第21話 忍者カゲマル その1


「秋水! あなた、どこをほっつき歩いてたのよ、もう! 体調不良で学校を休んでいたのを忘れないで。皆に見られたら、どうするつもりなのよ~!」


 秋水がリビングに顔を出した瞬間、母親から叱責された。

 当然の事でもあるし、素直に謝って何とか許して貰えたのだが、新しくなった靴の言い逃れには苦労した。密かに貯めたお小遣いを全部はたいただけで、決して万引きなどしていないと力説したのだ。


 1万円をパッと散財してしまった。彼なりに向こう見ずな事をしたものだ、と反省したが、おかげで明日への活力を見出だせたと思う。しかも銀行の口座には、残金がまだ29万円以上あるのだ。


「う~ん、歌うと喉渇いちゃったな」


「何だって?」


「いや、何でもないよ」

 

 ジンジャーエールを飲みながら、ご機嫌で自分の部屋のドアを開けると、忍者がいた。


「ぶーっ!!」


「おっと。久しぶりだな、アスカロン殿!」


 秋水は鼻と口からジンジャーエールを噴き出した直後、黒装束で刀を背負った忍者の前で咳き込んだのだ。


「大丈夫か? 俺だよ、俺! 忍者カゲマルこと、佐野影丸を忘れたのかい!?」


「ち、ちが、違う……!」


 設定年齢19歳ほどのカゲマルは、オンラインVRゲーム『ディアブルーン』の忍者コスチュームのまま、部屋の真ん中に佇んでいた。

 猪の毛皮を羽織った彼は、頭巾なしで長髪を一括りにしているが、その顔はこの手のゲームにありがちな時代考証無視の現代風美男子であった。


「カゲマル! 何で家にいるんだよ!」


「何でって……ティケ殿を追っかけてここまで来たのさ。やっぱ、驚かせちゃったかな?」


「当たり前だ! お前までゲームの世界ディアブルーンから飛び出してきたのかよ」


「まあね。こっちの世界は初めてなんだ……助けてくれよォ」


 カゲマルはティケと同時期に、初心者ばかりの冒険者パーティーに入ったメンバー。秋水と一緒にディアブルーンを駆け回って敵と交戦したり、様々なステージに挑み、時には語り合った仲。

 ティケが現実世界リアルワールドに出現した時、彼にすぐ連絡して奇跡の共有を確認したかったのだが、ゲームサービス終了後は音信不通となっていた。


「始めに訊きたいんだけど! カゲマルもプレイヤーが操るアバターじゃなくて、れっきとした人間なの?……つまりは意思を持ったゲームキャラ?」


「おっ! さすがはアスカロン、いや秋水殿。話が早くて助かるなぁ……正にその通りなんだよ! でも……俺の場合、いわゆる普通の人間じゃないけどね」


「ええ? どういう事だよ」


「俺はこっちでも吸血鬼なのさ」


 秋水はカゲマルがヴァンパイア忍者である、という設定を今さらながらに思い出した。

 吸血鬼は夜の世界の住人。正に忍者はヴァンパイアにとって打って付けの職業で、天職なのだ。


「僕の血を吸いに来たのか?! 言っとくけど、A型は不味いぞ!」


「俺は珍味のAB型が好みで……って何を言わせるか。通常の飯で生きていけるわ。今夜はティケ殿の居場所をやっと突き止めたので、挨拶がてらに顔を出しに来たのさ」


 ティケの名前が再び出たところで秋水の表情が曇った。昨晩に起こった一連の騒動が頭を過ぎる。


「ちなみにティケ殿は今、入浴中なのだ」


「えぇッ!? 1階のティケの部屋に入ったのかよ。さすがは忍者……。まさか、忍びの技を駆使して覗いたとか?」


「いいや、風呂場には窓もなかったし。こっそり洗い替えの下着のデザインと色をチラ見しただけだ」


「しっかりと覗いてるじゃないか」


 ――よく気付かれて撃退されなかったものだ。下着の話題で盛り上がったりもしたが、話を聞いていると、どうもカゲマルはティケのお目付役のような気がしてきた。


「カゲマルは何でティケを捜してたの?」


「それは……」


 いち早くカゲマルが廊下の足音を察知した。


「秋水? ――電話中なの? そろそろ夕飯の支度ができたわよ」


 部屋の扉を開けるなり、凜々しい忍者カゲマルの勇姿が母親の目に飛び込んできた。覚えてはいないだろうが、ティケの時とほぼ同じようなシチュエーションだな、と秋水は思った。

 フラッシュバックして記憶の混乱が起こらなければいいが……。


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