第26話:終わりと始まり

 アンクスの亡骸はアンナさんたちと合流する頃には森に吸収されていた。

 ウィンディによると、ダンジョンが機能している地域では生物の死体は栄養分として魔力に還元されるらしい。そして新たな生命体を発生させるのだとか。

 それは魔族かもしれないし、動物かもしれない。だが人間ではないらしい。

 因みにこの「暁の森」は「序のダンジョン」の管轄内。つまりダンジョンが再機能したことを示している。

 

 そんな話をしながら、「序のダンジョン」に到着。しばらくはここで暮らすことになりそうだ。

 今日はゆっくり休みたいけど、明日になったら「暁の森」にいる生き残りの魔族の子達に「生命授与」をかけに行かなくちゃいけない。そうした方が生存率が上がるからね。

 

 そして何より大切なのは今後の方針の決定。

 今回の冒険者たちの企みで僕の仲間は少なからず人間を憎んでいるだろう。

 でも目指す先は人間との対立ではなく、魔族が迫害されないで生活できる環境を整えること。 

 だから人間との融和は不可欠だ。そのために僕が一言念を押す必要がある。

 きっとみんな理解してくれるだろう。心優しい仲間たちだからね。

 

 最後の懸念はビギナータウン。アンナさんの話によると、人間の街は兵士か冒険者の独裁的な支配によって統治されているらしい。ビギナータウンでの権力者はアンクスだった。

 つまり僕が見ていた豪華な街は表の姿。その裏には奴隷として働かされていた魔族や人間たちがいたようだ。ゼウス様から頼まれた仕事ではないけど、元神として無慈悲に扱われていた人たちは助けてあげたいと思う。道具に命を与えてたのもそれが理由だしね。


 でも助けるとなると、最後まで責任を取らないといけないんだよね? つまり僕は人間たちの守護者にもなるのかな?

 そう考えると胃が痛くなる。この世界に来てから人間のことがさらに嫌いになっているのかもしれない。でもみんながみんなあの金石級冒険者やアンクスみたいではないと信じている。

魔族がみんな温厚な性格の持ち主ではないのと同じように……


◇◇◇


 「主人よ。よくぞご無事で」


 最深部で迎え入れてくれたのは魔王に進化したライオス。ライオンと狼の面影を残したワイルドなイケメンになった。少し羨ましい。


 「ただいま。ライオスはどうしてこんな所に居座ってるの?」

 「ダンジョンに侵入してきた冒険者がおりましたので。我が瞬殺しました。その後はここで警戒を」


 さすがは魔王様。信頼できる強さだ。


 「流石だね。それで、どんな冒険者だったの?」

 「……確か……お、そうだそうだ。水晶級のイラベルとかいう男でしたな」

 「水晶級!?」


 それじゃあランク的にはアンクスの上じゃないか。

 やっぱり僕よりもライオスの方が強いんじゃ……


 「何かまずかったですかな?」

 「まずいって言うか……すごいね、ライオスは」

 「我が主人には遠く及びませぬ。謙遜はおやめ下さい」


 謙遜だったらどんなに嬉しいか。とほほ。


 「あはは……それで、他のみんなは中にいるの?」

 「皆は中におります。ウォルはダンジョンの壁に紛れて警戒を」

 「みんな無事でよかったよ。守ってくれてありがとね、ライオス」

 「いえいえ。我が主人の仲間を守る戦士になることを誓った身。この命に代えてもその使命は遂げてみせますぞ」


 ライオスは僕に対して誰よりも忠誠心を持っている。

 武闘派だから力で全てが決まるらしい。でも実際ライオスの方が強そうだよね……


 「そう言ってくれると頼もしいよ。それじゃあ中に戻ろうか? ウォルも呼んできてくれる?」

 「了解しました」


 こんなに敬ってくれる仲間ができるとは夢にも思ってなかったな。

 出来るだけ期待に応えられる存在にならないと。


 いつも通りに壁の窪みに魔力を流す。冒険者の親玉が不在の今、扉を隠して意味があるのかは分からないけど、警戒するに越したことはない。それに秘密基地みたいでかっこいいしね。


