第12話 学校生活その3
授業を無事に終えた秋水は、精根尽き果てて美術部の部室へとフラフラ逃げ出した。
普段は特定の友達以外、ほとんど会話せず黙っているのに、クラスメイトと昨日の2倍以上は話した気がする。退屈で刺激の少ない平穏な学校生活では、イベントじみた出来事に皆、飢えているのだろうか。
美術部の幽霊部員である秋水は、まだ部室に誰も来ていない事を確認して思わずホッとした。
「……しゅう、すい!」
「うわ!」
安心したのも束の間、背後から気配を消したティケが美術室に現れたのだ。
「何だ、驚かすなよ~」
「ゴメン、ゴメン。私も予想外の状況に疲れ果てて、あちこち逃げ回っているのよ」
ティケはどこに行っても注目を浴び、一挙手一投足に皆からコメントを貰うほどだ。生来の明るくてサバサバした性格は、特に女子からの人気が高い。
普通、転校生などは慣れるまで孤立してしまい、クラスで浮いた状態になるものだが、ティケの場合、前からずっといたんじゃないかと錯覚するほどの馴染み具合なのである。
「秋水、ちょっと匿ってくれない?」
「ええ!?」
ティケに手を取られて、テレピン油の匂いがする部室内に引っ張り込まれる。
――人気のない美術室に2人っきりか……。
もし誰かにこの現場を見られたら、また騒ぎになるだろうな、と秋水は思った。
「ふ~ん、この世界にも絵画の文化が花開いているのね」
ティケが展示されているクロッキーや水彩画を興味深そうに眺めている。
茶色の大きな澄んだ瞳を黒髪の下に覗かせながら、魔法使いが魅せる黄金律の横顔に思わず見とれてしまう。
「ティケ……」
「なあに? 君も絵を描くの?」
「うん、僕は一応、美術部員だからね。ティケ……そこで、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何かしら、大抵の願いは叶えちゃうけど?」
「僕の絵の……少しの時間だけでいいから、絵のモデルになってくれないか?」
「や――、ちょっと恥ずかしい」
「ダメなのか?」
「私、今はまだ心の準備が……。今日は裸になるって想定してきてなかったから……」
秋水は脱力して頭を抱えるしかなかった。やはり、あちらの世界の住人は日本の細かな常識が通用しないのだろうか。
――むしろ異物をとことん排除し、出る杭は打たれる傾向がある島国の共同体において、今のところは奇跡的にうまくやっている方なのかな。性格でずいぶんと得してるね、このコは。
「……それにちょっと、火を焚いて貰わないと。この部屋で脱いだら寒いわ。急に誰かが入ってくるかもしれないし~。下着を身に着けてちゃダメ?」
「いえいえ。かまわないですよ、脱がなくても! 服着たままでOK」
「本当?! この次は気合いを入れて全裸になるわ。プロポーションって言うのかしら? 鍛えた体には自信があるんだ。是非、宮廷画家による女神像のように綺麗に描いて欲しいな」
“ヌードデッサン!”……中学生男子の頭の中に、昨日見たティケの胸やくびれた腰やお尻などがモヤモヤと浮かんでは消える。秋水は妄想を打ち払うために頭を左右に振った。
「僕にそこまでの技量はないよ。それにこの世界では写真って物もあるし。ちょっと撮ってみる?」
秋水は、鞄から持ち込み禁止されているスマホを取り出してティケに向けた。
「??」
彼女は反射的に後ろ手に組むと、小顔に微笑を湛えた。液晶画面に映るその姿は月並みだが、まるで天使のようだ。
「ほれ、スマホ見てみなよ」
ティケはスマホの画面に記録された自分自身の姿に目を丸くした。
「スゴい! あなたも魔法使いなの? なんちゃって、スマホについてはオンラインで調べてあるわ。ふむふむ、これが写真って物なのね」
「何だ知ってるのか」
「でも初めて目にするかな。なるほど~、これは絵画以上の代物ね。本当に科学の力って魔法に匹敵すると思うわ」
「他にもスマホで遠くの人と話をしたり、手紙を送ったり、劇や試合を観たり、ゲームだってできる」
「魔法には魔力が関わるように、科学には電気が関わっているって聞いた事があるわ。それで……つまり秋水は、その
「いや、裸になるという考えから、ちょっと離れて欲しいんだけど……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます