第49話 姫のナイトになる その2


 寺島行久枝は、知らない女子と抱き合う秋水を見て若干引き気味であったが、ふつふつと怒りの情念が湧き起こってきたのか、ミルクティーのカップをその場に落とした。

 それをスタートの合図かのように、大股でずんずん秋水の方に詰め寄ってきたかと思うと、頬に強烈なビンタを食らわせたのだ。


「この見境なし!」


「はえぇ!?」


 秋水が頬を押さえて呆然としていると、マキちゃんは寺島行久枝が放つ異様な迫力に恐れを成したのか、背中の方に回って隠れてしまった。


「あなたも何なの!? こんな人に、いとも簡単に心を許しちゃダメよ!」


 マキちゃんは何も答えず、秋水の後ろで親指を咥えるばかりであった。その幼稚で無防備な態度に、行久枝のイライラはクールダウンするどころか、ますますヒートアップするようだ。


「ちょ! 待ってくれよ。僕の話も聞いて欲しい!」


「何なの! 今更言い訳しても見苦しいだけよ!」


「だから違うって!」


「男らしく彼女ができたって、幼馴染みの前でハッキリと言えばいいじゃない!」


「わああ! どうすりゃいいんだ!」


 助けを求めるかのように、ティケの方もチラ見した。理不尽な怒りを露わにする行久枝とは違い、彼女の方は至って冷静だ。ニコニコしながら行久枝の落としたカップを拾い、自分は状況の推移を見守るつもりだ。


 行久枝の激しい感情が沈黙の後に溶融し、涙となって変換されてゆく。


「秋水……、隠れてデートするなんて……。大人になったんだね」


 マキちゃんは1歳なりに状況を敏感に察知して不安げだ。秋水は女児を守りつつ、幼馴染みの誤解を解くという、綱渡りのようなミッションをこなさなくてはならなかったのだ。ちょっとした修羅場なのかもしれない。

 さすがに不憫に思ったのか、ようやくティケが助け船を出してくれた。


「行久枝ちゃん、落ち着いて。ほら、秋水の後ろにいる女の子も困ってるみたいだよ」


「ティケも何か言ってやりなさいよ! ウザい奴と思われてもいいじゃない」


 ティケはマキちゃんの方を一瞥すると、安心させるように微笑みかけた。


「私、知ってるのよ。あの子の正体」


「えっ? どういう事?」


「あの子は私達と同い年に見えるけど、実際は赤ちゃんなのよ。そう、見た目はあれだけど、まだ中身は乳幼児!」


「……ええ~! マジかぁ~! そういう事だったの!」


 行久枝ちゃんは真っ赤になって頭を抱え、改めてマキちゃんの姿をじっくりと見た。指を咥えたままの彼女は、まだ感情の表現が未発達で、なるほど大きな赤ちゃんのようにも思えた。

 秋水はホッとしたようにマキちゃんと手を繋ぐと、2人の前で紹介したのだ。


「杉浦マキちゃん1歳です。改めてよろしくね」


 寺島行久枝は、ばつが悪そうにマキちゃんに向かって『とっても可愛い』を連発していた。中学生風の女児は、見慣れないお姉さん達の顔を不思議そうに見つめるばかりである。

 それにしてもティケは、どうやって初対面であるマキちゃんの正体を見破る事ができたのだろう。

 秋水は記憶の糸を手繰るように、頭を高速回転させて考えた。

 ……ティケは魔法使いだから? ……いやいや、確かずっと前に僕の行動を1日観察していた事があるって言ってたような。そうか、超常現象が起こった日、僕がマキちゃん親子を助けた瞬間を目撃していたんだな。……ぷぷッ! まるでストーカーみたいじゃないか。


「ちょっと秋水。何ニヤついてんのよ」


「いや、行久枝ちゃん! 何でもないよ」


「まだ、おかしな所があるわよ」


「とんでもない、僕達は何もおかしくないよねぇ!? マキちゃん!」


「だから、何で秋水は知らない女児を連れ回して遊んで抱き合ってたのよ?」


「だ、か、らぁ~!」


 やりとりを見ていたティケは、ついに我慢できなくなったように、お腹を抱えて笑い始めた。

 寺島行久枝に事情を説明して納得していただけるまで、秋水は更に小一時間ほどの努力を要したのだ。

 ――最後に行久枝が言った言葉。


「……許してあげるわ、秋水! ただし、ちょっとした条件付き」


「あ~? 何だよ、許されるも何もないだろうが!」


「今度ティケ、次に私と交互にデートして! マキちゃんも一緒に連れて行くからいいでしょ!? 」






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