 「ただいま」

 「お帰りなさいませ。ツクモ様」


 扉を開けて目の前に現れたのは土壌の神、ではなく森の守護者のフレイヤ。

 彼女の優しい声を聞くと1日の疲れが吹き飛んでいくようだ。


 「ただいま。フレイヤは大丈夫だった?」

 「はい。私もカリンさんもずっと中にいましたので。ですが一応ダンジョン全体に結界は貼らせていただきました」


 あの至る所にあった木の根っこはそう言うことか。

 岩だらけのダンジョンに緑があるのはいいことだから、別に気にしてはないけど。


 「ありがとね。助かったよ」

 「いえいえ。ツクモ様の方こそ大変だったのでは? ウィンディさんがイツビさんを突然連れ出して行った時には驚きましたよ?」

 「ごめんごめん。心配かけちゃったみたいで。色々あったけど、なんとかなったよ。それに仲間も増えたし」


 そう言って、後ろにいたアンナさんを紹介する。

 そう言えばライオスに紹介するのを忘れてたな。でもライオスのことだからあまり気にしていないんだろうけど。きっとカリンと見間違えてたんだろうな。


 「あ、アンナと言います。キャットメイジです。これからよろしくお願いします」


 深く頭を下げるアンナさん。妙に緊張してるみたいだな。何かあるのか?


 「こちらこそ。よろしくお願い致します。アンナさん。私はフレイヤと申します。森の守護者と呼ばれていた者です」


 アンナは下げていた頭を勢いよく上げた。なんだ? どうしたんだ?


 「げ、幻獣様でございますか?」

 「はい。そうですよ」


 そしてまた頭を下げるアンナ。だが今度は謝罪の意を込めているようだった。


 「す、すいませんでした。私のせいで森の魔族たちが……」

 「ん? アンナさんが何かをしたのですか?」

 「わ、私は……」

 「ここは僕から説明するよ」


 息を詰まらせかけているアンナさんの代わりに事情を説明してあげた。ついでに今日の戦いのことも。

 言葉にしてみると、アンナさんの壮絶な過去をより理解できた。

 自分が同じ状況に置かれていたら耐えきれないかもしれない。

 

 「なるほど。そんな過酷な状況下に置かれていたのですね。ですが悪いのはあなたではないですよ。そのアンクスという男の我欲に溺れた精神が森の魔族を滅ぼしかけたのです。アンナさんも被害者の一部だと私は思いますよ」


 「ふ、フレイヤ様……」


 ゆっくりと頭をあげるアンナさん。チャームポイントの猫耳は元気を無くして垂れ下がっている。

 その耳の間をフレイヤは優しく撫でている。やはり母親のようにしか見えないな。


 「大丈夫ですよ。ご心配なさらずに。ツクモ様のおかげで森もダンジョンも回復の傾向に向かっています。なのでアンナさんはこれから明るく生きてくださいね?」

 「は、はい。ありがとう、ございます。」


 涙を拭いながらお礼をするアンナさん。

 また1つ悩みの種がなくなったようでよかったよ。

 あとでライオスにもこっそりと説明しておこうかな。


 ◇◇◇


 みんなで集まるスペースに、とウォルたちが作ってくれた会議室のような部屋に魔族の子達全員が集まっていた。

 僕の肩に座っているウィンディ。両隣にはイツビとウォルが座っている。そしてフレイヤ、ライオス、アンナさんにカリン。随分と数が増えたものだ。


 「じゃあ、これからどうするか、みんなで話し合おうか?」


 僕の掛け声に全員が頷いてくれる。こういう場はなれないよな。


 「まずは「暁の森」と「霜月の森」だけど、誰か管理者を配置した方がいいかな?」


 そこで挙手をしたのはフレイヤ。普通に発言してくれてもいいんだけど……


 「はい。フレイヤ」

 「森の管理は私とライオスさんが定期的に行いますので、ご心配なく。ずっと管理者がいなくても大丈夫だと思います」

 「それはなんで?」

 「先ほどのお話を伺った限りではしばらく冒険者が現れないと思うからです。この辺りはエルフの森と山脈に囲まれていますので、ビギナータウンが唯一の冒険者ギルドがあった街だったのです」


 地図があればわかりやすいんだろうけど……確かに高い山脈が周辺にあった気がするね。確かトンネルで繋がってて、抜けた先に「仁のダンジョン」と「参のダンジョン」があったはずだ。

 となるとそこを抜けて来ない限り冒険者はやってこない……

 でも、攻め込まれたりしないのかな? 事が起きたのがほんの数時間前だからまだ情報は流れてないはずだし……


 「じゃあひとまずフレイヤの案で様子を見てみよう。それにどの程度の魔族が発生するのか観察しない限り保護する方法も定まらないしね」


 一礼して着席するフレイヤ。そんなにフォーマルな会議のつもりじゃなかったのに……


 「じゃあ次だ。これは僕からの提案でお願いでもあるんだけど、人間と交友を結ぼうと思う。」


 「「「「「え!?」」」」」


 一斉に疑問の言葉が飛び交う。それも無理はない。反応しなかったのはウィンディくらいだ。

 「これに関しては僕のわがままでもある。でもみんなにとっても有意義だと思うけどね。」

 「理由を聞いてもいいですかな? 我が主人よ」

 「もちろんだよ、ライオス。魔族は今の所人間と対立してるだろ? でもこの状態が続く限り魔族、もしくは人族の片方が滅びるまで争いは続いてしまうわけだ。それは僕が目指すものじゃない。だから融和した関係を築かないと、いつまで経っても状況は変わらないんだよ。だって人間の方が魔力の性質的に有利なんだから」


