魔王が辞表を受理しない

十龍

第1話 《はじまり》辞表 受理されず

 世界の中心にあると言われる魔王の城。闇色に似た暗紫の雲の中に、稲妻が走る。どこまでも続くのではと心を凍らせる絶望の空の下にその城はそびえ、弱く愚かな人間達へ永劫の恐怖を与えている。

 その魔王城の主は、この世を制して久しい『魔王』。

 魔王は畏怖であり恐怖であり、弱く愚かな人間たちにとっては忌み嫌う存在。

 人間たちは、この魔王を倒し種族平和を願ってやまず、愚かしくも勇者なる人柱を立てて、魔王打倒と命を捨てさせる哀れな様相を呈している。

 その魔王城に、創始以来初となる危機が訪れていた。


「認めぬ! 許されぬ! このような愚弄決して許されぬぞ! おのれ!」


 憤る魔王の圧倒的な力に、弱い魔族たちは塵芥と化し消えた。その怒りは魔王城の周辺にとどまらず、ありとあらゆる生命がいきづく球体、つまり惑星その隅々にまでいきわたり、弱きものはことごとく死に絶えた。

 創始以来の危機とは、つまるところ魔王自らが招いた危機でもあった。

 文字のごとく世界は滅亡に瀕した。


「許さぬ! 貴様がいかに愚かな選択をしたか分かっておるのか!」


「愚かな選択などとは思いませぬな!」


 魔王の怒りに対し、それと同等と言って過言ではない覇気を返したものがいた。


 副魔王である。


「私は私の正当な権利を主張したまで!」


「認めぬ!」


「あなたが認めなかろうがどうだろうがもう私には関係のないこと!」


「受け取らぬ!」


「黙れ外道!」


「げ、げどう?」


「私は副魔王など辞める! 退職金はちゃんと振り込めよクソ野郎が! 死ね!」


 魔歴五万飛んで一年。

 副魔王は辞表を提出した。

 魔王は受け取らなかった。

 長い長い混沌の時代の始まりであった。



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