第14話 ライカンスロープその1
ティケが目立つので、どうかと思ったが、借りてきた本で一杯となった自転車を押しながら並んで帰った。
外は日没を迎えて、すっかり暗くなっている。車やバスが前の道路をヘッドライトで照らしながら、次々と通過してゆく。
「正直、僕は怖いよ……、何だか日常がどんどん壊れていく。両親の若返りなんて、実は大した事でもないんじゃないのかな。ディアブルーンのモンスター達が、
弱気になって俯く秋水の背中を、ティケが優しく叩いた。
「勇者殿、心配しないで。当面はこの私、“史上最強の黒魔法使い”ことティケ=カティサークが、あなたと家族を守ってみせるわ。でも秋水が慣れてきたら、前みたいに私を守って欲しいかな、エヘ!」
「現実とゲームの世界をごっちゃにしないでくれ。無力な中学生の僕に何ができるって言うんだ。体力も腕力も精神力も、はっきし言って人並み以下に弱いんだぜ」
「また、また~、ご謙遜を。あなたの戦闘センスは、ソードマスター・ギルドでも一目置かれてたじゃない」
「だから、それはディアブルーンの中だけだっての!」
小川に沿って歩いていると、街路樹の並ぶ歩道が何だかいつもと違う事に気付いた。オレンジ色の街灯が全部消えている。県立病院と図書館に挟まれた普段から人気のない寂しい道であったが、今日は本当に真っ暗闇だった。
一瞬何かが蠢き、横切った気もするが……、気のせいか。
特に意にも介さず、大きな道路を自転車で押しながら横断し、抜け道となっている旧街道を歩いた。
やはり街灯が消えている。ここは歩行者や自動車が往来するれっきとした一般道路だが、本日に限って人っ子1人もいない。
明かりがないと、ここまで暗くなってしまうのか。停電なのだろうか、結構な異常事態だ。
スタスタと歩いていたティケが、大きなパーキングの前でゆっくりと停止し、秋水の肩を掴んだ。
「お、おい、何だよ。自転車のバランスが崩れて倒れちまうよ」
「しっ!」
気が付くと数メートル先の方に、髪の長い妙齢の女性が佇んでいた。
披露宴の帰りなのか、少し時代がかった青基調のドレスに身を包んでいる。
“大人!”……超常現象が起こった夜から、初めての成人女性を発見した!
「ティケ! 大人だ、大人! どうして彼女だけ若返らなかったんだろう?」
ティケは何も答えず身構えた。
心臓が3回ほど拍動した沈黙の後、何と美しい女性の方から話しかけられた。
「……今宵、月が綺麗ですね……」
「……?」
この台詞は確か、夏目漱石が考えた『I love you』の和訳じゃなかったっけ、と秋水は一瞬思った。
『参ったな、いきなり見ず知らずの女性から告白されちゃったよ!』なんて余裕の冗談を挟む暇は、もちろんなかった。
目鼻立ちのはっきりした女性は月明かりの中、ニィッと薄ら笑いを浮かべた。暗闇で立ちっぱなしの人から微笑みかけられると、ちょっと薄気味悪い。しかも唇が異様なほどに赤く、輸入牛肉の赤身を連想させるほどだ。
「う~ん……はい、確かに満月がビルの隙間から見えて綺麗ですね」
「月の綺麗な夜は……」
「…………?」
秋水は、この女性が明らかに普通と違う事に気が付いた。自転車のライト光を眼底でキラリと反射させる。まるで暗闇に光る犬猫の網膜のように。
女性は満月を見上げた後、次は秋水を意識するような面持ちで白い息を吐き出した。
「月の・綺麗な・夜は、私と・一緒に……遊びませんかァァァァァァアアアアアアああああああッ!?」
絶叫した瞬間、女性は発作を起こしたように痙攣した。
すると鼻先がバキバキと進展し、象牙色の犬歯が生え揃う。そして全身の毛穴という毛穴から真っ黒で太い毛が伸びてきて白い肌を覆い、身長もみるみるうちに2メートル近くにまで達した。同時に筋肉が膨れあがると、着ていたドレスが音をたてて破れ裂けたのだ。
スカートがかろうじて残されているが、そこからは針金のような毛が生えた尾が垂れ下がっている。
バオオオオオオォォォォォォ――ッ!!!
秋水の目の前で、血に飢えた凶悪な爪と牙を月光に晒す野獣が爆誕し、遠吠えを一発かました。
人狼……VRゲームの世界ではなく
心臓に耐え難いショックを受けた秋水は意識が遠退き、思わず気を失いそうになる。
「お、狼男……! いや、狼女だ!」
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