 争い続ければ魔族は滅ぶ。それは「聖」の性質と「魔」の性質の相性の問題だ。

 僕のように「神」の性質を持っていれば大丈夫なんだろうけど、そんな魔族はどうやらいないらしい。実際僕自身自分の性質について知らない事が多いしね。


 「ですが我々には主人殿が……」

 「僕は復讐のために君たちを集めてるわけじゃない。それは理解してほしい。みんなの人間を恨む気持ちもよくわかる。特にアンナさんはそうだ。だけど復讐は復讐を生むだけだ。そしたらいつまで経っても終わらないだろ? だから僕たちがそれを終わらせる。そのために僕はこの世界に派遣されてきたんだから」


 異世界の神だった事は全員に話してある。

 みんな驚いていたが、そこまでではなかった。きっと先代の神様は魔族と深い関係にあったんだろう。


 「わ、わかりました。我は主人殿の意思について行くのみ。異論はありませぬ」

 「私もライオスさんに同じく」

 「私も!」


 みんなが賛同してくれた。アンナさんも頷いている。これで一番の山場は乗り越えた。

 あとは具体的な方針について話すだけ……


 「よかった。だから人間のことはなるべく襲わないように。でも危害を加えられたら容赦はしないこと。特に殺気のこもった攻撃をしてくる冒険者たちにはね」


 全員が頷く。いくら人間と友好的な関係を築こうとしても、向こうが敵対心むき出しで襲ってきたら戦わなきゃいけない。例えばアンクスのような奴らだ。


 「そしたら、次はビギナータウンについてだけど。どうすればいいと思う?」


 解決策が思いつかないのでみんなに聞いてみる。

 まだ人は残ってるだろうし、良い関係を築こうとしても、向こうの魔族への先入観からそう簡単にはいかないだろう。


 「あ、あの。良いですか?」


 アンナさんがゆっくりと手を挙げた。


 「どうぞ」

 「ビギナータウンについては、私に任せてもらってもよろしいですか?」

 「え? アンナさん一人で解決できそうなの?」

 「はい。というより、もうビギナータウンにはほとんど人が居ないはずです。冒険者もそうですが、露店を出していた人達や宿の経営者の人達はアンクスに指示されて移動してました。行き先はエンデールだと思います」


 いない? 緊急依頼で僕が街を出てから移動したのか? でもなんで?


 「なんで移動したの?」

 「それは……万が一の時に備えて、他の街にこの情報を伝えるため。です。」


 やられた。ここまで用意周到だとは思わなかったな。となると近いうちに僕たちの事が大陸中に知られることになる。それに有力者だけを逃したってことだよな? それはさらに厄介だ。早いうちに人間国家をまとめている勢力に情報が伝わってしまう。

でも皆殺しにするわけにもいかないし……


 「じゃあ、残ってるのは奴隷の人たちだけなのかな?」

 「はい。子供から老人まで、それに数人の魔族が残ってると思います。私は彼らの知り合いなので、穏便に話を進められると思いますけど……」

 「分かった。じゃあ一応僕もついて行くけど、主導はアンナさんにお願いするよ」

 「ありがとうございます」


 アンナさんが席に着いた。

 それにしても今の話。ビギナータウンのことよりも、もっと大きな問題に直面したかもしれないな。

 ここは早めに戦力を蓄えておかないと、悲惨なことになる。


 「今のアンナさんの情報でかなり事情が変わった。ライオス、フレイヤ。二人は森に発生する魔族をまとめてくれ。近いうちに冒険者か国家勢力が攻めてくるかもしれない。それに対抗できるような魔族の勢力を早急に集めたい」

 「「了解しました」」


 魔族の規模がどれくらいまで拡大できるかは分からない。

 でもやらないよりはマシなはずだ。

 備えあれば憂いなし、だね。


 とりあえず今日はこれくらいにしとこう。

 流石に疲れてきた。ずっと動きっぱなしだったもんな。

 「じゃあ今日の話し合いはここまでにしよう。行動開始は明日から。その後の方針は状況を見て考えとくよ。それじゃあみんな、今日はゆっくり休んでね」


 「「「「「「「はい!」」」」」」

 

 

 

 

 

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