっ」と笑ってみせた。丈夫そうな歯がピカリと光った。


山崎君は山賊になった。


冷蔵庫のドアを開けて地下へと続くハシゴをしばらく降りていくと、広間にでる。そこからモグラの家のようにさまざまに枝分かれしたトンネルが、まるきり思いつきで作ったみたいな感じで方々に伸びていた。

蟻の巣に入ったような気分だ。

大広間から正面に見える大きなまるい廊下を少し左に傾きながら歩いていくと巨大なキッチンに辿り着く。またキッチンへの廊下とは逆の方向に向かう少しゆがんだ長方形の廊下は卓球場へと続いていた。場所を覚えるのは一苦労だったけど居心地は抜群だった。静かで涼しく、空気も良い。


山崎君はさっそく眠るための部屋を与えられ、なにか吸い込まれるようにすぐに寝りに落ちてしまった。ベットは柔らかい動物の毛皮だった。山崎君はうずもれて眠りに落ちた。


その夜は嵐のような宴会だった。

料理長の包丁7本のジャグリングから始まった山賊かくし芸大会で盛り上がりはピークを迎えた。頭領がいかにしてクマに殺されかけたかという再現ドラマではクマ役まで演じた山崎君だった。

山崎音頭のあたりから記憶があやふやになったものの宴会は朝まで続いたようだ。光のささない山賊のアジトには朝も夜もない。


なってみると山賊ほど気楽な稼業もなかった。みんな豪快で優しい山賊ばかりだった。そこで山崎君は山賊的に豪快でアナーキーな生活を送った。酒を飲み仲間たちとよく笑った。


やがて月日がたち、広場にうち捨てられた冷蔵庫もいつのまにかなくなってしまった。もちろん冷蔵庫があったところに地下トンネルの跡をみつけることも難しかった。草がはえ、かつてそこが山賊のアジトだったことを示すものはことごとく消え去ってしまった。

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